: prologue


すごく、好きな人がいた
好きだけれど・・・好きになっては、いけないひと




言葉を交わすことはなかったので、私たちは筆談で会話した。
私は喋れたけれど、彼が話せるのかはわからなかったので。
でも、紅い髪が揺れた時に、ちらりと見える瞳がとても優しく私を見つめていたので、
『 声 』などなくても、お互いの気持ちを伝えるのに、苦労はしなかった。



ある時、本で読んだ一説。

” 自殺すれば、転生できぬ ”

この世で結ばれることができないのなら、来世で繋がればいいのだ。
本を握り締めて、小太郎、と彼の名を呼べば、音もなく背後に立つ。
風に揺れた髪が落ち着くのを待って、振り向く。頭ひとつ分以上高い彼に、本を突きつけた。

「 ここ見て。自殺すると、生まれ変われないんだって 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」
「 命を奪った相手とは、転生先でも何らかの魂の関わりが・・・ 」

ぶつぶつと呟く私と本を交互に見て、一緒に本を開く。
私が指差した一説を見て・・・もう一度、視線を私へと戻した。

「 ・・・なら、私、絶対自分で自分の命を絶ったりしないわ 」

仮面に隠れていてもわかる。彼は、動揺していた・・・私の気持ちが、本気であることに。

「 次の世でも、小太郎に逢いたい 」

今度こそ、結ばれたい。
こんな戦国の世で『 姫 』と『 忍 』の2人ではなくて、同じ身分の恋人として。
誰の眼もはばかることなく、小太郎を愛しているのだと伝えたい。

「 大好き 」

笑ったと思ったのに、涙が零れた。
頬を滑る間に、口付けされた。有無を言わさないくらいの・・・激しい口付け。
もう・・・何も言うな、何も言わなくていい。小太郎は、そう言いたかったんだと思う。
彼の手が、私の着物にかかる。目を伏せて、そのまま彼に、身を委ねた。

「 死ぬ時は、小太郎の手で殺してもらいたいわ 」

幸せな情事だったのに、なぜか、涙は止まらなかった。




元来、身体の弱かった私は、小太郎以外のモノにはならなかった。
他家に嫁ぐことなく、一途に愛した人を想えた私は、幸福な人間の部類に入るだろう。

心も、身体も、命も・・・魂までもが、彼のものなのだ。


「 ・・・さようなら 」


たとえ、その生涯が短いものであったとしても・・・。








ねえ、小太郎。
今度生まれ変わったら・・・どんな『 私たち 』になりたい?


きっと私たち、また、出会える・・・よね・・・・・・





























彼女は、どこぞの『 姫 』だった
それを守るのが、俺の・・・『 忍 』としての役目だった。




身体が弱く、どこにも出かけるようなことはなかったが、動かないからこそ狙われる。
刃から、毒から。容赦なく次から次へと命を狙われる彼女の身を、護ってきた。
倒すごとに、彼女は褒美の言葉をくれた。ありがとう、と。
俺は任務をこなしているだけだ。けれど、彼女がいうと、それは穏やかな温もりになった。

気がつけば、心を持たぬ『 忍 』ではなくなっていた・・・。



” 自殺すれば、転生できぬ ”

本を突きつける彼女の瞳は、輝いていた。
俺たちはもう知っていたから。この世で結ばれることは、ないのだと。
だから・・・未来に、希望を託すしかない、と。

大好きだと言いながら、泣いた彼女を・・・俺は、抱いてやることしか出来なかった。




最期の日、彼女は、周囲の者を下がらせて、俺の名を呼ぶ。
いつものように、風を感じるように目を瞑って、それからゆっくりと瞼を持ち上げる。
その瞳には、もう生気がなかった。幾度もの死を見てきた俺には、わかる。

彼女は・・・・・・もう、

「 こたろ・・・貴方には・・・わかる、の、でしょう? 」
「 最後のお願い、聞いて、くれる、わよね 」
「 ・・・・・・・・・・・・・殺して 」

貴方の手で殺されたい。私の命は、貴方のもの。
そうすれば、魂まで繋がっていられる。輪廻の・・・果ての果てで、どうしても逢いたい。

涙を流す彼女に、俺は首を振り続けた。イヤだ、イヤだ、と言うように。
弱りきった彼女の手を握る俺の手が震えていた。止まることなど、なかった。
小太郎・・・と呟いて、その瞳が閉じようとしていた。
慌てて苦無を取り出し、振りかぶったが・・・やはり、俺には、できな・・・・・・、


「 ・・・さようなら 」


命の消える瞬間と、苦無が心臓を貫いたのと・・・どちらが、早かっただろうか。


















答えが出るのは・・・輪廻の、果ての、果て・・・・・・・・・