公演中のMCで披露する、自己紹介用キャッチフレーズを考えておきなさいというメールが寺尾から送られてきて、早速俺は『三度の飯より男が大好きな19歳』と書いて送信した。
 すると今度はメールではなく電話が鳴り、メッチャ怒られた挙句に却下された。マジメに考えなさいよと言われたが、俺は本気だった。これでも表現を限界まで柔らかくしたのに。
『アンタの性癖を今更とやかく言う気はないけど、他の研究生やお客さんには上手く隠してよね! アイドルやってる間はゲイばれ禁止! ばれたらソッコーでクビにするわよ!』
「ちょっ、それは……」
 そんなことになったら俺の生活費がやばい。今は公演に出ると貰える金で、何とかギリギリ暮らしているのに。
『あとね、男の客に色目使うのも禁止! いいわね?』
 まさに男の客に色目を使う気満々だったので、見透かされたような言葉にダメージを受けた。


***


 専用の劇場で行われている俺達研究生の公演を見に来る客は、約9割が女性だ。出ているのが全員男だからそれは当然で、しかも人気のある研究生にはすでに熱心なファンがついている。
 中でも特にすごいのが伊織で、あいつが出る公演には観覧希望の客が殺到し、とんでもない応募倍率になるらしい。 公演の最中、伊織がセンターに立つと客席からの歓声がひときわ大きくなる。いけ好かない奴だが、そういう部分は認めるしかないようだ。
 毎回公演が終わった後は、劇場の出入り口に研究生全員が1列に並んで立つ。公演を観終わって帰る客をハイタッチしながら見送るためだ。
 スタッフに誘導された客はベルトコンベアに乗った荷物のように流れていき、立ち止まって研究生と会話をする余裕はない。許されているのは数秒にも満たない触れ合いだけ。 それでも大好評のファンサービスでもあり、時間が短いなどと文句を言う客はいない。
 水無瀬くん頑張って、と女性客のひとりが俺とハイタッチしながら声をかけてきた。 俺は別に女の子は嫌いじゃない。性的に興奮したり恋愛感情を持つなら、相手は男に限るというだけだ。隣の研究生へ移動する前に礼を言うと喜んでくれたようだった。
 訪れる客の約9割は女性だが、残りの1割といえば俺にとってのお楽しみである男の客だ。 好みのタイプが来ているとテンションが上がり、ハイタッチの時も仕事用の笑顔とは違う心からの悦びが浮かんできて、それを隠せない。
 この人が家帰った後で俺をオカズにしてたらどうしようやばい、なんて妄想をしてしまう。


***


 ゲイ男優をやっていた時はタチ役ばかりだった反動で、今はその逆にはまっている。幸いにもセフレの矢野がタチネコ両方いけるタイプなので、この前久し振りに会った時は初めて突っ込まれる方になった。
 ローションを使って指で尻穴を解されるだけで勃起して、もっと大きくて熱いものが欲しくてたまらなくなっていた。
 先走りで濡れた太いカリ部分を受け入れている間、初めての痛みでどうにかなりそうだった。そんな俺を見て矢野は笑った。
『お前、そんな顔もするんだな』
『……どんな』
『なあ、これからは俺がお前を抱くほうでいいだろう? ずっと』
 荒い息混じりの低い囁きも表情も、全て俺の知らない矢野だった。ぎらぎらとした獣のようで、これから本格的に犯されるのだと思うと、淫らな期待を抑えられなかった。
 矢野は俺の両足を左右の肩に乗せると、性器を奥深くまで沈めてくる。 ゆっくりと根元まで挿入した後、急に勢いをつけて何度も腰をぶつけてきた。襲ってくる快感に翻弄されるまま、俺は我を忘れて喘いだ。
 自分でも触ったことのない穴をもっと拡げて、そして精液をたっぷりと奥に注いでほしい。


***


「あのさあ、水無瀬ってここ来る前に何やってたの」
 ロッカールームに現れた伊織は俺を見て嫌な顔をするどころか、そばに来て話しかけてきた。何を企んでいるのか分からず、油断できない。
「肉体労働」
「ガテン系ってやつ? 工事現場?」
「つーか何だよ突然、俺に興味あんのか」
「ち、違うよ! さっきの取材で妙にカメラ慣れしてると思っただけだ、全然緊張してなかったし」
「ああ……俺は人一倍、度胸があるんだよ」
 そう言ってごまかしたが本当は違う。
 先ほど、公演の後で地元のテレビ局がこの劇場に取材に来ていた。インタビューのメインは伊織だったが、期待のルーキー枠で俺もマイクを向けられた。 今後の目標などの質問に答えた後は、ステージの上で他の研究生達と共に歌とダンスを披露した。
 少し前までは、全裸で男とのセックスを撮られる仕事をしていたのだ。椅子に座ってインタビューを受けたり、ステージ衣装で踊るのを撮影されたところで緊張ひとつ感じなかった。
「ま、大してイケメンでもないお前がモデルや俳優やってるわけないし、心臓が強いだけか」
 わざとらしくため息をつきながら、伊織はロッカーの扉を開いて着替え始めた。大してイケメンでもない云々については、伊織流の挨拶だと思って軽く聞き流すことにしている。


