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ふと、気配を感じて顔を上げる。
隣にいた先輩が、天井を仰いだままの私を不思議そうに見つめた。
私の視線を追って、何もないのがわかると、その視線を私の顔へと戻す。
「 ちゃん、どうしたの? 」
「 ・・・何か、聞こえませんでしたか・・・? 」
悲鳴とかではなく、何か。気配を感じた、と言ったほうが正しいかもしれない。
開いていた本をテーブルの上に置いて、私は窓辺へと近づいた。
特に変わった様子はない。いつも通りの、鬱蒼と小屋を覆うような緑があるだけだ・・・でも。
そのまま動かない私の背中へと、先輩が声をかけた。
「 ・・・今日はもう帰っていいわよ。お客さんの足も落ち着いたから 」
先輩の目には、奇妙なものを見るような色が映っている。
確かに・・・今の自分は、少し『 妙 』に見えるだろう。心の中でこっそり舌を出す。
はあい、と少し微笑んで、頭を下げた。身につけていたエプロンを畳んで、ロッカーにしまう。
カラ、コロロン、とドアの鈴が鳴った。空を見上げれば雨が降りそうな、厚い曇が空を覆ってる。
今日の天気は雨、だという予報はなかったけれど。
山の天気が変わりやすいのは、高原で住む私たちには、常識の範囲内だ。
( 傘、ロッカーから持ってきた方がいいかな )
歩いてきた道を戻って、取りに帰るか迷っていると・・・視線を、感じた。
( ・・・・・・? )
振り返る。次に辺りをきょろきょろと見渡すけど、やっぱり、誰もいない。
見られてるような、気がしたんだけど、な・・・。
自意識過剰なだけかもしれないけど( それだと、ちょっと恥ずかしいなぁ )
何だか少し怖くなって・・・バス停までの歩みを、早めた。
・・・時々、不思議な世界を、夢見る。
そこは、今の21世紀よりも、ずっと前の世界だってことはわかる。
だって・・・私の目に映る人々は、着物で生活していた。もちろん、私自身も。
そんな世界を小さい時から見ているからか・・・時々、他人の目には異質に見えるらしいのだ。
『 フツウ 』を装っているつもりなのに、少しでも気を抜くとこの『 世界 』から弾かれてしまう。
年齢を重ねるほど、夢はよりリアルに映り、現世でも、夢現な状態で過ごす日がある。
どちらが『 私 』の『 世界 』なのか・・・わからなくなるのだ・・・。
( あの世界を、夢に見る理由は・・・一体・・・ )
何か・・・意味があるのだろうか・・・。
ずっと、そんなことを考えて、生きてきた。
ちょうど自宅に着くと、雨が降ってきた。
マンションのエントランスをくぐり、エレベーターのボタンを押す。
6階の自室に辿りつくと、鞄から取り出した鍵で、慌てて扉を開けた。
「 わ、わわっ・・・! 」
窓を開けて、干していた洗濯物を取り込む。抱えて、ぽぽぽいっと勢いよく部屋に入れる。
よかった。湿っている様子はなさそう・・・どうやら濡れる前に取り込めたようだ。
最後のひとつを投げ込んで、ほっとした、その瞬間だった。
目の前を舞う、黒い羽根。
雨空を舞う鳥はいない。どうして羽根が・・・と、無意識に手を伸ばす。
羽根は手の平に落ちることなく、風に消えた。
最初は、消えたことにも気づかなくて。羽根がどこにも見当たらないことに、驚いていると。
・・・首筋に、何か当たってる。
これは、金属?冷たい感触に加えて、背後に人の気配を感じて・・・立ち竦んだ。
( ど・・・ど、泥棒とか?わわ、わ、私、このまま殺される・・・!? )
この部屋に、私は一人暮らし。捕るようなモノは、何ひとつ置いていない。
親元から離れて、アルバイトしないと生活できないくらいだから、金品やお金には縁が遠い。
たまに見るワイドショーの、色鮮やかなテロップが脳裏を掠めた。
恐怖にぶるりと身体が震えると、胸の奥に針を刺すような痛みを覚える。
それが合図。
ふっ・・・と、意識が遠ざっていくのがわかった。
もう二度と目覚めないことも、覚悟、ながら・・・・・・