次々と会う懐かしい人々に、どんどん声をかけていった。
わたしは前世の記憶を、とても詳細に覚えていたから。
「はじめまして。わたし、朱鈴。覚えてる?」
パリッとしたスーツに身を包んだ髭のおじさんは、困ったように首を傾げた。
「どこで会ったかな、可愛らしいお嬢さん」
その時、わたしは現実を知った。
息を切らせて走ってきた兄にしがみついて、わんわん泣いた。
壇上に向かう時、いつも緊張する。
マイクを持つ手が震えないように、声が裏返らないように殊更ゆっくりと進んでいく。視界の端には姜維が、そして法正がいる。雲長先生と関一家も、皆も、わたしを見つめている。
過去にどんな遺恨があろうとも。
今、どんな状況にあろうとも。
「こんばんは、です。今年もこうして皆が集まってくれたことを、嬉しく思います」
記憶にある顔ぶれとは少しずつ違う。
微笑みながら、真剣に、面白そうに、私を見つめる人たち。
「1000年以上の時を超え、こうして再び会えたことを嬉しく思います。これを奇跡と呼んでしまうにはもったいなさすぎて、運命と決めてしまうには簡単すぎます。それぞれの大切な人ともう一度会いたいという気持ちが、こんなにも存在していたことを・・・・わたしは、感謝したい」
声が滲んだ。
わたしたちは古代中国、それも三国時代に生きた記憶を持つ。
記憶の在り方には多少の差異があっても、その頃過ごした日々を覚えている。あるいは自覚していることが、このパーティー参加の最低条件だ。目に見えない記憶が対象なので、原則として本人の申告は証拠にならない。
三国時代はあまりにも有名で、ちょっと調べれば分かることも多いからだ。
法正とわたしや、関一家みたいに血縁者として生まれてくることもある。その場合でも記憶がはっきりしている者や、ほとんど覚えていない者もいる。それに辛い記憶があったり、思い出したくないと考えていたりする。
だから参加は義務じゃない。
同じ時代の前世持ちと出会うのは、砂漠で砂金粒を探すような確率だ。会ってしまったら、その偶然をなかったことにしたくないと考えるだろう。でも駄目だ。わたしたちは今、生きている。
どれだけ前世(むかし)がかけがえのない記憶でも――。
「今を大事に、生きてください。全力で、生きてください。必要なら嘘を吐いてもいい。生き方なんて、人の数だけあるんです。後ろ指さされるような生き方でも、その人の心を裏切らないのなら・・・・いいじゃないですか。誰かのために手を汚すことだって、わたしは駄目だとか言えません」
わたしは三国時代のとある時期、姫王と呼ばれていた。
群雄割拠の乱世で、人々は争い続きの世の中に疲弊しきっていた。だから戦わなくてもいい国を作ろうと、甘い理想だけで立ち上がったのだ。
現実はちっとも甘くなかった。
心身ともに何度も傷ついたし、絶望もした。それでも諦めきれなくて、支えてくれる人がいてくれて、わたしは建国の夢を叶えた。たくさんの出会いと別れの果てに。
このパーティーで、わたしはそういう過去を語らない。
出会えたことを喜び、未来を祝う。
中国では旧正月を春節として祝うけれど、日本では西暦の元旦になる。ぐだぐだの挨拶が終わる頃、大晦日のカウントダウンが始まった。
「3、2、1・・・・あけましておめでとう!!」
あちこちでクラッカーが弾け、歓声が上がる。
年越しパーティーはこれからが本番だ。
未成年の子も、今回限りは夜更かしを許される。わたしは今年初めて、新成人の仲間入りをした。四年制大学に通っているため、もう2年ほどは学生だけれど。
「泣いちゃだめ、泣いちゃ駄目・・っ」
わたしは幸せだ。
あの頃も、今もすごく幸せ。大好きな人たちと、大切な時間を過ごせている。辛いことも苦しいことも悲しいこともあったって、生きているから感じられる。
笑っている人たちと一緒に、わたしも笑おう。
(でも、でもね)
わたしは世界一我儘で、自分勝手な女の子だから。
思い付きで賛同してくれて、こんなに盛大なイベントを催してくれて、大ホールが狭く感じるくらいの人たちが参加しているのに、寂しくて仕方ない。
愛してくれる人たちが傍にいる。
それがどんなに稀有で、素晴らしいことかを知っているのに苦しい。
「あんた、まだここにいたのか」
「ほうせ、い」
ずっと昔の喋り方で、今にも座り込みそうなわたしを見下ろしている。
涙を拭うことも、頭を撫でてくれることもない。
「さっさと行け。・・いい加減、目障りなんですよ」
めそめそと泣いている暇があったら、走れ。
法正に乱暴に背を押され、躓いて転んだ。バランスをとりそこねたわたしは手をついて、今にも踏みつぶしかけた焦げ茶の革靴を呆然と見つめる。
「・・・・ちょっと、危ないじゃない」
「ごめん」
「泣いて、化粧が落ちちゃった」
「綺麗だよ。いや、うん・・・・かわいい、ちゃんと」
「嘘」
「本当、なんだけどな」
「じゃあ、信じる」
「よかった」
ホッと安堵しているのが分かる声に、今度こそボロボロ泣いてしまいそう。
彼の人生も狂わせただろう重すぎる罪に、わたしは涙が出るほど喜んでいる。その声を聞けば、分かる。今生の彼もわたしに恋をしている。わたしも彼に恋をしている。
もはや疑いようもない真実。
- continue -
2016-01-01