大してイケメンでもない水無瀬だけど、身体のラインはとても綺麗だ。
 劇場のロッカールームでTシャツを脱いでいた時に、初めて裸の上半身を見た。やりすぎない程度にしっかりと筋肉がついていて、どこも引き締まっている。後で分かったことだけど、研究生になる前はゲイ男優で裸を撮られる仕事をしていたせいか、体型の管理には気を遣っていたみたいだ。それが今のアイドル仕事にも生かされている。
 こっちも人の目に晒されることには変わりないし、観客の9割を占める女性客は僕達の外見の変化には目ざとく気付く。ちょっと髪を切ったり、体型が崩れたり、ピアスの穴が増えたりだとか、特に推している研究生については観察ぶりがすごい。「前髪切った?」とか、ハイタッチの短い時間でダイレクトな反応が返ってくる。
 客からお金を取って公演をやっている以上は、僕達もアイドルとして身なりのメンテナンスを怠ってはいけないのだ。
 話は逸れたけど、とにかく水無瀬は身体だけはいいって褒めてるんだよ。


***


「なあ伊織、お前っていつもどうやってんの」
「はあ〜? 何の話だよ」
 ひとりエッチ、と耳元で水無瀬に囁かれて僕は思わず身体を震わせた。決して気持ち悪いってわけじゃなくて、その囁き声が熱っぽくかすれていて、何だか感じてしまった。それを知られたくないから、僕は必死で水無瀬を睨みつける。
「……いっ、言うわけないだろ変態!」
「言えねえくらい、すげえ激しくしてんの? ドスケベ」
「違うっ!!」
 水無瀬の肩を押し返そうとしたけど、くすくす笑いながら逆に押し倒された。このワンルームの中で、いつも水無瀬が寝起きしているこのベッドに。ここで僕達は何度もセックスした。1度抱かれて以来、僕も負けていられないのでネットでゲイの体験談を読みまくって、男同士のセックスについて研究した。何をすれば相手が感じるのか、どうすればスムーズに最後までやれるのか、僕はまだ自分が15歳だということも忘れて、明らかに大人向けのブログやサイトに入り浸った。いけないことだとは自覚している。
 それでも何も分からないまま、経験豊富な水無瀬に任せっきりじゃ面白くない。セックスはふたりでするものなんだから。さすがに他の男と経験する気はなくて、知識だけはたくさん僕の頭に詰め込まれた。
 ベッドに両膝をついて、僕に跨っている水無瀬は着ていた長袖のTシャツを脱いだ。あの、引き締まったきれいな身体が僕の目の前に現れる。そして大してイケメンでもないくせに、たまに見せる表情がやけに色気があったりして、僕の気持ちが乱されてしまう。
 仕事に対して厳しい寺尾さんが、個人的な好みだけで素人をスカウトするわけがない。ゲイ男優というアイドルとはかけ離れた仕事をしていた水無瀬は、認めたくはないんだけど熱くて真っ直ぐな努力家で、2日の間に僕のポジションの振り付けを覚えて公演に出ろという、寺尾さんからの無茶振りにもしっかり応えた。それから僕を大嫌いだって言ったくせに、映画の役を降板させられた僕を探して追いかけてきた迷惑野郎……いや、とんでもないお人好し。話を聞いてくれて、一緒にいてくれて、それからキスをした。僕から、してしまった。
 研究生達の中で唯一、僕を厳しい言葉で批判したのが水無瀬だった。だからいつの間にか、色々な意味で水無瀬の存在が僕の中で大きくなっていた。いつどこにいても、気になって仕方がなかった。
 裸で抱き合うと、体温が伝わってきて心地良い。性欲とは違う、胸の奥から満たされていく気がする。
「こうしてるの、すごい好き」
「俺も……」
 軽く重ねた唇が離れた後で、僕はさっきのことを急に思い出して口を開く。
「僕の、ひとりでやってるところ、見たい?」
「さっきの話か、あれは冗談で……」
「水無瀬になら、見せてもいいよ。期待されてもそんなに激しくないけど」
 返事を待たずに僕は下半身に手を伸ばして、まだ勃っていない性器を握った。水無瀬と視線を合わせたまま扱くと、先走りが浮いてきた。少しずつ硬さも大きさも増して、僕の呼吸も荒くなる。こんな姿を見られて興奮している僕は、水無瀬を変態だと言う資格はないかもしれない。垂れてきた先走りを性器全体に広げるようにして、濡れた音を立てながら扱き続ける。
「んっ、はあ……あっ」
 声を抑えられずに、快感に忠実になる。水無瀬とのセックスを思い出しながら気持ちを盛り上げた。するとその本人は、僕に覆い被さりながら自慰をしていた。僕よりもずっと、水無瀬のほうが激しく手が動いている。
 いつもの癖で僕は、もう片方の手で乳首をいじった。小さいけどそれはすっかり硬く、敏感になっていた。快感が大きくなって短く喘ぐと、水無瀬は自慰を続けたまま僕がいじっていないほうの乳首を舌先で転がす。それだけじゃなくて、強く吸われてまた舐められた僕の中で、絶頂が急激に迫ってきた。
「それ、だめっ」
「こうしたほうが、気持ち良くなるんじゃねえのか」
「み……水無瀬より先には、イキたくない!」
 僕がそう叫ぶと顔を上げた水無瀬はにやりと笑って、敏感な乳首に軽く歯を立てた。そんなことされたら、もう……。
「ひ、あっ、いくっ……!」
 握った性器から飛び散った精液が、僕の腹を白く汚した。そして水無瀬も僕と同じところに向けて射精する。ふたり分の精液まみれになった僕は、ベッドに仰向けのまましばらく動けなかった。


***


 この玄関を出ると夢から覚める。見送りに来た水無瀬のそばで靴を履きながら、僕の胸にそんな想いが生まれた。公演やレッスンが終わった後は大体このアパートに来て、水無瀬と一緒に過ごす。家に帰ってもどうせひとりだし、遅くまで帰らなくても僕を心配したり叱ったりする人間はいない。
 ドアを開ける前にキスをして、軽く挨拶を交わして外に出た。春とはいえ夜風は冷たくて、あのベッドの上で感じた温もりが奪われていく。
 水無瀬は男優時代にセックスが下手だと言われたみたいだけど、僕はそうは思わない。確かにイクのはちょっと早くても、ガッカリするほど下手ではなかった。きっと水無瀬にそう言った奴が、大げさに悪意を込めただけだ。
 傷付けられて、妬まれて、そして過去を週刊誌に暴露されて苦しんだ。藍川キャプテンの卒業公演のラスト、あの状況でステージに出てくるのは辛かったはずだ。でも早い段階で本人の口から事実を認めたことは、良い結果に繋がったと思う。あの後寺尾さんが、水無瀬の今後の活動が上手く行くように色々な方面に根回しをしたという噂を聞いた。大人の事情が絡んでいるので、詳しいことは僕にも分からない。
 歌やダンスが優れているだけで、ずっとセンターでいられるとは限らない。今の僕の地位は、いつ揺らいでもおかしくない脆いものなのだ。
 明日もまた僕は公演のステージに立つ。自分の居場所を守るために。




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