関興と付き合うようになって変化したことは色々あるが、友人が増えたのも、その一つだ。
関興は兄弟が多く、兄の関平、弟の関索、妹の銀屏という仲がいい兄弟を持っている他、親同士の仲もいい張苞と星彩の兄妹とも、家族のように親しくしていた。
そこへ、ひょんな経緯で関興の彼女になったは、自然な流れで彼らと顔見知りになり、銀屏と星彩とは時折女子会を開くほど親しくなった。
暫くして、関索に一方的に惚れている三娘も加わり、話題のカフェやらショップに出掛けるようになった。
クールビューティという言葉が似合う冷静な星彩、外見からは考えられない怪力を持つ天然な銀屏、恋愛至上主義で恋こそ正義な三娘と過ごす賑やかな時間は、思いの外楽しくて、彼女たちとばかり会っていたら、関興に拗ねられたのは記憶に新しい。
季節は付き合い始めた春から夏に変わり、この日も仲良し女子四人で集まり、あるものを買いに出掛けた。
三娘おすすめのお店で、これがいいんじゃないか、あれがいいんじゃないかと物色をし、それぞれ気に入ったものを購入してカフェで一息ついているところだ。
なんだかんだ言いながらも、三娘、星彩、銀屏の三人は満足のいく品を買えたようで、「このフロート美味しい!」とか「このシェイクもいい!」とか、目の前の美味しいものに夢中だ。
そんな中、だけは、椅子と背中の間に挟んだ、シュップバッグの中身を思い出して、早速後悔していた。
お店のロゴがプリントされた可愛いデザインの紙袋の中には、三人に「似合っている」と言われて、調子に乗って買ってしまった水着が入っている。
サーモンピンクの小花が満遍なく咲き乱れているワンピースタイプの水着は、星彩のパレオ、銀屏のビスチェ、三娘のTバックに比べれば、いくらか露出は控えめなのだが、それはウエストの話である。
腰回りはフリルのスカートで飾られているから、下着ほどの露出はないが、問題は胸元だ。V字に大きく開いているため、谷間も膨らみも見事に丸見えだ。更に、背中は凹字に開いており、肩甲骨から腰まではリボンがスニーカーの靴紐のように交差してある。
最初は、他のものより露出が少ないし、リボンが可愛いかもと思ったが、試着してみれば、あちこちが開いていて落ち着かない。それでも、三娘たちのように下着同然なビキニよりは……と購入してしまったが、今更になって、やっぱり派手だったのではないかと悔やんでいる。
自信満々に薦めてくれた三娘には悪いが、あの店で選ばずに、他の店も見れば良かったのかもしれない。
「ちょっと、、聞いてる?」
はたと瞬いて、全然減っていないレモンとライム入りソーダから、目を移すと、三娘が頬を膨らませていた。
「ごめんなさい。聞いてなかったです」
「だーかーらー、どうすれば、関索があたしと付き合ってくれるかって話!」
おやおや、いつの間に、そんなお話になっていたのだ。
「わたしに聞かれても……」
「は関索のお兄さまと付き合ってるでしょ。この二人は聞いても全然ダメなんだもん! が教えて!」
助けを求めて、星彩と銀屏に視線を投げるが、二人は首を横に振った。
「関索の気持ちは関索にしか分からない。ここで私たちが何を言っても無駄よ」
「ええと……ごめんなさい! 私、小兄上とはいつも筋肉の話をしているから、そういうこと分からないの。兄上の恋人のあなたから、代わりに話してあげて」
「馴れ初めは!? どっちから告白したの!? 前に聞いた“たまたま一緒のバスに乗っていたら何故か”なんて嘘は許さないんだから!」
嘘も何も本当のことである。
「あの……本当なんです。よく知らないまま告白されて、お付き合いすることになって……」
「そんなわけないじゃん! お互いのことを知ってからじゃないと恋なんて――あっ! もしかして、一目惚れ!?」
「え……」
は違うが、関興は一目惚れなのだろうか。それなら性急な告白にも納得がいく。
(でも、一目惚れされた方は、どうすればいいのかな)
一目惚れした側はいい。一瞬にして恋に落ちたのだろうから。
では、一目惚れされた側はどうすればいい。こちらも一目で惚れることが出来れば良かったが、とうに機会を逃してしまった。これから恋に落ちることを期待していればいいのか。
(それは、いつ?)
