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辺りを見回せば、小さな部屋が更に小さく見えた。
 
 
 
 
 
 もう持っていくものはないだろう。
 手元の包みに入っているもの以外の・・・最低限の荷物以外は、置いていこう。
 
 
 
 
 あとは・・・この、胸の中にある『 想い 』だけでいい・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 寝静まった屋敷は、とても静かだった。
 女中部屋に一緒に寝ている同僚たちは、小さな寝息を上げている。
 声に出さずに・・・仲の良かったその子たちに、ありがとう、と告げる。
 ( 同じ部屋で、とても楽しかった。いっぱいいっぱい、思い出をありがとう )
 廊下や庭に、見回りの人がいないかを確認して、そろりと部屋を出た瞬間だった。
 
 
 「 こんな夜中に、どーこ行くの?ちゃん 」
 
 
 びくり!と身体を震わせて、そこから一歩も進めずにいる私の肩を、叩かれる。
 上げようとした悲鳴は、口元に当てられた彼の手の中に吸い込まれた。
 絶叫が終わるのを見計らって手を離すと、今、夜中だからねーと自分の唇の前に人差し指を当てた。
 
 
 「 さ・・・佐助、さんっ! 」
 「 厠、さっき行ってたから、違うよね?荷物まで持ってるし 」
 「 ・・・!ちょ、何で知っているんですか!?( 厠は確かに行ったけどっ ) 」
 「 だってー、俺様忍びだもの。この屋敷で起こっていることは、何でもお見通しだぜ 」
 
 
 だからさ、と付け足して、茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
 
 
 「 旦那とちゃんの気持ちが、結ばれたのも知ってる 」
 「 ・・・幸村様から、聞いたの? 」
 「 ああ。ちなみに、お館様もご存知だよ。大いに祝福する、って喜んでたよ 」
 
 
 佐助さんの言葉に、気分が重くなる。
 項垂れた私に、佐助さんはやれやれ・・・といわんばかりに、大きくため息を吐いた。
 
 
 「 姿を消したところで、旦那が追いかけるのはわかっているでしょうが 」
 「 ・・・やっぱり私じゃダメです!恐れ多すぎて・・・怖いんです 」
 「 身分の差を気にしてる?旦那も大将も、気にするわけないって・・・ 」
 「 でもッ!私はただの女中で、どう頑張っても側室にしかなれない・・・っ!! 」
 
 
 言い切ったところで、涙が落ちた( その言葉は、ずっと我慢してきたものだった )
 涙に驚いたけれど、潔く顔が歪ませた私の頭を、そっと佐助さんの手が撫でる。
 
 
 曇った視界に映った、彼の、何もかもを悟った瞳。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幸村様と思いが通った時は、天にも昇る心地だった。
 ずっとずっと見守ってきた。そして、これからもずっとずっと見守っていけるのだ。
 彼のことだけを考えて・・・生きていける。何て幸せな人生だろう。
 
 
 
 
 けれど・・・周囲は、どう思うであろうか。
 
 
 
 
 女中上がりの側室だけでなく、いずれは正室を迎えるよう、騒ぎ立てるであろう。
 今は味方のお館様だって、幸村に命じれば、今度こそ彼は従いざるを得ない。
 だって、もう女の人が苦手だなんて・・・彼には言えないのだから。
 
 
 幸村様が、私以外の女の人を抱く。
 ・・・当然至極なことなのに、想像するだけで気が狂いそう。
 
 
 お屋敷のみんなだって、女中としては仲良くしてくれたけれど、側室という立場になれば
 私に対するきっと接し方も、変わってしまうだろう。
 幸村様のご寵愛を賜りたい者もいたはず。彼女らの嫉妬に・・・耐えられるだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 嫉妬や妬みに耐えられるほど・・・私、強くない!そんな幸村様を見るくらいならっ! 」
 「 いっそ自分から身を引いた方が楽、か・・・どう思う?旦那 」
 「 え・・・ 」
 「 某が妻にしたいと思うのは、生涯を通して・・・だけだ 」
 
