「 ふん、はぁッ、せいやァ、っ!! 」
早朝の庭に、某の掛け声と、槍が空気を裂く音が響く。
動くたびに、汗がたた・・・と地面を濡らす。が、すぐに土埃の中に隠れてしまった。
踏み込みの勢いを利用して、宙を翔る。どすん、と足をつくと、離れの襖が、音を立てた。
「 幸村様、おはようございます 」
「 おはよう、!・・・そなたは、まだ寝てて良いのだぞ? 」
「 あれだけ大きな声が聞こえていては、寝ていたくても寝付けません 」
「 う・・・す、すまぬ・・・ 」
冗談です、とはクスクス笑った。
汗を拭いて、休憩がてら縁側に腰掛けた某に、冷たい茶を差し出した。
一口含むと、爽やかな苦味が広がって、思わず吐息を吐く。
「 身体の調子は、いかがでござるか? 」
「 昨日よりも調子が良いです。やっぱり・・・この前、はしゃぎ過ぎました 」
「 お館様も、随分と心待ちにしているご様子であった 」
「 そうですね。私たちの結婚を、承諾して頂いたことといい・・・。
お館様には、どんなに感謝しても、足りません 」
そう呟いて、は日増しに大きくなっていく腹を擦った。
彼女の腹には・・・某との子が、宿っている。
と結婚して、ちょうど一年目にようやく授かった子だ。
某との婚姻後にも、側室となったの心は波を立てた。
夜な夜な、身体を重ねに訪れる某に、甘い吐息に紛れて、何度も呟く。
私だけの幸村様でいて欲しいけれど、やっぱり正室を迎えた方がいいのではないか・・・と。
そう言われて、声を荒げて、反論した時もあった。
( 某は・・・某が抱きたいと思うのは、彼女以外おらぬというのに )
妊娠がわかった時にも・・・は、しばらく色々と悩んでいたようだ。
しかし、お館様に子供が出来たと報告した時、豪快に呵呵と笑った後に、彼女の肩に手を置いて、
『 幸村の子であれば、ワシの孫であると言っても過言ではないわ!
ようやった、よ!安心して、元気な子を産むが良い!! 』
と息巻いて、生まれてくる子供のために・・・と、贈り物を持ってよく屋敷を訪ねて下さる。
それが、の心の支えになっているようだ。
彼女の表情が曇ることは、それ以後なくなった( さすが、お館様でござるッ!! )
某たちが紡いだ命を・・・皆が、祝福してくれる。
何と・・・有り難いことか・・・。
「 どっちに似るのだろうな・・・某としては、に似て欲しいが 」
「 私は、幸村様に似て欲しいですわ。弁丸だった頃の、可愛い幸村様に、またお逢いしたいもの 」
「 ・・・今の某では、不服という意味か 」
「 あら、幸村様。もういい年齢なのに、まだ可愛い、って言って欲しいんですか? 」
「 そ、そういう意味ではござらん!大体・・・、っ! 」
彼女の手がすっと伸びて、某の後頭部を強引に引き寄せた。
予期していない行動に・・・呆けている隙に、隣に座っていたの膝へところん、と寝転ぶ。
武田の若虎、と言われた某が・・・お、女子の膝に、こうもあっさりと転がるわけには・・・!
( そ・・・それでなくても彼女は、妊婦なのに! )
しばらく、じたばたと暴れていたが、はし、とひとさし指を立てる。
「 今だけ特別に、甘えておいたらいかがですか 」
「 急に、な・・・なぜで、ござるか? 」
「 だって、子供が生まれたら、幸村様にかまってあげられなくなります 」
「 ・・・・・・っ!! 」
「 膝枕だって、きっと幸村様が強請っても、出来なくなっちゃう・・・ 」
「 そっ、そんな・・・っ!!う・・・、 」
「 あーあ、もう・・・からかっただけだよ。泣かないで、弁丸 」
「 うう・・・、、っ!! 」
まったく・・・と苦笑したは、泣き始めた某の頭を優しく撫でる。
( 弁丸、と彼女に呼ばると、あっという間に、子供の頃の某に逆戻りしてしまう・・・! )
彼女の細い指に紙を梳かれていると、赤ん坊でなくても心地よくなってきた。
「 ずっとずっと、幸村様のお傍にいます・・・小さい頃から、お約束している通り 」
「 ・・・ああ 」
不変のものなどない、だけど・・・その向こうに『 永遠 』があると信じている。
それは某にとって、の『 存在 』であり、彼女と交わした『 約束 』である。
と過ごす時間は、記憶は、想い出は、宝石のようにキラキラと輝く『 宝物 』になって
某の心の中に・・・静かに、降り積もっていくのを感じるのだ・・・。
それを思い出すだけで、幸せな気分になれる。それを胸に抱くだけで、強くなれる。
この掌を、共に過ごす穏やかな時間を守るためなら、どんなことでもしよう。
たとえ、この先・・・どんなに、辛いことが待ち受けていようとも・・・。
「 ・・・好きだ 」
「 私も、好きです・・・・・・幸、村・・・ 」
頬を桃色に染めて、恥ずかしそうに微笑んだ彼女。
片手をついて身体を少し起こすと、もう片方の手で・・・その頬に触れた。
と唇を重ねる感覚は、いつだって・・・某を、痺れさせる。
この甘い刺激を、ずっとずっと、麻痺することなく感じていたくなるのだ。
気がつけば、吸い付くだけでは飽き足らず、息も絶え絶えになるほど・・・堪能した、後。
真っ赤になっているの、蕩けそうな視線を捕まえて、呟く。
「 某と、この先も・・・大地に眠る日まで、共に過ごそうぞ 」
夫婦として結んだ、魂の絆が・・・『 永遠 』になる、その日まで。
嬉しそうに頷いた、彼女の満面の笑顔が
『 宝物 』として・・・またひとつ、心の中に降り積もった瞬間、だった・・・・・・
( 幼い頃交わした、小さな、小さな約束は、いくつもの時間を越えて・・・今、『 永遠 』のものとなった )
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Title:"確かに恋だった"
最後までお付き合い頂き、有難うございました( 灯 拝 )
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