あと一週間、6日、5日、4日・・・ついに、明日。
カウントダウンを始めてしまえばあっという間だった。
春休みは短い。出かける前に少しでも宿題を片付けておきたい気持ちはあるものの・・・。
机の引き出しにしまったチケット出してみては、ニヤニヤしてしまう!
アルバイトに出ては、デート中のカップルの服装をチェックして、ニヤニヤしてしまう!!
・・・ああ、ダメだ、こんな浮ついた気持ちのままじゃ仕事もまともにできない。
でも、皆には内緒にしようって幸村くんからメールも届いたから、絶対にバレないようにしなきゃ、うん。
「 何だい、ちゃん。あの若虎と近々デートでもするのかい? 」
慶次さんのふいな発言に、派手な音を立てて食器をひっくり返す。
閉店も間近だったため、店内にお客さんの姿が少ないのは幸いだった。
それでも、すみません!とお客さんに謝り、落とした食器やトレンチを拾う( よかった、何も割れてない )
すかさず駆け寄ってきてくれたチカさんが手伝ってくれた。
奥から現れたまつさんが、ずかずかと乱暴に歩み寄ると、慶次さんの耳を掴んでその場から引きずっていく。
「 痛って!ちょ、まつ姉ちゃん!まつ姉ちゃんだって気づいてたじゃないか・・・ 」
「 慶次、貴方って人は!ちゃんはデリケートなんですから、見守るのが優しさでしょう! 」
裏手へと連れて行かれたのだろう。従業員用の扉が閉まると、しん、と何も聞こえなくなって・・・逆に辛い。
真っ赤になった顔を上げられずにいると、すぐ隣から堪えるような笑い声が聞こえてきた。
まさか・・・と思いつつも、肩を揺らすその人に、あの、と声をかけた。
「 ・・・も、しかして、チカさんも気づいていました・・・? 」
「 ククッ、あれだけあからさまだったのに、気づいていないと思ってたのか? 」
片眉を上げて、試すような視線で逆に尋ねられてしまい、返答に困って唸る。
そんな私たちを、カウンターにいた松永さんと利さんが苦笑していることに気づくのは・・・もう少し後。
「 ( だ、だから、今日は何が何でも平然と!堂々と!出かけなきゃ!! ) 」
と、誓った割には・・・鏡に映った顔が強張っている。
むにーと両頬を持ち上げてみるけれど、離すとすぐにしかめっ面に戻る( ダメだ・・・諦めよう・・・ )
今日はいつもと服装も違う。少ない手持ちの服の中でも、タンスの奥にそっと閉まっておいたお気に入りの服。
昨日、バイトから帰るとタンスから出して、ハンガーに吊るしておいた。ベッドに潜り込んだ時には、壁の端にかかったそれを見ては眠れないかもと思ったけれど、バイトでの疲れには逆らえなかったみたい。
おかげでクマは出来ずに済んだけれど・・・メイクとか、した方が良かったかな。
こんなことなら誰かに習っておけばよかったかな( 購入しなきゃいけないところからスタートだけど )
精一杯の身だしなみとして、クリスマスに佐助さんにもらった練り香水の蓋を開ける。
ふわりと香る匂いにうっとりしながら、指先に掬う。手首やうなじ、耳の後ろに、少しだけつけるといいって教わった。
「 ( それから、忘れちゃいけないのはこれ ) 」
私は小袋の中身を取り出した。幸村くんのくれた、ピンクゴールドのペンダント。
ドレッサーの鏡に近づいて、首の後ろに手を回す。先端の星が揺れた。
・・・日頃『 高校生 』の私としては、なかなか身に着ける機会がなかったけれど。
何だか、ずっとこの日を待っていてくれたようで嬉しい。
ようやく緩んだ頬を確認して、私はドレッサーを閉めよう・・・として、もう一度身を乗り出す。
机の上にあったそれを手に取り、捻ったスティックから現われたピンク色をそっと唇に乗せていく。
「 ( 化粧品とかは無理だけど、これくらいなら・・・ ) 」
そう思って、勇気を出して買った一本のリップスティック。
” ほんのり染まる ”と書いてあったから、つい薄い色にしてしまったけれど・・・あ、あれ??
あんまり色、ついてないなあ・・・。何度か角度を変えて訝しげにチェックしているうちに、携帯電話がメールの到着を告げる。
きっと幸村くんだ。案の定、開いたメッセージには『 駅前に到着した 』と書かれていた。
・・・デートだとバレるのが恥ずかしくて、時間をずらして家を出ることにしたのだ。
「 ( リップの効果は諦めるとして、そろそろ出発しなきゃ!! ) 」
どんなにお洒落しても、過ごす時間が減っては意味がなくなっちゃう!
バッグを掴むと静かに階段を降りる。玄関に辿り着くと、出来るだけ音を立てないよう下駄箱を開けた。
こそこそする必要はないと解っているんだけど、秘密にしている分、な、何となく・・・。
それに、いくら私がこそこそしたところで・・・絶対、
「 どーこへ行くのかなあ、ちゃん?? 」
声にならない悲鳴を飲み込んで・・・固まった身体をぎこちなく動かして、背後を振り向く。
台所から顔を覗かせた佐助さんと目が合う。ニコニコ顔だけど、い、今はその顔が一番怖いか、も・・・?
下駄箱から取り出したパンプスを履こうとした格好のまま、私もひきつった笑みを返す。
「 ちゃんもお出かけ?旦那もさっき出てったみたいなんだよね 」
「 はい。あ、でっ、でも!ゆゆゆ幸村くんとは別、別ですッ!! 」
「 うんうん、そっかー 」
あははと乾いた笑い声を上げて、軽い足取りで近づいてくる。私の脇を通り越して玄関の縁に腰を落とすと、パンプスを拾って履かせてくれた。
心臓の高鳴りが止まない私は、されるがままになっていると。
「 この靴、お館様のプレゼントだよね。それに俺の贈った香水までつけてくれている、嬉しいな。
でも、決め手はやっぱりこのペンダント、と・・・ 」
靴の留め具が台詞に合わせてぱちんと鳴る。
同時に跳ねた鼓動。ど、どこまでお見通しなのか想像がつかない・・・。
すると足元にあった手が、ふいに顎を持ち上げた。間近に佐助さんの顔があり、怯えた私を見つめると満足そうに微笑む。
いいね、似合ってるちゃん、と小さく呟くと、手を伸ばして立たせてくれた。
「 ” ほんのり染まる ”・・・だっけ?そのリップ。まあ、羽目を外さない程度に楽しんでおいで 」
「 は・・・はい! 」
リップの銘柄まで知ってる佐助さんって一体・・・。
でも、佐助さんの『 不思議 』については今に始まったことじゃないし・・・と割り切れるようになったのって、私も進歩した、のかな。行ってきます、と言うと、ひらひらと手を振って見送ってくれた。
若干逃げるような気持ちで、私は幸村くんの待つ駅へと向かった。