「伯約」
の、名を呼ぶ声で目が覚めた。
姜維が瞼を開けると、そこには既に身支度を整えたの姿があった。
その首もとを引き寄せて、に口付けをする。
不意を突かれたは恥ずかしそうに飛び退き、頬を染めて叫びながら走り去って行った。
姜維は珍しく、声を出して笑った。
いつも通り朝ごはんを食べ、に着付けをしてもらう。
「。帯色は決まったのか?」
姜維が尋ねると、は不機嫌そうに口をすぼめながら「まだです」と小声で返した。
「ならば、緑にしてくれ」
その言葉に、は思わず顔を上げる。
「緑が良いんだ。変えなくたって、良いんだ。好きなんだ、どうしようもなく」
変わっていくものもあれば、変わらないものもある。
国は変わる、人も変わる、時世は変わる。
だが愛するものまで変えなくていい。
無理に変える必要もない。
愛おしいと思うものを大事にしたい。
尊いと思える気持ちに気付いていきたい。
それだけでこんなにも身軽になれる。
「私も」
私も、緑の帯が好きです。
があの時のように、涙を溢してそう言った。
「元宵節、帰ってきて下さい」
「ああ」
「祝日なのに休ませないとか言うばかがいたら、私が張り倒してやる」
「それは怖いな」
「また湯円、たっぷり用意しておきますから」
「倒れない程度にしてくれ」
「私は料理ごときで倒れたりしません」
「いや、私が」
「??」
「すまない、今の言葉は忘れてくれ」
きゅと、緑の帯を結ぶ。
これで着付けは終わりだ。
あとは馬に乗り、城に向かうだけだ。
二人手を繋いで、厩舎まで向かう。
寒さが身にしみたが、繋がった手から伝わる温もりに、二人はへっちゃらだった。
「、いってきます」
「いってらっしゃい、伯約」
唇を重ね、離す。
そうしたあといつもはすぐに目を反らすが、珍しく目を離さず、じっと姜維を見つめていた。愛おしいと、お互いにそう感じた。
これから何度も、後悔するだろう。
これから何度も、虚しさを味わうだろう。
何度も何度も、数多の感情に溺れるだろう。
それでいい。何度苦しんだって構わない。
大切なものに気付くことができた。
それだけでこんなにも満ち足りている。
それだけで、充分だ。
門を開けて、は姜維を見送る。
馬上の姜維もの方を振り返る。
目と目が合った。
二人、笑っていた。
- written by うい -
2016-02-01