***


 劇場の帰りに事務所に行くと、広い部屋で寺尾がひとり机に向かっていた。もう遅い時間なので、他の職員はとっくに帰ったようだ。
「まあ、これをアタシに……!?」
 俺が手渡した袋の中身を広げながら、寺尾はよほど驚いたのか目を丸くしていた。
 そのガタイも余裕で包めそうな大判の黒いストール。公演に出て稼いだ金を少しずつ貯めてデパートで買ってきたのだ。 有名な芸能事務所で、それなりの地位にいる寺尾ならもっと高価で質の良いものを持っていそうだが、まだ肌寒いこの時期にはぴったりだと思って選んだ。
「でもアンタ大丈夫なの? 公演の給料だけじゃ生活だって楽じゃないのに」
「そんなに高級なものじゃないので。それに寺尾さんが声をかけてくれなかったら、俺は今頃どうなっていたか」
「もーう、アンタって子は! しょうがないわねえ、そこまで言うなら貰っておくわよ」
 寺尾は広げたストールを丁寧に畳み、再び袋に戻す。ささやかなものでも、気持ちは伝わったようだ。
「みいちゃん、夕飯は済ませたの?」
「いえ、まだ」
「じゃあこれからアタシと食べに行きましょ、美味しいお店があるのよ!」
 あと5分待ってちょうだい、と言って再びパソコンに向かい始めた寺尾は、実際は3分程度で仕事を終わらせて席を立った。


***


 カウンター席しかない小さなラーメン屋は、俺が今まで来たことのない寂しい場所にひっそりと建っていた。しかしこの時間でも客は多く、隠れた名店というやつなのだろう。
 味は醤油、塩、味噌の3種類しかなく、乗っている具はチャーシューとメンマと葱だけのシンプルなもの。どこか懐かしい味は、昔よく食べたラーメンを思い出させた。俺の故郷はラーメン店が多く、訪れた観光客が注目する名物のひとつでもある。
 どんぶりから上がる湯気で、ダテメガネのレンズが曇る。
「ご両親には、みいちゃんがゲイの男優をやっていたことは……」
「言ってません、芸能人になりたいと嘘をついて家を出てきたので」
 高校卒業後、俺は故郷の北海道から上京して、ワンルームのアパートを借りてそこで暮らし始めた。 本当の目的である、ゲイ男優になったことは両親には知らせないまま。
 女に興味がないことは感付かれていたようだが、俺自身の口からゲイである事実は明かしていない。それに自分が出ていたゲイビデオを見せる勇気もなかった。
 カメラの前で自慰をして下手くそなフェラをして、更に男の尻に性器を突っ込んだ俺の姿を見たら、両親は気を失ってしまうかもしれない。それどころか勘当ものだ。
 しかしゲイ男優の道を閉ざされ、今はアイドルをやっている。両親についた嘘が現実になりかけている。
「研究生になってから何週間か経つけど、どう? やっていけそう?」
「最初はとりあえずの生活費のためでしたが、周りともまあ、一応、上手くやれてますし面白くなってきました」
「伊織とも?」
「……」
「今のみいちゃんはまだ、どこにでもいるような普通の男の子よ。だけどこのアタシが惚れこんだんだから、いつか絶対に花開く時が来るわ。アタシを信じて!」
 隣に座っている寺尾がこちらを向いて、俺の手を強く握ってくる。この言葉を信じて進む覚悟は、すでに出来ていた。


***


 店を出た後、俺は奢ってもらったラーメンのお礼と挨拶をして寺尾と別れた。
 明日も公演がある、家に帰ったら風呂に入ってゆっくり休もう。そう思いながら歩いていると、離れた場所から車の急ブレーキの音が上がった。そして直後に、何かがぶつかったような音。嫌な予感がして、慌てて引き返す。
 歩道にできている人だかりをかきわけながら前に出た途端に、俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。
 別れたばかりの寺尾が車道の真ん中で倒れていて、少しも動かない。その手にしっかりと握られているのはいつものド派手なハンドバッグではなく、俺が贈った黒いストールだった。




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