April 2015


夜桜に酔わせて with 徐庶


 レストランの向かいにあるカフェは、レストランに入れなかった客が流れたせいで混んでいた。
 それでも思ったよりは並ばずにレジに辿り着き、は生クリームがたっぷりと乗った桜のシフォンケーキとホワイトモカを、徐庶はコーヒーを注文し、桜が見える二階の空席を探したが、こちらの店もカップルばかりで、なかなか空いていない。満席かと諦めかけたその時、が何かに気づいて一歩前に出た。
 不思議に思った徐庶は、トレイを持って後を追い、が立ち止まった先を見て口の端を引きつらせた。

「甘寧、久しぶりですね」
「お嬢じゃねえか。なにしてんだ、こんなとこで」

 にこやかに声をかけたの前には、柄の悪い男がソファに深々と腰をおろして足を組んでいた。
 ツンツンにセットされた金髪。キリリと上がった眉と目尻。体のラインが出るピッタリとした服は、彼の筋骨隆々を際立たせ、半袖から出ているたくましい腕には入れ墨――いや、タトゥーというのか――が入っている。
 往来で見かけたら、隣を横切るのを避けるだろう。それくらいに近寄り難い。分かりやすく言えば怖い。おそらく徐庶より年下だろうけれど、怖いものは怖い。
 こんな男と清純なが、どうして知り合いなのか。共通点が見当たらない。

「一人ですか?」
「いや、凌統を待ってんだ」
「もし良かったら、相席してもいいですか?」

 なんて恐ろしいことを、さらりと言ってくれるのだろうか。
 確かに、彼が座っている場所は丸テーブルを囲んで四人が座れるように一人用ソファが四つも用意されているが、他の客が何故空けたままにしているのかを察して欲しい。

「いいけどよ、お嬢一人か? 珍しいな」
「二人です」
「はあ? どこにもう一人いるって……」

 言いかけて首を伸ばし、の後ろにいた徐庶に今初めて気づいたのか、彼は瞬きをして驚いた。いつの間にいたんだ、とでも思っているんだろう。存在感がないことは日頃から自覚している徐庶だが、こんなに近くにいても気づかれなかったのは初めてだ。

 (君からしてみれば、俺なんか空気なんだろうけど)

 内心で不貞腐れていると、がこちらを見上げた。身長差があるから自然と上目遣いになる。何度も見ている表情だけど、未だにどきりとするくらいに、は可愛いから困る。怖い男の前だというのに、顔が緩んでしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。

「彼はわたしとお付き合いしている――」
の彼氏の徐元直です」

 存在を認めてもらえなかった腹癒せに、の言葉を遮り、“彼氏”というところを強調して名乗る。
 勇気を出して、真正面から見つめたが、彼はさっぱりこたえていない。徐庶は手に汗握っているというのに。
 だが、事実は伝えておいた方がいい。
 彼がを狙っていなかったとしても、目の保養にはしているはずだから、それが恋に繋がる前に牽制しておかなければ。

「こちらの彼は、わたしの知り合いの――」
「甘興覇だ」

 同じくの言葉を遮って、甘寧はこちらをぎろりと見返した。
 初対面だというのに堂々とした態度からは、揺るぎない自信を感じる。舎弟を引き連れて、兄貴と慕われていそうだ。正直言って、友人にはなれなさそうなタイプだ。
 甘寧の前に、と並んで座る。
 二人は久々に再会したようで、自分たちの近況や共通の知人は息災かなどと、楽しく会話する。
 その姿は“不良と優等生”といった感じで、前にこんな感じの青春ドラマを観たのを徐庶は思い出した。確か、札付きのワルが容姿端麗で品行方正の高嶺の花な女子高生と出会い、互いに惹かれ合い、様々な事件を乗り越えて結ばれる話だった。甘寧とがそれぞれ、学ランとセーラー服を着たところを想像してみる。……お似合いに思えてきて凹む。

「あ、砂糖を忘れてしまいました。もらって来ます」
「待って。俺が行くよ」

 席を立ったを、慌てて引き留める。彼と二人きりは気まずい。嫌だ。砂糖だろうが、佐藤だろうが、なんでも探して持って来るから、どうか行かないで欲しい。

「大丈夫です。すぐに戻りますから」

 願いむなしく、長い黒髪をなびかせて、は階段を降りていってしまった。
 残された徐庶と甘寧の間には、妙な空気が流れた。とても居心地が悪い。
 こういうとき、甘寧みたいなタイプはどうするんだ。無言を貫くか、盛り上がるのか。盛り上がるにしたって、何の話題で盛り上がる。昨日は何人倒したぜ、とかだろうか。釘バットを振り回してバイクで深夜の道路を暴走して……いや、それも違うか。現金がたくさん入ったアタッシュケースを持って、胸ポケットに銃を入れて、派手なシャツのスーツで黒塗りの車を走らせる感じか。
 分からない。映画やドラマで得た徐庶の乏しい不良の知識では、これが限界だ。
 ここは、が戻って来るまで沈黙を貫き、大人しくしているに限る。

「お嬢はこういう優男が好きだったのか……へえ……」

 失礼にならないよう僅かに視線をずらして黙っていた徐庶をじっと見て、甘寧は顎を撫でた。

「わかんねえな。何がいいんだか。あんだけ顔がいいヤツらに囲まれてるってのに、よりによって、こいつってのがなぁ……」

 まずい。これは、結構――

「なあ、お前、どんな手を使って、お嬢をモノにしたんだ?」

 憤慨ものだ。

 徐庶は自信のなさが態度や雰囲気に表れるから、高圧的な人から見下されやすい。だが、愚かなわけじゃない。頷いたが腹の底では、わだかまりを抱えているときもある。
 大抵は我慢してしまうが、今のは駄目だ。まるで徐庶が邪な手を使って周りを出し抜き、と交際しているかのような言い方は許せない。
 わななく唇を噛み、拳を握り締める。深呼吸をして、少しだけ怒りを逃がす。
 大人になれ。相手は年下だ。生意気なことも言うだろう。落ち着け、徐元直。

 ………。

 落ち着いていられるか!

「お待たせして、すみません。……何かありましたか?」
、悪いけど、これ以上、彼と話していたくない」

 というか、同じ場所にも居たくない。
 徐庶はすっくと立ち上がり、購入したコーヒーを一口も飲まないまま、を置いて店を出たのだった。

- continue -

2015-04-01