06.Nothing venture nothing win.

抱き締められること、初めてじゃないのに( という発言が普通じゃないことは自分でもよくわかってる・・・ ) 2人の心が寄り添っただけで、何だかすごく新鮮に思える。
彼の肩に額をつけて、半分・・・放心状態のまま寄りかかっていると、ふいに幸村くんが呻くような声を上げた。 顔を上げると、寄りかかっていた身体がぐらりと傾く。
ばふ、と砂埃が上がる。地面にひっくり返った幸村くんに、私は慌てて駆け寄った。



「 きゃあああっ、ゆきっ、幸村くんっ、どうしたの!? 」
「 ・・・う・・・だ、大事ない・・・ 」



耳まで真っ赤になった幸村くんが、息も絶え絶えという有様で呟くけれど・・・ほ、本当に大丈夫なの!? でも、どうしてだろう・・・何かこの光景、見たことあるような・・・。
顔の直ぐ傍に膝をついて、ねえ幸村くん、と尋ねてみた。



「 もしかして、逆上せた・・・? 」
「 ・・・・・・・・・ 」



彼は無言で、ぷい、と恥ずかしそうに反対を向いた。途端、たまらず吹き出してしまう。
はっと一瞬傷ついたような顔をして幸村くんが目を潤ませたので、私は慌てて謝ったけれど・・・何だ、そっか。 逆上せちゃうほど、緊張させちゃったってこと、だよね。
そっと彼の額に手を伸ばす。一瞬、震えたが、前髪を撫でると強張っていた彼の身体が少しずつ解れていく のがわかった。



「 これから部活だよね?私、終わるの、待ってていい?? 」
「 ・・・よいのでござるか? 」
「 うん、図書室にいるね。一緒に帰ろう 」



幸村くんはおずおずと振り向いて、嬉しそうに微笑んだ。前髪を撫でていた私の手をとって頷く。 試験の間も、気持ちがすれ違っていた間も、ずっと一緒に帰れなかったから・・・。 その時間を埋められるわけじゃないけれど、今日は『 特別 』な気がするの。



「 終わったら連絡するでござる。そうだ・・・殿に礼を言わねば 」
「 お礼?? 」



身体を起こした幸村くんがポケットから何かを包み紙を丸めたようなもの取り出す。
眉を顰めるけれど、思いつかない。怪訝そうな顔をした私に、彼は嬉しそうに笑った。



「 昨夜、殿が盆の上に置いてくれたケーキを包んでいたものでござる 」
「 ・・・あっ!た、食べてくれたの!? 」
「 勿論!有難く頂戴したでござるよ、大変美味しゅうござった!! 」



少し頬を染めて、にかっと白い歯を見せる幸村くんの表情( ・・・あ、この笑顔 )
目の当たりにして確信する。利さんが言ってたことってこれだったんだって。
そして私は、この顔を見たくて・・・バレンタイン・デーに向けて頑張ってたんだって。
よかった・・・と、自然と出た言葉に彼は頷いた。そして、ふいに顔を赤らめた。



「 殿・・・そ、某の間違いでなければ、これは、あれ、であろうか・・・ 」
「 これ、で、あれ?? 」
「 ”好きな人にプレゼントする日”の贈り物として受け止めても、よいのだろうか 」
「 ・・・そう、だね。恥ずかしいけど、あの、ゆ、幸村くんへの気持ちってことで・・・ 」



幸村くんは、あの日言ったことを覚えていてくれたんだ。 バレンタイン・デーの贈り物の意味。こ、こんな風に改めて確認されると照れちゃうけど・・・!
ふにゃ、と緩んだ顔の私を、ぎゅっと一瞬強く抱き締めて。彼は立ち上がる。



「 では殿、鍛錬に行って参る!図書室で待っていてくだされ 」
「 う、うん!頑張ってね、幸村くん!! 」



拳を握り締めた幸村くんが、うぉぉおおおッ!!と叫びながら走り去る。勢いが良すぎて、 周囲に砂埃を撒き散らしていることには気づいていないだろう。
取り残された私は砂塵が治まるのを待つ。 こほ、とひとつ咳が出たけれど、次に湧き上がったのは笑みだった。



「 ・・・・・ふっ、うふふ、ふふふふっ! 」



勝手に動き出した脚は、その場で飛び跳ねてみたり、じたばたと地面を蹴ってみたりするばかり。 また砂埃が舞い上がりそうな地面に、ぽたりと涙が落ちる。
・・・ああ、だめだ。今日は泣いてばかり。だけど、今日は何度泣いても嬉し涙だからいいよね。 悲しい気持ちだけじゃなくて、嬉しい気持ちでも人は泣けるんだ。

こんな気持ち、こんな・・・幸せな気持ちって初めてで、どうしたらいいかわからない。
空は青くて、雲は白くて、校舎にはかすがや市ちゃんが、道場に帰れば佐助さんやお館様がいらっしゃるだろう。 当たり前の日常、いつもと何ら変わりないはずなのに・・・私、かつてこんな幸せをかみ締めたことがない。
ここに来て、自分は幸せだって何度も思った。だけど今の私は、今までの何倍も、何十倍も、何百倍も! 比べ物にならないくらい・・・幸せで、今なら空も飛べそう!!

幸村くんじゃないけれど、逆上せて倒れてしまいそうだ。あ、でももしかして・・・幸村くんも、 もしかしてさっき、こんな気持ちになったのかなあ。



「 ( そう、だといいな ) 」



涙を制服の袖で拭い、大きく息を吸って、冬の冷たい空気で気持ちを落ち着かせる。
・・・もう慌てることはない。今日、やらなきゃいけないことは全部やり遂げ・・・。



「 あっ! 」



思わず口から飛び出した独り言は思いのほか大きくて、慌てて口元を押さえる。
当然だったけれど、誰が見ている訳でもなく・・・ 一人で顔を紅くして、コートのポケットから携帯を取り出した。
折りたたんでいたそれに、着信履歴はない。けれど今頃、すごく心配しているはずだ。
操作した後、最後に発信ボタンを押す。耳元でコール音が響くと思いきや、一度も鳴らずにその人は 電話に出てくれた。



「 かすが!・・・あ、市ちゃんも近くにいるの?? 」



誰よりも、私の恋を応援してくれた2人に、一番最初に伝えたいから。



受話器越しに、おめでとう、と言われれば言われた分だけ涙が出てきた。
目が腫れるかも、なんて心配はとっくに諦めている。

・・・ありがとう、かすが。ありがとう、市ちゃん。
今はうまく伝えられないけれど・・・幸村くんと想いが通じ合えたことが幸せなのは勿論なんだけど、 2人という『 友達 』が傍にいてくれたことも、私には何にも換えがたいほど幸せなことなんだよ。



寒さも忘れて、その場でしばらく携帯電話の声に耳を傾けた。