February 2016


変わらないものはひとつだけ with 姜維


「伯約」

 の、名を呼ぶ声で目が覚めた。
 姜維が瞼を開けると、そこには既に身支度を整えたの姿があった。
 その首もとを引き寄せて、に口付けをする。
 不意を突かれたは恥ずかしそうに飛び退き、頬を染めて叫びながら走り去って行った。
 姜維は珍しく、声を出して笑った。

 いつも通り朝ごはんを食べ、に着付けをしてもらう。

。帯色は決まったのか?」

 姜維が尋ねると、は不機嫌そうに口をすぼめながら「まだです」と小声で返した。

「ならば、緑にしてくれ」

 その言葉に、は思わず顔を上げる。

「緑が良いんだ。変えなくたって、良いんだ。好きなんだ、どうしようもなく」

 変わっていくものもあれば、変わらないものもある。
 国は変わる、人も変わる、時世は変わる。
 だが愛するものまで変えなくていい。
 無理に変える必要もない。
 愛おしいと思うものを大事にしたい。
 尊いと思える気持ちに気付いていきたい。
 それだけでこんなにも身軽になれる。

「私も」

 私も、緑の帯が好きです。
 があの時のように、涙を溢してそう言った。

「元宵節、帰ってきて下さい」
「ああ」
「祝日なのに休ませないとか言うばかがいたら、私が張り倒してやる」
「それは怖いな」
「また湯円、たっぷり用意しておきますから」
「倒れない程度にしてくれ」
「私は料理ごときで倒れたりしません」
「いや、私が」
「??」
「すまない、今の言葉は忘れてくれ」

 きゅと、緑の帯を結ぶ。
 これで着付けは終わりだ。
 あとは馬に乗り、城に向かうだけだ。
 二人手を繋いで、厩舎まで向かう。
 寒さが身にしみたが、繋がった手から伝わる温もりに、二人はへっちゃらだった。

、いってきます」
「いってらっしゃい、伯約」

 唇を重ね、離す。
 そうしたあといつもはすぐに目を反らすが、珍しく目を離さず、じっと姜維を見つめていた。愛おしいと、お互いにそう感じた。

 これから何度も、後悔するだろう。
 これから何度も、虚しさを味わうだろう。
 何度も何度も、数多の感情に溺れるだろう。
 それでいい。何度苦しんだって構わない。
 大切なものに気付くことができた。
 それだけでこんなにも満ち足りている。
 それだけで、充分だ。

 門を開けて、は姜維を見送る。
 馬上の姜維もの方を振り返る。
 目と目が合った。
 二人、笑っていた。

- written by うい -

2016-02-01