「 山姥切国広だ。・・・・・・何だその目は。写しだというのが気になると? 」
「 ・・・え? 」


 ・・・別段、奇をてらったことを言ったつもりはない。
 それでも、彼女にとっては予想外の挨拶だったのか、僅かに首を傾げて固まった。
 右手を差し出したまま。握手、でもするつもりだったのか、この審神者は。
 俺は・・・彼女と対等な立場ではないというのに。
 動かない主をちらり、と布間から隙間見て、渋々、その右手を握り返す。
 すると、彼女ははっと我に返る。そして、ええと、と言葉を紡いだ。


「 私、と言います。審神者になったばかりで、迷惑かけるかもしれないけど・・・よろしくね 」


 俺の主となったその人は、ふわりと微笑んだ。










 新人審神者は、初期刀となった俺を伴って、与えられた城へと降り立った。
 本丸の広大さに驚いていたのか、口をぽかんと開けたまま突っ立っていただったが。


「 二人で過ごすには広すぎるけど、山姥切国広の仲間が増えれば、むしろ手狭になったりしてね 」
「 ・・・・・・ひろ、 」
「 え? 」
「 国広でいい。呼びにくいだろう 」


 『 山姥切 』の名は、別物だから。
 国広だって本当は違うが、まだそちらの方が良いような気がする。
 自分なりの、最大の気遣いと譲歩をしたつもりだった。この、少々のんびりとした主のために。
 だけどいとも容易く、彼女はそれを蹴った。


「 やまんば、だから・・・まんば、にしましょう。まんば 」
「 なっ・・・!? 」


 顎が落ちるかと思った。それ程・・・内心、衝撃を受けていた。
 お、俺は愚弄されたのか、今。写しである俺にはそれくらいで丁度いいのかもしれない。けれど!
 ・・・この主、正気か。これから俺は『 まんば 』と呼ばれるらしい。


「 ( 呼びにくいだろう、なんて言うんじゃなかった・・・!! ) 」


 くッ!と屈辱に歯を食いしばっていると、ふいに彼女が俺の手を取った。


「 ほら!行きましょう、まんばくん 」


 自分より少し高い体温を持つ手が、握りしめていた拳をとって俺を導く。
 胸が高鳴る、というより・・・驚いた、という方が近いか。思いがけない行動に、思考が止まった。


 俺は元来より人の手の中にあったが、何故だか物凄く特別なことのように思えた、のだ・・・。






 二人並んで渡り廊下を歩く。
 等間隔に開け放たれた襖の間から射しこむ木漏れ日が、足元を照らした。
 真新しい板の上を歩くのは気持ち良かった。彼女も同じなんだろう、足取りが軽い様子だ。
 くるくると踊る影に翻弄されて、先程までの怒りなどとうに消えてしまった・・・。
 はしゃぐ主の姿はまるで子供のようで、見ているこっちまで笑ってしまいそうだった。


 手入れされた庭には、大きな桜の樹が聳えていた。
 花弁を開いた花房を湛える様は、見事の一言に尽きる。とにかく美しかった。
 十分に見惚れた後、各自の部屋を回った。
 審神者の自室として用意された室には、机や通信機、専用の風呂や厠などが備え付けられていた。
 瞳を輝かせる主を余所に、俺の頭の中に思い描くは本丸の地図。
 主の居室は重要だ。何かが起きた時に、一番に駆けつける場所だからな。
 十分に脳に刻み込んでおかないと、動けずにいては刀剣男子失格だ。


 その階下は、俺たち刀剣男子の部屋だ。各自5畳の部屋が与えられる。
 細かく仕切られた小部屋を見ながら、が両手を広げた。


「 まんばくんはどこがいい?今なら、お好きなお部屋をプレゼントキャンペーンだよ! 」
「 キャ・・・? 」
「 とにかく!選びたい放題だよってこと!!どこがいい?ここは?日当たり良いよ 」
「 ・・・いや、そういう部屋は他の奴に譲ってやってくれ 」


 興奮した主を余所に、一番隅の部屋を希望した。
 よく考えられて設計された本丸に死角はなく、隅といっても日当たりは良い。
 それよりも、大部屋に雑魚寝かと思っていたのに、個室まで与えられると思わなかった。
 写しの俺には勿体ないことだ・・・と言うと、貴方にはその権利があるんだよ、と笑う。


「 少なくとも、この本丸の刀剣男子には、肩身の狭い思いとかさせたくないって思ってる。
  私の元に来てくれてよかったって思ってくれたら、尚嬉しい・・・勿論、まんばくんにも 」
「 ・・・あんた、 」
「 初期刀は、貴方がいいと思ったんだ。どうしても 」


 他の刀剣男子を選ぶことも出来たのにね、とぽつりと呟く。
 風に消えてしまいそうな言葉の意味を測り兼ねて、俺はそれ以上聞けずに、ただ立ち止まった。
 すると、振り向いた彼女は、俺の顔を見るなりちょっと驚いて、次に口元を緩めて笑う。
 続いて、縁側でお茶にしましょう、と言った。


「 ( そ、そんなに聞きたそうな顔をしていたのだろうか、俺は・・・ ) 」


 かあ、と頬が染まるのを、俯いて隠す。
 そのせいで出足が遅れてしまい、俺がやるといったのに、主自らお茶を淹れ、菓子を用意した。
 午後の縁側は、柔らかい日差しに満ちていて、茶を嗜むにはうってつけだった。
 先程見惚れた桜の前に座る。どこからともなく吹く風に枝が揺れて、花びらが舞った。


「 私はね、一念発起して採用試験を受けて、審神者になったんだ 」


 緑茶を啜って、は何気なく語り出す。


「 研修中には他の審神者さんのところでもお世話になったり、アドバイスをもらったりしたよ。
  初期刀も、五振りの中で選ぶことを知っていたから、他の本丸にいた『 貴方 』を見てた 」


 山姥切の写し、ではなく、山姥切国広としての貴方を見て、私は貴方を選びたいと思った。
 そう言った彼女は、他の本丸にいた『 俺 』を思い出してか、遠くの空を見つめる。


「 ( の瞳に・・・その『 俺 』はどう映っていたのだろう・・・ ) 」


 唇の端に浮かんでいる笑みが、それ程悪くない印象を与えているのは解るけれども・・・。
 ・・・不意に視線を外す。その動作に彼女は振り向いたが、今、顔を上げる気にはならなかった。
 被っていた布を目深くして、そうか、とだけ低い声で答えた。


「 ( ・・・本当は、礼を言いたかったはずなのに ) 」


 選んでくれてありがとう、と。それから、他の本丸の『 俺 』に感謝したいと素直に思った。
 他の五振りではなく、貴方がいいと思った、と言った理由は、きっと『 俺 』のおかげだから。
 けれど、どこか胸の奥でひっかかったものがあった。
 それが何かはわからなくて・・・俺は、そうか、としか答えられなかったのだ。


 ・・・それでも、






「 俺は・・・主、あんたを護る 」






 せめて、これだけは言わなくては、と。
 そんな俺を気にした様子もなく、背後の桜も顔負けの笑顔で、主は無邪気に頷いた。


「 ありがとう!改めてよろしくね、まんばくん 」






 少なからず好印象・・・なんてもんじゃない。


 卑屈な俺には眩しすぎるほどの無垢な花の顔に、目を、細めた。







この旅路は

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Title:"春告げチーリン"