刀剣男子の役目は、戦うことだけではない。
本丸内の警護は勿論、管理や生活に必要なことは全て任されていた。
どん!と音を立てて、抱えていた籠を縁側に降ろす。
これでもかと籠いっぱいに盛られた甘夏は、主の大好物だった。
「 ・・・・・・? 」
軍手を外し、汗ばんだ額を拭って・・・ふと気づく。
いつもなら、畑から戻った俺の気配と果物の匂いに惹かれて走ってくるのに、今日はそれがない。
常日頃から煩いと思っていたが、なければないで、何となく物寂しくて落ち着かない気分になった。
「 ( どこかで昼寝でもしているのでは ) 」
いや、まさか・・・と首を振ろうとして、思い止まる。可能性はゼロじゃない。
新しい主は少し変わり者のようだと、一緒に過ごしていくうちに気づいたからだ。
甘夏の籠をそのままに、縁側から本丸に上がっての姿を探した。
「 主 」
それなりの月日が経ったというのに、この本丸には俺以外の刀剣男子はいない。
力量が足りないから、と言って、が鍛刀を行わないのだ。
その時は” そうか ”と答えたが、そのうち” そうか? ”と思うようになった。
内番は彼女が率先して手伝ってくれるので、まあ何とかなる。心配なのは出陣だ。
普通、刀剣男子は複数人で隊列を組んで戦場に繰り出す。
その際、主の霊力を感じとり、傍に居なくても助勢してもらうことができる。
最初は恐る恐る任務に就いたものだが、いざ出てみると全く支障がない。
どんなに遠くに居ても、時に危機的状況に陥っても。
力の源となる波動が途切れることがなく、独りで一隊列分の働きができる。
それほど、彼女の霊力は充実していたし、どれほど凄いことかは、重々承知していた。
彼女は、一念発起して審神者になったというが、元々審神者として適していた人間だったのだろう。
「 主、どこだ 」
二人きりの本丸は、果てしなく広い。
波動は確かにあるから、この本丸のどこかにはいるのだろう。
練り歩くうちに、いつの間にか早足になっていた。幸いにもその足音に気づいてくれたのか、
「 まんばくんっ 」
ひょこっと廊下に顔を出す。
盛大な溜息の後、文句の口火を切ろうとした俺の姿を見つけて、切羽詰まった顔で駆け寄ってきた。
むんずとジャージの袖を掴んで引っ張られる。突然の展開に、何を言おうとしたのか・・・忘れた。
「 ど、どうしたんだ、主、一体・・・ 」
「 しーッ!あれ見て、あれ 」
顔を出した部屋まで連れていかれ、人差し指を唇に押し当てたが天井を指差す。
・・・羽音がした。口を噤むとそれも治まる。梁の上に何かがいるようだ。
「 鳥が迷い込んだみたい。でも、ようやく飛べるようになったくらいの、小さい鳥なの。
外に出してあげたいんだけど、上手く縁側に導くことが出来なくて・・・どうしたらいいかな 」
彼女は、おろおろと手振り身振りを交えて懸命に状況説明をする。
・・・成程、まだまだ雛鳥のようだ。梁から見える尾は短く、色も濃い。
小さく震えている様は、目の前の主にまで伝染していて、薄らと涙を浮かべている。
ふっと小さく笑みが零れそうになって・・・誤魔化すために、わざと溜息を吐いてしまった。
肩を強張らせ、申し訳なさそうにが潤んだ瞳を持ち上げる( ・・・しまった )
俺は慌てて、の頭に手を置いた。
「 手を貸してやる。あんたは、反対側から追い立てろ 」
「 う、うんっ! 」
数度頷くと、彼女ははりきって小鳥の停まる梁の裏に回った。
手に持っていた着物で大きく扇ぐ。ふわりと風が生まれ、小鳥の尾を揺らした。
「 ほら、頑張って飛んでご覧!まんばくんが、貴方を外に出してくれるよ 」
鳥に声をかけたところで、到底理解してくれるとは思わなかったが、突っ込むことは止めた。
当の本人は至って大真面目だったし、必死だ。
振り回している着物だって高価なものだったはずだが、そんなこと関係なかったのだろう。
小鳥を外に出してやりたい。その一心が、彼女を動かしている。
そして俺は、彼女のそういうところが・・・何気に気に入っていた。
「 あっ!! 」
