吸盤部分を床に固定したディルドに、俺はゆっくりと腰を落としていく。
 だいぶ前に通販で買った赤黒く極太なそれは、実際に届いてから箱を開けた途端、その外見の生々しさに下半身が疼いたほどだった。 コンドームを被せて使っても、腸壁を擦る竿の血管部分をしっかり感じてたまらなく興奮する。
 スタジオでの自主練から帰宅して、疲れたはずなのに急にセックスがしたくなって早速矢野に電話したが、昨日から出張に行っているらしく会えなかった。 行き場を失った性欲を持て余した俺は、久し振りに尻穴での自慰をすることにした。矢野とのセックスで開発済みなので、今更何の抵抗もない。
 『まるで外国人に犯されているようなビッグサイズで、涎を垂らしながら何度も絶頂!』という使用者レビューに惹かれたあたり、前に奪われた外人との3P仕事によほど未練を持っていたようだ。
 気分を盛り上げるためのゲイビデオを再生するのも忘れて、俺は腰を夢中で振りながらディルドの圧迫感を楽しむ。気持ちいい部分に当たるように動いて、勃起した性器を何度か扱くとすぐに射精してしまった。もう少し楽しみたかったが、俺は早漏なので仕方が無い。
 イッた後は急に冷静になり、手の中の精液をティッシュで拭きとる。やっぱりディルドより、体温があって精液も出してくれる本物のほうがずっといい。
「矢野さん、早く帰ってこねえかな……」
 ディルドからコンドームを外しながら、俺はため息をついた。セックス以外の過剰な期待はしていないセフレでも、頼れる年上なのでちょっとした愚痴も受け止めてくれるから好きだ。