はたして、そんな日は来るのか。いつまでも来なかったらどうする。関興と過ごすのは居心地がいいからと、このままの関係を続けて、もし関興から結婚を切り出されたら、どうしよう。
「関興お兄さまって、あまりしゃべらない感じだけど、ベッドの中だとどうなの? すごいの?」
「え? ベッド?」
「こんなところで、そういう話はやめて」
きょとんとするが意味を理解出来ぬ間に、星彩が冷ややかな視線を三娘に向ける。美人の睨みは美しくも恐ろしく、三娘は怯んだが、負けじと膝を叩いた。
「だって、だって、気になるじゃん! あの何考えてんのか分かんない関興お兄さまに彼女が出来るなんて思わなかったし! あのお兄さまがチューとか、えっちとかしてるとこ、想像出来ないし!」
「ええと……何考えてるのか分からない兄上でごめんなさい」
銀屏は兄の代わりに謝り、星彩は溜め息を吐いた。
はというと、ゆっくりと反芻してから、ぽぽぽと頬を染めた。
そうだ。結婚の前に、その問題があった。
何故、色んなことをすっ飛ばして結婚の心配をしていたのだろう。はまだキスしか許していないではないか。それも、ほんの軽く触れ合うだけの一秒程度の。
親が子どもに、おやすみのキスをするような感覚だったので、これであれば大丈夫と、関興に告げてから、会うたびに必ず一回はされる“それ”。
まさか、ずっとこのままであるはずがない。ドラマや映画のように、恋人であれば、熱い抱擁と深いキスをするのだろう。もちろん、その先も。
(あ、もしかして――)
だから、あのとき、関興は驚いていたのか。
事の発端は二週間前に遡る。
三娘が「関索を振り向かせるには、海! 海しかない!」と騒いだので、それならば別荘の近くにある海水浴場はどうかと提案したところ、星彩と銀屏も行ってみたいと挙手したので、では女子四人と関三兄弟で一泊旅行しようと決まった。
別荘を使うことを従兄であり、当主の周瑜に電話で確認すると、は別荘の自室に鍵をかけて“一人で”就寝することを条件に許可して頂いた。客人を客室に泊まらせるのは分かるが、せっかくお友だちが集まってのお泊まりなのだから、もみんなと同じ部屋で寝たかったが仕方がない。周瑜の言うことは絶対だ。従うしかあるまい。
ともあれ、旅行の計画を関興に伝えるのは彼女であるの役目だったので、はいつもの席でぼんやりとバスの揺れに身を任せる関興を誘った。
「一泊二日で旅行に行きませんか?」
関興はぎょっとした表情で固まった。
あれ、おかしいな。誘い方が悪かったのだろうか。旅行といっても色々あるし、もっと分かりやすい言葉で――
「別荘の近くに海があるので、たくさん遊べますよ。敷地内にはテニスコートもあるので、テニスも出来ますよ」
としては、海やテニスより森をお散歩の方がいいが、関兄弟は体を動かすのが好きなスポーツ一家なので、こう誘った方が喜ぶと思って付け足した。
だが、関興は固まったままだ。海が嫌いだったのだろうか。
「すみません。海は嫌いでしたか?」
「嫌いじゃない。そうではなくて……その……から旅行に誘われるとは思っていなかったから驚いた。誘ってくれて嬉しい。とても……楽しみだ」
「良かったです。銀屏ちゃんたちに連絡しておきますね」
「え?」
みんなで行くのだと説明すると、関興の顔から喜びは消え、いつもの何を考えているのか分からない顔に戻った。
二人で行きたかったのだろうか。
でも、二人よりみんなで行った方が楽しいと思うのだが……と、そのときのは首を傾げたが、あれは二人きりで一夜を過ごすことを期待させてしまったから、あの反応だったのか。
ということは、一泊二日で旅行に行こうと誘ったは、あなたと二人きりで一夜を過ごしたいと言ったも同然で――
(わたし、そんなつもり全然なくて!)
遅れて来た恥ずかしさに、顔から火が出そうだ。あの時の自分の頭を叩きたい。
「ねえねえ、どうなの? そんなに照れちゃうほど激しいの? やっぱり、すごいの?」
「それは……その……言えません」
「激しいんだ! ちょー羨ましい! 愛されてるじゃん!」
「愛されてるんでしょうか?」
「あーもう! あたしだって、この夏は絶対に、関索に好きって言わせるんだからっ!」
そのためには海しかない!
ぐっと拳を握り締めて吠える三娘を見て、も少しだけ、夏の海とやらに期待をしてみようと思った。
きっと、恋に落としてくれるだろうと――
- continue -
2015-08-02