初恋は一生に一度だけと言うけれど
わたしは、ずっとずーっと昔に恋をして今も続いている
誰にも負けない最長記録を更新中だ
そんなわけで降り積もった年数の分だけ、想いは重い
さあ、覚悟しなさい? 絶対、逃がさないから
年の瀬も迫ってくると、どこからともなく人が集まってくる。
その顔触れは老若男女問わず、職業に国籍も様々。
ホテルをまるまる一つ貸し切っての大イベントだ。大ホールには立食パーティー用の準備が整い、入り口では招待状の確認担当の者が忙しそうにしていた。
大ホールに敷いた絨毯は上品な赤で、巨大なシャンデリアが天井からぶら下がっている。テーブルクロスはもちろん純白だから、紅白でとっても目出度い(と思うのは庶民くさいかな)。積み上げられたワイングラスのタワーは、何回見ても素晴らしさに感動する。
一応、主賓であり主催でもあるわたしは、姜維を連れて早めに入場していた。
「皆、集まってきましたね」
「うん」
「顔が緩んでいますよ、」
「だって嬉しいんだもん」
「それは・・・・まあ、私も同じ気持ちです。いや、少し違うかな」
「姜維?」
どうしたのと問えば、何でもないですと微笑が返る。
彼は同級生の幼馴染だ。家も新生児のケースも隣同士という縁があって、ほとんど家族みたいな親近感がある。親にとっても手間がかからず、楽だったのだろう。何をするにも一緒にされて、お互いのことは誰よりも理解していた。
だんだんとズレが出てきたのは、別の高校へ進学すると決まってから。
いや、もっと前かもしれない。
「綺麗です、とても」
眩しそうに目を細めて、姜維は言う。
褒め言葉がいつもと違うような気がして、何度か瞬きをした。
確かにドレスコードがあるから、ちょっと気合を入れてお洒落をしてきたのだ。慣れない化粧で引きつり気味の顔が、本当の笑顔になる。
「ありがとう、姜維も格好良いよ。タキシードがすごく似合ってる」
「あの人には『馬子にも衣裳』と言われて少し凹んでいたんですが、あなたのおかげで自信を取り戻せそうです」
「・・ええと、ごめんね? ほんっとーに、口が悪いのは昔から治らないんだから」
「本人のいないところで文句を言うのも立派な悪口だと思いますがね?」
「ひゃ」
急に頬をつねられて、心臓が飛び上がりそうになる。
「法正殿、止めてあげてください。今日の彼女は化粧をしているんですよ」
「頬紅の代わりになって、より愛らしくなる。何も問題はありません」
「そういう褒め言葉はいらないー!」
「やれやれ、うちの姫王様はいつまでも我儘なことで」
「法正殿っ」
「・・この程度は許していただかないと割りに合いません。今日くらいしか、あなたに名前で呼んでもらえないんですから」
姜維の助けで逃げ出せば、そんな殊勝なことを言ってくる法正。
どこか寂しげに、わたしを通して誰かを見ているような目をする。その「誰か」のことを知っているから、わたしたちは何も言えなくなってしまう。
黒のスーツに紫のドレスシャツが似合いすぎて怖い。
「その恰好、本職のホストみたいだよね」
「転職しろと命じるのなら、それに従いましょう」
「そういう冗談嫌いって、言ってるよね。いつも!」
「もちろん覚えていますよ。あなたの言葉は一言一句、忘れはしない。それが俺の報恩であり、報復でもある」
垂れた目が、じっと見つめてくる。
顎クイされても、わたしは睨むのを止めない。同じように「これ」をやられて、何人の女性が道を踏み外したか。ちょっと危険な空気とにじむような色気がそそられるらしい。
過去に一度だけ。
この格好良さに心奪われた時期があったから、今の
(それにしても、このままだとキスされちゃいそう)
このホールに集まっているのは、わたしたちの事情を知る人たちばかりだ。
それでも――、だからこそ法正の好きなようにさせない。変な噂を立てられるのも、妙な誤解を生むのも嫌だ。何よりも悲しませたくない人がいるから。
(でも、これ以上傷付けたくない・・)
どう返そうかと悩んでいるわたしに、救いの主が現れた。
「またやっているのか、お前たち」
「邪魔をしないでもらえますか? 今、イイところなんですよ」
法正が手を下げてくれて、内心で息を吐く。
毅然とした態度でいなければならないのは分かっていても、完全に拒絶できない自分がいる。幼い頃はべたべたしていても、仲の良い兄妹だと微笑ましく見守られてきた。
これから先はそうじゃない。
馬超の咎めるような目線が、わたしに現実を突きつける。
「姜維も見ていないで、こいつを助けろ。・・・・顔が赤いな? 具合でも悪いのか」
「い、いえ、大丈夫です」
「しかし」
「彼がこう言ってるし、大丈夫だって。そんなことよりも若、俺を置いてくなんて酷いよー」
「きちんと渡してきたんだろうな?」
「その辺は抜かりなく。あ、ちゃん。こんばんは、今日は一段と可愛いねえ」
「ありがとうございます。馬超も馬岱も、遠くから大変だったよね。疲れていない? フロントで鍵をもらっていないんだったら、届けてもらえるようにスタッフへ頼んでおくけど」
まるで自分が所有するホテルみたいな口振りだけど、残念ながら違う。
とある有名企業の御曹司がホテルのオーナーをしていて、全部手配してくれたのだ。遠方から来る人たちが一泊できるように、全ての部屋を用意している。細やかな気遣いというべきか、スケールが大きいというべきか。
ちなみにパーティーの参加費だけで泊まれる。
こんな一流ホテルに払えるお金なんてないわたしは主賓なので、一番いい部屋を用意・・・・されそうになったのを必死に止めた。緊張して、絶対に寛げないから。無理だから。
法正が不機嫌そうに二人を見つめ、鼻で笑った。
「相変わらずの気合の入れようですね。今年は日の出まで持つかどうか」
「言ってくれるな、法正。今年こそ貴様には負けん!」
「だ、駄目だよ。若! これすっごい高いんだから。呑むのも暴れるのも程々にして、お願い! クリーニング代、いくらすると思ってんの」
「知らん!!」
胸張って言うことじゃない。
いつものコンビに苦笑いしか浮かばなかった。
気が付けば、姜維は先生エリアへ引っ張り込まれている。ほぼ全員が研究肌で、立派に学者としての道を進んでいる。雑誌でも名前を見る度にちょっと笑ってしまうのだけど、そこは大目に見てほしい。
入り口はスタッフが扉を閉めるところだった。
ホール内はテーブルが見えなくなるほどの混みようだ。ざわざわと賑やかな感じに、どうしても嬉しくなってしまう。一年ぶり、あるいは久しぶりに会う人たちと旧交を温めているのだろう。
視線を戻すと、馬超と馬岱はまだ口論が続いていた。
「飽きもせず、よくやりますね」
「ね? ふふっ、わたしも同じことを考えてた」
「そうですか」
そっけないようでいて、優しい声が耳をくすぐる。
- continue -
2016-01-01