事務所を出ると、偶然そこにいた伊織に問い詰められた。
 両親が失踪した件もあり、俺に更に負担をかけたくないと気遣ってくれたばかりなので、そうなっても不思議はない。納得できるように説明しろと言われて、俺はとりあえず伊織を近くの喫茶店に連れて行って全て話した。俺がキャプテンを引き受けた理由を。
 ……自分を必要としてくれる場所を見つけたからだ。
 もちろん寺尾が決めたからと言って、研究生全員が納得するとは思っていない。それに今でも、俺に大勢をまとめられる力があるかどうかの自信はないままだ。それでも俺のために真鍋達に単身で立ち向かい、解雇になってしまった藤村を思い出すたびに、今までと何も変わらずに過ごすわけにはいかないと強く感じる。
 それから、寺尾に頼まれたとはいえ1人で北海道に来て、俺の家族になると言ってくれた伊織がたまらなく愛しかった。住人のいなくなった実家と同じように空虚になっていた俺の心を、伊織がいっぱいに満たして温めてくれた。
 アイドルの世界と、伊織の存在が俺を絶望から救った。もう逃げることはできない。


***


 伊織の中で絶頂を迎えた後、引き抜いた性器はまだ硬さを保っていた。俺自身の精液にまみれながら勃起しているそれを見て、仰向けになっていた伊織が身体を起こす。
「まだ、できそう?」
「ああ……」
「じゃ、今度は後ろからちょうだい」
 目を細めて笑みを浮かべた伊織がベッドの上で四つん這いになり、俺に小さな尻を向ける。数分前までは俺の形に拡がっていた穴から、どろりとした精液が滴り落ちてきた。今なら解さなくてもそのまま入りそうだ。
 伊織の腰を掴んで再び挿入すると、ずぶりと予想通りに飲みこまれていき思わず呻いてしまう。俺が奥まで打ちつけるたびに、ぐちゅぐちゅといやらしい音が結合部から聞こえる。
「すごい、おっきい……もっと奥、突いて……」
「お前って本当に、セックス大好きだよな」
「水無瀬とのエッチしか知らないけど、そう言われてみれば好きなのかもね」
 いつか他の男ともするのかと胸の内で問いながら、俺は伊織の背中に覆い被さり更に激しく腰をぶつける。早漏だったはずの俺は、いつの間にか長く楽しめるようになっていた。それにこの前買ったばかりの厚めのコンドームの出番がなく、最初から何も着けずに伊織と繋がっている。ゲイ男優時代もしていなかった生挿入が、もはや当たり前になっていた。でも俺達はもう家族なんだから、いいんだよな。
 伊織は枕に頬を埋めて、尻だけ高く上げた格好になっている。
 気持ちが通じ合っているとはいえ、15歳の伊織を貪る20歳の俺は犯罪者になった気もするが、もう止められない。今まで気付かなかった独占欲の強さに、自分でも驚いている。
 しかも相手は俺より人気も実力もある、研究生のエースだ。普通なら、まだ下っ端の俺が捕まえてどうにかできる存在ではない。


***


 玄関で靴を履いた後の伊織とキスをする。別れ際なので、またその気にならないように軽く重ね合うだけだ。
「僕は、水無瀬が決めたことなら信じてついていくよ。キャプテン」
「まだ正式に決まったわけじゃねえけどな」
「もう決定だよ、他に誰がいるの? 僕にキャプテンやれとか言わないよね」
「いや、まさか」
 苦笑いする俺の胸元を、唇を尖らせた伊織が少しだけ強めに押した。いくら何でも伊織が皆をまとめるのは無理だろう。


***


 再び劇場公演が始まった日、夜公演の初めに新しいキャプテンの発表が行われた。ステージの上で伊織の口から告げられた俺の名前に、観客が一斉にどよめく。20人前後の研究生の中で、後輩が篠原1人だけしかいない俺がキャプテンになったのだ、驚かれても無理はない。
 俺が就任の挨拶を終えた後は予定通り公演が行われたが、翌日以降に俺の耳に届いたファンの反応は賛否両論で、真鍋の解雇は俺をキャプテンにするために運営スタッフが仕組んだ計画だという声まであった。
 決して穏やかとは言えない滑り出しは、強く決意を固めていたはずの俺の心を揺らした。


***


「伊織、前に出すぎだぞ」
 日曜日、昼公演に向けてのリハーサル中に勝手な動きをしている伊織に俺は早速注意をした。今までは真鍋がいたので黙っていたが、これからは俺が積極的に動かなくてはいけない。
 俺の言葉を受けて伊織はこちらを振り返ると、
「分かったよ、キャプテン。無意識だったんだ」
 機嫌を損ねる様子もなく、素直に受け入れた伊織に周りの研究生達がざわめいた。伊織が同じ研究生に従うのは、よほど珍しい光景だったらしい。確かに藍川が卒業してからの伊織は、真鍋が放置しているのをいいことにやりたい放題だった。ダンスの先生が注意してもその時だけ従って、本番では結局元に戻るのだ。
 それでも伊織を公演メンバーから外さないのは、寺尾も前に言っていたが他研究生とは比べ物にならない稼ぎ頭だから。しかも伊織が出る公演だけチケット代は1000円高くなるが、客席は確実に満員になる。
「水無瀬先輩、次の振り付けのことなんですが」
 以前とは態度が全く違う篠原が、俺の元に来て質問をしてくる。研究生の中で俺に敬語を使うのは篠原だけなので、どこかくすぐったい。相変わらず口調は素っ気ないが、俺への敵意はもう感じなかった。


