恋人・・・とは。
「 ( 幸村くんと恋人・・・になったはいいけれど、何が今まで違うんだろう・・・ ) 」
私、幸村くんに好きだと伝えることが出来た。幸村くんも、私のことを好きだと言ってくれた。
伝えるだけで満足だと思っていたけれど、伝えたらもっと幸せになった。
だからだろうか。私はもっと、もっと・・・と『 幸せ 』を期待しているのだろうか。
でも、恋人になったからと言って何が変わるの?何が違うの、かな??
・・・そ・・・その、異性と付き合う、というのは、幸村くんが初めてな訳じゃない。
家康先輩とだって『 付き合って 』いた。なのに、どうして今回は『 特別 』なのだろう。
「 ( えっと、本で読んだのは・・・ ) 」
鞄から取り出したのは、市ちゃんが貸してくれた雑誌だった。
普段、あまりテレビを見ない私でも知っているタレントさんの表紙。
ピンク色がふんだんに使用されたそれには、大きく『 彼と私のハジメテ 』と
ハートマークつきで書かれている。
「 ( 何がハジメテ、なんだろう・・・ ) 」
『 ちゃん向きだと思って、市・・・ 』と、またもや頬を染めて、そっと差し出されたのを思い出す。
あんな可愛い市ちゃんの想いを断れる男の子っているのかな・・・。同性の私でさえ、
頷く以外の選択肢が見つからないというのに。
市ちゃんの貸してくれた雑誌を抱えてベッドに移動する。枕を背もたれにして、私は雑誌のページを捲った。
パラパラと紙が宙にはためく音がして『 ハジメテ 』ページにたどり着いた・・・が・・・。
ごく、り・・・と喉が鳴る音がしたのが自分でもわかった。
そっ・・・それから、それからそれからそれから・・・っっっ!!!
「 殿 」
「 ぎゃぁぅひやいああああッ!!! 」
扉の向こうから突然聞こえた声に、思わず変な悲鳴が上がってしまった。
はっとした時にはもう遅い。扉の向こうで固まった声の主の気配。そして風の速さで階段を
駆け上る気配に、私は慌てて部屋を飛び出した・・・が、やっぱり間に合わなかったみたい。
ドアノブを回して開くと、佐助さんが幸村くんの頭のてっぺんに拳を落としたところだった。
痛っ!と幸村くんが歯を食いしばるのを見て、私まで顔を顰める。
「 問答無用!見損なったよ、旦那!!ちゃんに何したのさ!? 」
「 な・・・何もしておらぬッ!! 」
「 嘘つかないの!じゃなきゃ、あんな悲鳴上がることなんてないでしょーが! 」
「 あ、あの、あの!!佐助さん、本当なんです、ごめんなさい・・・!! 」
蹲った幸村くん、仁王立ちした佐助さんの間に割って入り、私はひたすら頭を下げた。
疑問符を浮かべた二人が顔を見合わせて、真っ赤になっているであろう私を見つめている。
「 ・・・ちょ・・・ちょっとうたた寝、しちゃって・・・それで急に声が聞こえて、驚いて・・・ 」
誤魔化すようにへらりと笑ってみたけれど、こんなことじゃ・・・やっぱり佐助さんは騙せない、よね?
目に細めた彼の顔がゆっくりと私へと近づいてくる。佐助さんは一寸たりとも視線を逸らさなかった。
じっと見つめられていると、心の中の、か、隠した気持ちまで覗かれてしまいそうで、
私の方が耐えられそうに、ない・・・っ!
ぎゅっと瞳を瞑った瞬間、急に佐助さんと私の間に大きな影が割り込んできた。
壁に当たったのか、むぐ!と佐助さんの鈍い声がした。
「 佐助っ!殿は某のっ、そ、某のっ・・・か、彼女であるぞ!!距離にも節度があろう!! 」
呆然と見上げると、幸村くんの背中だった。
肩越しの佐助さんも同じように幸村くんを見つめていたけれど、事態を把握するのは彼の方が早かったらしい。
やれやれ・・・と呟いて肩をすくめると、階段をゆっくりと降りていく。途中、一度だけ振り返って、
ちゃん!うたた寝して風邪引かないでよ!!と釘を刺されてしまった・・・。
( き、気づかないフリ、してくれたのかな・・・ )
ようやく一息吐いたところで、振り返った幸村くんに声をかける。
「 ごめんね、幸村くん。痛くなかった・・・? 」
「 なんのこれしき!それより某こそすまぬ。殿を驚かせてしまったようだ 」
「 ・・・!!ああああ謝るのは私の方だから!ごめんねっ!!! 」
ざ、雑誌の内容に夢中で気付かなかった、なんて情けない。おかげで幸村くんは佐助さんに
濡れ衣を着せられちゃったし・・・きっと痛かったよね。私はそっと手を伸ばして、殴られた
場所を撫でた。
痛いの痛いの飛んで行け。子供染みているかも知れないけれど、昔、両親にこうやって撫でて
もらうと、本当に痛みが和らぐ気がしたもの。
・・・気が付くと、幸村くんが俯いたまま固まっている。さ、触っちゃ不味かった!?
慌てて退けようとした手を、や、止めないでくだされ!という幸村くんの声と共に掴まれた。
「 ・・・もう少し、このまま・・・ 」
小さく呟いた幸村くんは、また俯いてしまったが、真っ赤になった耳を見てちょっと嬉しくなった。
そのまま、髪を梳くように優しく撫でる。幸村くんの髪の毛って、割と太目だけど柔らかい。日頃、
髪に何もつけないせいかな。健康的で痛んでる様子もなくて羨ましいな・・・なんて考えながら梳いていると、
視線を感じた。
「 ・・・ゆ・・・きむら、くん・・・? 」
「 殿・・・ 」
顔も赤いが、目も充血したように赤い。潤んだ瞳にじっと見つめられて、私の視線は釘付けとなる。
じ、と迫る自分の顔。それは幸村くんの瞳に映っている自分で、いつの間にか距離が縮まっていることに、全然気が付かなかった。
大人しくしている私を同じように見つめていた幸村くんが、こみ上げる何かにぐっと喉を詰まらせたような、
苦しげな表情に変わり、顔をさらに朱に染めた。
驚いた私が言葉を発する前に、彼は耐えかねたように視線を逸らすとポケットを大袈裟に漁り出す。
差し出されたのは2枚のチケット。券面に、水族館の名前が文字が印刷されていた。
「 春休み、どこかへ行きたいと言っておったであろう。来週の日曜日は空いてござるか?? 」
「 ・・・本当に、連れて行ってくれるの?? 」
「 この幸村、約束は違えぬでござるよ・・・殿との約束は、絶対に 」
照れたように、でも自信満々な笑顔を浮かべた幸村くんに、私も笑顔を向ける。
「 嬉しい。幸村くん、ありがとう!! 」
来週の日曜日まであと一週間あるのに、今夜からしばらく寝不足になりそう。
水族館のチケットを1枚受け取って、そっと胸に抱きしめた。