起こした風に身体を浮かせた小鳥を見て、俺は被っていた布を剥ぎ取った。
「 いいぞ、主。あとは任せろ! 」
その布に、たっぷりと孕ませた空気で小鳥を囲い、そのまま急ぎ大股で縁側へと走る。
軒下まで辿り着くと、青空に向かって、力の限り思いきり布を振るって外に放った。チチッ!と鳴く声。
役目を終えて力なく垂れた布を手に、声のした方を向くと、無事に飛び立っていく鳥の姿が見えた。
「 ・・・よかった・・・ 」
小鳥の姿が完全に消えると、心身の力が抜けていく。
緊迫感が消え、静寂の戻った部屋で、同じように胸を撫で下ろした彼女がぽつりと呟いた。
そして、軒下にいた俺の隣に立つと、にこりと柔らかな笑みを浮かべた。
「 ありがとう、まんばくん。私一人じゃ何もできなかった 」
「 いや・・・良かったな、本当に 」
首を振る俺に、彼女はもう一度微笑む。そしてそのまま二人で空を仰いだ。
・・・迷い鳥は、無事に在るべき場所へと還れただろうか。もうどこかで震えることがないといい。
「 ( 自分の・・・在るべき場所、か ) 」
人の身になって思う。刀の時とは違う、と。
何を今更と思われるかもしれないが、日々実感している最中なのだ。
俺は刀で、モノだった。だが人の身を得てからは、主にとっての『 役に立ち方 』が違う。
何ができるだろう・・・新しい『 俺 』は、新しい主『 』に。
と、そこで右腕に重みが生じて思考が断ち切られる。
見下ろすと、そこには黒い瞳を丸くしている。
まだ何か問題が・・・と思ったが、先程とはまた違う興奮具合だ。
驚きと羨望の入り混じった眼差しを見て、怪訝そうな顔をした俺に、
「 前々から思ってたけど・・・まんばくん、やっぱり隠したら勿体ないよ!
だってすごく綺麗だもの!その髪も、瞳も!! 」
と、右腕を引っ張って力説した( 重みはこれだったか・・・・・・はっ!!! )
慌てて持っていた布を目深に被る。
「 ・・・っ、やめろ!綺麗とか、言うな!! 」
「 本当のことなのに。勿体ないなぁ・・・あ、 」
突然すん、と鼻を鳴らして俺の胸元に擦り寄る。ふいに縮まった距離に、心臓が大きく鳴った。
か、彼女に近づかれると、どうも変だ。
胸の中で、ちりちりと火花が飛び散ったようにざわついて、何も考えられなくなる。
ただでさえ、露出しない部分が露わになって落ち着かないというのに・・・!!
「 まんばくん、甘夏の匂いがするね 」
「 ・・・・・・っ!! 」
まるで膜が張られたかのように、俺の耳には周囲の音が一切届かなくなり、脳内に直接声が響く。
そして、俺の鼻を擽るのは甘夏ではなく、目と鼻の先に居るから香る女性特有の甘い匂い。
心臓の音がけたたましく鳴り、狭い胸を叩く。顔が熱い、いや、全身、だ。
反射的に大きく後ろに下がる。きょとんとした表情のに、
「 あ・・・甘夏!採ってきた甘夏を食べないか!? 」
の気を逸らすための、いや、俺が平常心に保つための、精一杯の台詞。
顔を引き攣らせていたであろう俺に、彼女は無邪気に頷いた。
「 そうね、食べましょう!! 」
大好きな匂いを辿るれるのか、甘夏を置いてきた縁側へと迷わず向かって行った。
その背を追いながら・・・未だ治まりきらない高鳴りに、そっと胸を当てた。
「 ( 俺の・・・新しい主は、少し変わっている ) 」
だけど飾らず、気取らず、何事にも一生懸命だ。少々強情なところもあるが、許せないほどではない。
だからだ、こんなにも・・・苦しいくらいに動揺してしまうのは。
綺麗だと。そう言ってくれたのは、の素直な気持ちだと解っているから。
無防備に距離を詰めるのは、それだけ俺のことを信頼してくれているから・・・尚更。
火照る俺の頬の熱など知らない彼女は、縁側の甘夏を見つけて嬉しそうな声を上げていた。
この旅路は桜色
(02)
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Title:"春告げチーリン"
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