October 2015


Una piena luna. with 馬超


 街へ出て、探しものをすることとなった。
 いわく、再会したあの日から街へは出向いていないのだと言う。
 それならばと馬超は街を選んだのだが、街へ移動するには馬が必要であった。

、馬へ乗るぞ」

 厩舎へ向かう馬超の後ろをついていたが、珍しく驚いた声を上げる。

「わたし、乗ったことないです」
「問題ない。お前は昔、俺と同乗したことがある」

 でもと口ごもるに構わず、馬超はずんずんと厩舎に向かった。圉人に出掛けることを伝えると、の腕を引く。

「何を固まっている。行くぞ」
「でも」

 なんだか、こわいです。
 そう言って臆するの姿に、馬超は既視感を覚えた。
 昔もそうだった。世界を知らないに体験させようと、色々なことをさせてみた。
 その一つが、乗馬である。触るのも乗るのも初めてのはきゃあきゃあ悲鳴を上げていたのには、いま思い出しても笑えてくる。
 だがそれももう、昔の話だ。

「まずは触れてみろ」

 小屋から愛馬を連れ出し、に向かってそう言う。
 は不安そうに首を横に振るが、馬超は「やれ」と視線で返答する。
 観念したはおそるおそる馬に近付き、首筋を撫でる。触れたことにがほっと安堵したのも束の間、馬は鼻息を荒くしての髪を食べ始めた。

「きゃああ!」

 悲鳴を上げるに、臆病な馬も驚く。
 馬超が間に入って事なきを得たが、は頭を抱えて蹲っていた。

「おい。大丈夫か」
「も、もしゃもしゃ、髪を食べられました」
「気にするな」
「気にします!」

 顔を赤くして声を上げるに、馬超は思わず噴き出した。
 は何か言いたそうに口をもごもごさせて「早く行きましょう」と馬超を急かした。
 こういうところは変わらないのだなと、心の中で呟く。
 嫌がるの手を取り、指示して乗馬させる。馬超もその後ろに跨がると、馬の腹を蹴って街へと向かった。


 秋晴れした街はいつも通り賑わいを見せている。時期的に収穫祭が近いからか、人々は忙しそうに街を往復していた。
 横目でを覗くと、は首を左右に向けて街並みを見つめていた。それは興味や好奇心ではなく、何かを探しているような視線であった。

(当たり前か)

 昔、を街に案内したことがあった。
 街のど真ん中で舞をするくらいなのに、は仕事以外で街に来たことはないという。
 それならばとを連れて街を回ったが、その時のは興味津々に何度も立ち止まっては沢山の露店を覗いていた。
 いま目の前にいるのは、であってではない。ならばに同じものを求めるのは酷というものだ。
 それでも期待をしてその度に落胆するのは、何と勝手なのだろう。
 一人自嘲する馬超をよそに、は声を掛けて来る。

「あの、なにか音が聞こえませんか?」

 言われてみれば微かに笛の音色が聞こえる。
 馬超が頷くと、は足早にその音が聞こえる方へ向かった。勝手に行くなと馬超も後に続く。
 近くなる笛の音に、馬超は心臓が警鐘のように鳴り響くのを感じた。


 開けた場所に出る。
 そこには人々が囲むようにして、中心にある『何か』を見つめていた。どっと歓声が上がる。
 馬超は既視感を覚えた。
 円の中心には、煌びやかな装束を纏った女たちが舞をまっていた。
 笛の音色に合わせて舞うさまは、あの頃のを思い出した。



 思わず、目の前にいるに声を掛ける。
 こちらに背中を向けているため、の表情は窺えない。
 ただ、これを見てが何も感じないことはないだろうと、確信めいたものが馬超にはあった。

!」

 の腕を掴み、こちらを振り向かせる。
 振り返ったの横顔は、恐ろしいほどに血の気をなくしていた。
 思わず言葉を失う馬超をよそに、ぐらりとの身体が崩れかける。
 すんでのところで受け止めた馬超は、を抱き上げるとその場を後にするのであった。


 はそれから一刻後に目覚めた。
 屋敷の寝台に横たわっていたことに驚いたが、勢いよく上体を起こす。
 思ったより重い身体には眉を顰めた。

「いきなり起きるからだ」

 寝台のすぐ傍に座していた馬超は、呆れたように肩を竦める。

「わたし、なんで……」
「お前が街中で倒れたから、連れて帰っただけだ」

 そうですかと、は消えそうな声で呟く。
 その手は強く掛布を握っていた。
 馬超は考える。

「お前、何か見付けたのか」

 その言葉に、はぴくりと身体を揺らした。
 どうやら当たりらしいと確信する。

「わたし、は……」

 の震える両手が、顔を覆う。

「わたし、こわかったんです」

 あの舞を見たときに、を襲ったのは深い罪悪感だった。
 その答えに、馬超は驚きに打たれる。
 懐かしさや既視感ではなく、が抱くのは罪悪感だと言う。
 なぜなのだと、馬超が瞠目する。

「あの舞を見たときに、わたし、見てはいけないものを見てしまったと思いました。こわい。すごくこわい。押し潰されそうだった。わたしは天女なのに。ずっとずっと忘れていたことを思い出しそうで、そうしたら、わたしはわたしでなくなってしまうような、それが、どうしてもこわくて」

 顔を覆う指の隙間から、涙が溢れ落ちていく。
 だがそれを見て、馬超は不思議と安堵した。
 それは、見慣れた光景だったからだ。

「知ったところで、お前は何も変わらない」

 馬超の声が、部屋に響く。

「何に罪悪感を抱いているのか知らぬが、お前は舞のことになると昔からいつもそう言っていた。ずっとお前は、こわいのだと言っていた」

 舞うことで天女になるのかこわいのだと、は叫んでいた。
 今は天女であることを受け入れているが、言っていることは何ら変わっていない。

「昔のことなんて、覚えてません!」

 が顔を覆っていた両手を離す。
 赤く染めた頬に、涙が伝い落ちる。

「わたしは天女です。生前のことなんて覚えてない。昔なんて知らない。わたしはただ探しものをしに、ここにいるだけなんです! わたしじゃない人のことなんて、話さないで!」
「それでもお前は欲しているのだろう」

 馬超はを甘やかすつもりはない。
 それは昔から変えるつもりなどない。

「お前は自分に足りない何かを探しに、ここに来たのだ。それはきっと、お前の心に引っ掛かるものなのだろう。ならば目の前に立ちはだかるものから目を反らすな。それとも何だ、お前はそのままでいいというのか」
「そんなこと!」

 ならば、逃げるな。

「昔も、今も、関係ない。目を反らすな。自分を満たしたいのだろう」

 嗚咽混じりに、こくりとが頷く。

「その感情ごと、自分を受け入れろ。その気持ちごとお前自身なのだから」

 分かったなと馬超が聞くと、は少し躊躇ってから、小さく首を縦に振った。口元を震えさせて惑うその姿に、馬超は目を離せないでいた。
 は『記憶を取り戻すこと』に戸惑っていた。その事が馬超にとって衝撃的であった。

 それ以上、その事について話すことはなく日々は過ぎて行った。
 馬超はただ、が話したいときに話せばいいと思っていた。それだけだった。

- continue -

2015-10-06