***


 退院したというメールが寺尾から送られてきたので、昼から事務所を訪れるといきなり熱い抱擁で迎えられた。近くで仕事をしている他の社員は、俺達の状況にはお構いなしだ。もう見慣れているのか。
「そういえばアイちゃん、今月末で辞めちゃうのよ」
「藍川さんが……ということは、いよいよデビューですか」
「ううん、色々あって実家のお店を継がなきゃいけなくなったみたい」
 寺尾が話題に挙げた藍川は研究生の中では最年長の23歳で、更に研究生達をまとめるキャプテンだ。
 決して威圧的ではなく話もしやすいので、皆に慕われている。しかもあの伊織まで藍川の言うことは素直に聞くというのが凄い。
 前に公演曲の中の1曲を俺がセンターを務めることになった時、他の研究生達と気まずいどころか険悪な状態になった。
 ド新人の後ろで踊るなんて冗談じゃない、とわざと俺に聞こえるように言ったり、レッスン中に先生が目を離した隙に体当たりされて転んだり、女々しい嫌がらせを数多く受けた。
 伊織はひとりで俺の前に現れ、面と向かって不満をぶつけてきた。生意気な奴だが、他に比べると堂々としていてかなりマシだった。
 連日続く嫌がらせにさすがの俺も気が重くなっていたら、ある日藍川が研究生全員を集めての話し合いの場を設けた。
『今の俺達に欠けているのは、コミュニケーションだと思う。そこで今日はレッスンの前に、研究生同士で意見交換をする時間を取りたい。先輩後輩関係なく、お互いに言いたいことをぶつけ合ってほしい』
 藍川が皆の前に立ってそう言うと最初は沈黙が流れたが、前列にいる誰かが急に手を上げた。
『はーい、せこい新人イジメをしてくるタマナシ野郎どもに、水無瀬くんが言いたいことがあるそうでーす』
 伊織が後列にいる俺のほうを振り返り、にやりと笑いながら言い放った。ざわめきが起きる中、俺に嫌がらせをしてきた数人からの鋭い視線が突き刺さる。
 心の準備もなく突然起きたこの状況に、俺は動揺していた。
『何黙ってんだよ、キャプテンも今日は無礼講だって言ってたじゃん。色々されてかなり頭に来てんだろ、全部ここで吐き出しちゃえば』
 無礼講の意味が今は違う気もするが、ここにいる全員が俺の言動に注目している。
 どういうつもりなのか伊織が勝手に言い出したとはいえ、いつまでも黙っているわけにはいかない。
『確かに俺は入って間もない新人で、1曲とはいえ公演曲のセンターに選ばれるなんて信じられない気持ちでした。先輩方が納得いかずに怒るのも無理はないと思います。これから認めてもらえるように頑張りま……』
『きれいごと並べてんじゃねーぞ、鏡の前にも出られない下手くその新人が!』
 俺の話を途中で遮る声を上げたのは、嫌がらせをしてきた奴らのひとりだった。
『いいよな、寺尾枠で入ってきたゴリ推し野郎は。何の苦労もなく美味しいポジションもらって、俺達を従えてステージに立てるんだからな! それにお前、男の客とのハイタッチの時やたらテンション上がってるホモ野郎だってネットに書かれてんぜ』
 あいつ言いすぎ、という小さな声がどこからか上がった。それと同時に俺の中で何かが切れ、落ち着いた話し合いをする気が失せた。
 本人の目の前に進み出ると、顔を近づけて睨む。
『男のファン大事にして何が悪い、それに鏡の前に行けねえのはお前も同じだろうが! ネチネチした嫌がらせしかできねえダッセエ野郎が!』
『ああ!? てめー今何つった!』
『それに人前に出る仕事してりゃ、ネットで悪口書かれんのは覚悟の上なんだよ! 人が叩かれてんの見て喜んでる暇があったら、ゴリ推しされるように努力しろっての!』
 とうとう言い争いだけでは収まらずに掴み合いの喧嘩になる直前、藍川に止められる。
 気が付くと、腹の底に溜まっていた鬱憤をかなり吐き出すことが出来た。
 最初、俺への嫌がらせの数々は全て伊織が先導しているのかと思ったが、全くの無関係だったとこの日に知った。
 先輩研究生の中で、猫を被っていた俺が本性を露わにして噛みついたのがきっかけだったのか、あれ以来俺への嫌がらせは減っていった。
 あの場を設けてくれた藍川には感謝している。伊織は……やり方が微妙すぎる。あれじゃまるで、タマナシ野郎云々まで俺が言ったみたいで誤解を受ける。
「月末までに次のキャプテンを決めないとね。キャリアならフジくんか、なおちゃんが長いけど大勢をまとめられる性格かと言えばそうでもないし」
 他にも研究生とスタッフの橋渡しをしたり、公演中にMCを仕切ったり、あとは研究生の悩み相談に乗ったりとキャプテンの仕事は山積みだ。自分のことばかり考えてはいられない。人選に慎重になるのは当たり前だ。
 寺尾は俺のほうを一瞬チラ見した後、
「あー、退院したばかりなのにまた仕事増えちゃったわ。みいちゃんも今日は夜公演でしょ」
「頑張ってきます」
 事務所が入っているビルから出たところで、伊織と遭遇した。なんかもう最近会いすぎだろうと思っていたら、どうやら伊織も寺尾からメールをもらっていたらしい。
 こいつはキャプテンとは別の意味で研究生代表みたいなものだし、今月末で辞める藍川の件で個別に呼ばれてもおかしくはない。
 そう納得して去ろうとしたが、急に呼び止められた。
「ちょっと、水無瀬に用があるんだけど」
「その前に事務所行かなくていいのかよ」
「終わるまで待っててくれるとは思えないからさ……」
 伊織は俺を再びビルの中へ連れ込み、外から死角になる壁際に追い詰めた。ただならぬ気配に身構える。
「この前みたいにさ、キスしてほしいんだ」
「えっ」
「別にお前のことが好きなわけじゃない! 演技の練習にどうしても必要なんだよ! 断ったら水無瀬に襲われたって言いふらすからな!」
 ゲイがばれたらクビになるので、それは都合が悪い。それにこの前のキスはかなり苛立っていたとはいえ、俺から強引にしたってのは事実だ。
 つまり責任を取れと言われているのか。男が好きな俺でも、嫌いな奴とキスしなきゃいけないのはさすがに辛いが、こうなったら引き受けるしかない。
 女みたいな顔をしていてもこいつは男だと自分に言い聞かせながら、軽く唇を重ねる。この前は逃げた伊織が、今度は俺の背中にしがみついてきた。
 密着すると自然にキスも深いものになり、伊織と貪り合うように舌を絡めた。




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