休日の土曜日。降水確率はゼロ。空は雲一つない快晴。気温は暖かく、桜は満開。
桜を眺めながら食べる屋外デッキ席でのアフタヌーンティーには、この日以上に相応しい日はない。
日頃の行いが良かったのだろう。普段は冴えない徐庶だが、ようやく少しは報われたようだ。
「お天気で良かったですね」
隣を歩く彼女、が上目遣いで笑いかける。その破壊力ときたら、相当たるものだ。気を抜いたら卒倒するくらいに愛らしい。
(本当に俺の彼女なんだろうか……)
こんな可愛い子の隣を歩く彼氏が自分でいいのか。そう悩まずにはいられない。
今日のために買ったという桜色レースの膝丈ワンピースは、の動きにあわせて、ふわりと舞う。
もう、本当になんなんだ。桜の精か。女神か。
可愛い。よく似合ってる。俺のために、おしゃれして来てくれて嬉しい。
たくさんの褒め言葉が頭に浮かんだというのに、徐庶の口から出てきた言葉は――
「あ、うん。……いいね」
よりによって、最悪だった。
「いや、違くて、これは、つまり、そのっ」
慌てて取り繕う滑稽さときたら……。駅前でに恥をかかせているようなものだ。
「大丈夫です。分かってますから」
は、にこりと笑う。
年下に気を遣われてしまうなんて、かっこ悪いにも程がある。
徐庶は挽回するために、の手を引いて足早に予約した店に向かった。
桜並木に挟まれた川の上に作られたレストランは、内装がおしゃれで料理が美味しいと評判で、ただでさえ予約するのが困難だというのに、桜の時期は更に混む。花見日和の今日に予約が取れたのは幸運だった。
以前、昼過ぎの空いている時間に立ち寄って、二人で遅いランチを食べた。
リゾートのような雰囲気の店内で、もちもちのパスタと、とろける舌触りのデザートを食べながら、天井から床まで一面のガラス張りの向こうに広がる水面を、のんびり眺めながら恋人と語り合う。
贅沢な時間の使い方を、徐庶ももとても気に入った。
「桜が咲く時期に、また来たいですね。今度は外の席で」と言ったの台詞を、徐庶は忘れずに手帳に書き残しておき、数ヶ月前から今回のデートを計画したのだ。
ぽかぽかと暖かい日差しにきらめく水面に舞い散る桜は、きっととても綺麗だろう。それに目を輝かせて笑うを隣で見たい。桜以上に綺麗に違いない。
お茶にはうってつけの時間帯だけあって、店の前には長蛇の列が出来ていた。当日客だろう。こんなに混むなんて思わなかったと肩を落とす声が聞こえた。
予約しておいて良かった。一歩間違えれば、自分たちも最後列で空腹に耐えながら何十分も待つ羽目になっていたことだろう。
少しだけ優越感に浸りながら、徐庶はを連れて彼らの脇を通り、レジ前に進んだ。
ウェイターの青年に予約時間と名前を伝える。さあ、早くお花見が出来る特等席に連れて行ってくれ。
しかし、ウェイターはその場をなかなか動かない。カウンターの向こうでパソコン画面をじっと見たまま、徐庶の名前と予約時間を小さく復唱し、暫く考え込んでから、言いづらそうに眉を下げる。
「申し訳ございませんが……ご予約されていないようでございます」
「そんなことないはずだ。インターネットで予約して、確認のメールだってもらっている」
ここまで来て冗談じゃない。確かに予約している。携帯電話を取り出して、店から送られたメールを確認した。
「ほら、確かに予約されて――」
予約はされていた。時間も間違いない。
しかし、その日付は――
「ご予約は来週でございます」
痛恨のミスだった。
世の中は、どうしてこんなにもカップルばかりなんだろうか。
レストランのデッキ席でケーキを美味しそうに頬張る彼女を、デレデレで見つめる彼氏が憎らしいくらいに羨ましい。
予定では、徐庶もあの場にいるはずだった。ほっぺたが落ちそうだと笑うの頬についたクリームを、指で取って舐め、「甘いなあ」と微笑み合っているはずだった。甘いのは自分の詰めだったなんて、情けないにも程がある。
恋人たちが互いに食べさせあう姿も、桜の川を背景に写真を撮る姿も、妬ましくて仕方がない。
こんなはずじゃなかった。
不細工カップルのいちゃつきを、指をくわえて見ているのではなく、徐庶にはもったいないくらい可愛い彼女と仲良く食事をして、川に舞い散る桜の花びらを背景に、彼女の幸せそうな笑顔が見たかったのだ。
それなのに、どうして自分は店の外で肩を落としているのだろう。
年度末で忙しい日が続いていたとはいえ、デートの予約一つ出来ないだなんて本当に駄目だ。
来週はの都合が悪いため、予約は取り消してしまった。
「本当にすまない」
この日のために、桜色のワンピースを着てくれたというのに、それに相応しい場所を用意出来なかった。彼氏として失格だ。
「大丈夫です。別のお店からも桜は見えますし」
他の店の二階から見えることは見えるが、道路や人混み、周辺のビルまで見えてしまうから、やはり一番間近で水面から見る桜には及ばない景色だ。徐庶を責めまいとするの優しさに涙が出そうだ。
「俺がきちんと確認していれば……」
「気にしないでください。あ、ほら、向かいのカフェの看板に、桜のケーキが新作って書いてありますよ。美味しそうですね! あれ、食べに行きましょう!」
またしても、気を遣われてしまった。
- continue -
2015-04-01