 
 柱の陰から現れた人影を、見間違えるはずがない。
 無意識に一歩下がった私の手を引っ張って、幸村様の胸に閉じ込められた。
 右の首筋に彼の吐息が当たるだけで、身体が震える( ああ、本当はこんなにも・・・ )
 再び零れ出した涙を、拭う手はどこまでも優しくて、甘えたくなってしまう。
 
 
 「 そなたに誓ったはずだ。どんなに時間が経っても、手放したくないのだと 」
 「 幸村・・・様・・・ 」
 「 某に必要なのは、だけだ。昔も、今も・・・これからも 」
 
 
 耳たぶに、彼の吐息が当たる。
 ・・・幸村様の言葉を、信じたい。この人に必要なのは、自分なのだと、自信を持ちたい。
 だけど・・・怖くてたまらないのだ( いつか、捨てられてしまうのではないかと )
 私を抱きすくめる、熱い腕。縋ってしまいたい・・・でも・・・ここで甘えたら、決意が鈍る。
 私独りが此処から去れば・・・全て、無に還れるのだから。
 
 
 彼の腕を振り払おうと、自分の身体に力を入れた・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 その時だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 スパン!と勢い良く、部屋の障子が開かれる。
 すぐ前の廊下にいた私と幸村様は、抱き合うようにして飛び上がった。
 佐助さんも予想していなかったのか・・・驚いたような表情をしている。
 そこには・・・寝ていたはずの同僚たちが、涙を浮かべた眼で、立っていた。
 
 
 「 !幸村様に必要なのは、この世でアンタだけなのよ!! 」
 「 水臭い・・・悩んでいたのなら、どうして相談してくれなかったのよ・・・ 」
 「 アタシたちがどんだけの結婚を祝福しているか、教えてあげられたのに 」
 「 出て行かないでよ、・・・いなくなったら、寂しいよ・・・っ 」
 「 幸村様のことも、アタシたちのことも・・・置いていかないでよ 」
 
 
 彼女たちの瞳から零れた涙は、悔し涙だった。
 うわーん!と両手を広げて泣きついてきた彼女たちに、素早く幸村様が一人飛びのく。
 私は、彼女たちにもみくちゃにされた挙句、押し倒されるようにして、廊下に転がった。
 
 
 「 み・・・みんな・・・ 」
 
 
 
 
 私・・・此処にいても、いいの?
 
 
 
 
 あっという間に溢れた涙を拭いもせず、私も彼女たちを抱き締める。
 互いの顔を見合わせて、こりゃ・・・旦那の説得よりも強力だったね、と佐助さんが笑ってた。
 その隣で見守るように、幸村様が微笑んでいて。
 
 
 
 
 
 
 深夜の女中部屋騒ぎは、彼の結婚秘話として、その後大いに語り継がれることになる・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 白無垢の間から、顔を上げると。
 
 
 
 
 
 
 そこには『 夫 』となる幸村様と、お館様の姿があった。
 幸村様の瞳から、ぶわりと涙が溢れて・・・現れた佐助さんが、じと目で手拭を差し出している。
 ( まったく・・・弁丸はいつまで経っても、泣き虫なんだから )
 
 
 「 うむ・・・三国一の花嫁ぞ。のう、幸村 」
 「 ふっ、ひっく・・・は、はい!その通りでございます、うう、お館様・・・っ!! 」
 「 ほらァ、旦那。花婿がそんなんでどうするの。早く鼻水拭いてよー 」
 
 
 相変わらず、な光景に、思わず吹き出したけれど。
 私はそのまま・・・3人に向かって、頭をもう一度下げた。
 
 
 
 
 「 どうぞ・・・末永く、よろしくお願い申し上げます 」
 
 
 
 
 力強く頷いた幸村様が、私に深く・・・頭を下げたのがわかった。
 そして、それを見たお館様と佐助さんが、柔らかく微笑んでくださっているのも・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 こうして・・・私と幸村様は、夫婦の契りを約束したのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ( 今、この瞬間が・・・何年経っても色褪せない、永遠のものになりますように )
 
 
 
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 Title:"確かに恋だった"Material:"月影ロジック"
 
 
 
 
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