***


 ある日レッスンスタジオに突然現れた音楽プロデューサーの夏本は、しばらく俺達のダンスレッスンを見学した後で、一区切りついたところで皆を集めて話を始めた。
「えー、レッスンお疲れ様です。いきなりですが僕から皆さんにひとつ、質問があります。いや、難しいことではないので安心してくださいね」
 夏本はのんきな調子でそう言いながらも、メガネの奥の目が一瞬ぎらりと光ったのを俺は見逃さなかった。
「君達は、アイドルを強くするものが何なのかを知っていますか?」
 極めてシンプルな質問だったが、きっとその答えは単純なものではないと薄々感じる。他の皆もそう思っているから、夏本の質問に即答できずに沈黙しているのだ。
 はいそこの端にいる子、と夏本が勝手に指名して答えを求める。当てられた研究生は目を泳がせた末に、
「ふ、ファンの応援だと思います」
「うん、分かりやすいですね。僕はもっと若い頃から色んなアイドルを見てきましたが、例えトップクラスの人気があっても、メンタルが弱くてすぐに泣いてしまう子もいましたよ。ファンと同じくらいいた、アンチの声に耐えられなくてね。だから、その答えは違います」
 ばっさり否定されて俯いてしまった研究生にもおかまいなしで、夏本は次に篠原を指名した。
「……揺るぎない自信、でしょうか」
「その自信は一体どこから来ると思いますか? 何の根拠もない自信は所詮中身のないハリボテ……ちょっと圧力が加われば一瞬で崩れてしまう脆いもの。飛び抜けた才能があっても、そこ以外を突かれると弱かったりしますからね。全てにおいて苦手分野のない人間なら話は別ですが」
 それから再び何人かが指名されたが、誰も正解にたどり着けない。そのたびに答えの幅も狭まってくるので、どうしようもなかった。
 俺の隣に座っている伊織は、ずっと真剣な顔で考え込んでいた。夏本に推されているのだから、すぐに答えを求められるかと思ったが、最後まで伊織が指名されることはなかった。
「そろそろ時間なので僕は行きますが、もし僕を納得させられる答えを準備できた人がいたら、いつでも来てください。待っていますよ」
 結局謎を残したまま、夏本はレッスンスタジオを出て行った。
 伊織ですら答えを出せなかった、アイドルを強くするものの正体を俺は知りたいと思う。しかし夏本のあの様子だと、無条件で正解を教えてくれそうにはない。


***


「水無瀬さん、キャプテン就任おめでとうございます」
 スポーツ用品店でレッスン用のジャージを選んでいる最中、後ろから突然肩を掴まれた。
 声の主に視線を向けると、そこには予想通りの人物が立っていた。いつ見ても表情の変化に乏しいアイドル界のトップ、アヤだ。
 一緒に帰る予定だった伊織は、用事があるらしく途中で別れた。今日スタジオに来た夏本からの質問の件で伊織に意見を聞きたかったが、別の機会になりそうだ。
 それはともかく、アヤは人との距離の取り方がおかしい気がするのは俺だけか。俺の肩を掴んだ時のとんでもない力強さは、元は男だったことを感じさせる。
「ああ……わざわざ、どうも」
「私の期待通りの展開になって、喜ばしい限りです」
 そう言いながらも無表情なので喜んでいるようには見えないが、本人がそう言っているのだから素直に受け取っておく。
 近くを通り過ぎていく、運動部らしき高校生達の視線を痛いほど感じながらも、俺はアヤに聞いてみたかったことを思い出した。
「あんたは、アイドルを強くするものは何だと思う?」
「はあ」
 俺は今日の出来事を簡単に説明した。自分では思いつかなかったとはいえ、これをアヤに聞くのは反則かもしれない。それでも気になって仕方がなかった。
「私自身の答えで良ければ」
「聞かせてくれ」
「覚悟です。夢のために全てを捨てて、前だけを見て進む覚悟。それが今の私を作り上げ、強くした」
 アヤだからこそ重みを感じる答えだった。俺があの場でずっと答えられずに沈黙した質問の答えを、何の迷いもなく口に出した。
 これが今の俺とアヤの、圧倒的な差。
「そちらのプロデューサーが考える正解とは違うと思いますが」
 手首の腕時計を見ると、アヤは店を出て行った。その背中を眺めながら動けない俺を残したままで。




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