『伊織くん、あなたの志望動機や意気込みは分かったわ。最後にアタシから質問ね。どうしても出なきゃいけない生放送の直前、伊織くんの大切な人が危篤状態になりました。すぐに病院に行く? それともそのまま生放送に出る?』
 『それはもちろん、仕事を優先します。僕の個人的な事情で、生放送に穴を開けるわけにはいきませんから』


***


 シンプルだからこそ目を引いた、飾り気のないシルバーの指輪。出掛けた先で水無瀬がトイレに行っている間、時間つぶしに立ち寄ったアクセサリーショップでそれを見つけた。
 どちらかといえば派手なのが好きな僕の趣味ではないけど、2500円ならそれほど高くないし、流行にも左右されないデザインだからずっと着けていられる。これなら、いいかも。
「お待たせ、なんかすげえ混んでて遅くなった」
 指輪を手に取ってじっと眺めていた僕のそばに、トイレから戻った水無瀬が立った。色々考えていたらあっという間に時間が過ぎて、待たされたって感覚はなかった。
「え、あっ、おかえり」
「その指輪、買うのか?」
 そう聞かれたけど、これは別に僕個人が欲しいと思っていたわけじゃない。普通に買うならその横にある、ごつくて凝った細工の指輪のほうがいい。
 わざわざその真逆のシンプルなやつを選んだのは、普段アクセサリーを全然着けない水無瀬でも、抵抗なく受け入れてくれるんじゃないかと思ったからだ。強いて言えばたまにかけている、黒ぶちのダテメガネくらいか。
 今日だって久し振りに2人揃ってオフだから街に出てきたのに、水無瀬が着てるのはレッスンの行き帰りみたいなスウェットのパーカーにジーンズだし。公演以外の仕事が増えて知名度も上がったのに、今でもその辺にいる学生みたいな雰囲気だ。寺尾さんはそこが気に入ってるみたいなんだけど。
「っていうか……僕だけ着けるんじゃ、意味ないし」
 指輪を見つめたまま僕が呟くと、数秒遅れて水無瀬が僕の耳元に顔を寄せてくる。それだけなのに、僕の頬が熱くなった。
「もしかして、俺と一緒に着けたいのか」
 口に出していなかった本音を、はっきりと言い当てられてしまった。恋人同士みたいなお揃いの指輪とか、水無瀬はどう思うだろうか。断られたらどうしようだなんて、僕らしくもなく臆病になっている。今、顔を上げて視線を合わせる勇気がない。
 まだ付き合い始めてそれほど長くないし、もうちょっと時間を置いた方が良かったかもしれない。お揃いの指輪よりも先にエッチなことしてるのも、今更だけどいいのかなって思ってしまった。
「何でもないよ、行こう」
 それまでの葛藤を全部振り切って、答えを濁した。僕達はアイドルなんだし、周りに勘ぐられるようなものは着けない方がいいんだ。自分に言い聞かせながら指輪を戻そうとすると、その手を水無瀬に遮られた。


***


 帰りに寄った水無瀬のアパートで、ベッドに腰掛けている僕の左手の薬指に指輪が通されていく。水無瀬がその手で、僕にはめてくれたのだ。そして今度は僕が、差し出された左手の薬指にお揃いの指輪を通した。
 あれから結局、ふたりでそれぞれサイズを合わせたお揃いの指輪を買った。予想外の展開で驚いたけど嬉しかった。身体だけじゃなく形のある証で繋がった僕達は、深いキスをする。いつもより時間をかけて何度も舌を吸われて、下半身が疼いてきた。
「ちょっと早く帰ってきちゃったね」
「まだ見たいところ、あったんじゃねえの」
「ううん、大丈夫……」
 指輪を買った後、早くふたりきりになりたかった。そんな僕の気持ちが水無瀬にも伝わったのか、まだ夕方にもなっていないのにアパートに帰ってきたのだ。最初の予定では夕飯も街で食べてくるはずだったけど。
 露骨に欲しがらないようにしていたのに、こうしてキスまでしてしまうともうダメだ。外ではずっと何でもない振りをして我慢しているし、むしろ水無瀬を僕の思い通りにしてやるつもりだった。思わせぶりに誘惑して、ぎりぎりまで焦らして遊びたい……なんて。
「指輪、まさかお揃いにしてくれるなんて思わなかった」
「あの時のお前見てたら、俺もその気になってきたんだよ。ネックレスとか指輪とか、そういうのずっと興味なかったんだけど」
 水無瀬の両手が僕のTシャツの中に入ってきて、乳首を軽く引っかいてきた。俯いて息を乱すと、今度は両方同時に摘まれて我慢できずに声が出た。そこへの愛撫をやめないまま、水無瀬は僕の耳や首筋に音を立てながら吸いついてくる。もどかしいけど気持ちいい。心の底から甘くとろけてくるような、こんなの初めてだ。
「っ、き……すきだ、よ」
「俺も……」
 力の入らなくなった僕の身体はベッドに押し倒されて、途端に濃厚になったセックスの気配に身を任せる。最初は気に入らなかった奴を好きになって、今はもう身体を中も外も支配されて悦んでいる。
 僕と軽く唇を重ねた後、水無瀬はベッドの近くにある棚の引き出しからコンドームを取り出して、枕のそばに置いた。それを見て決意を固めた僕は、水無瀬の腕をそっと掴んだ。
「それ、着けないとだめ? したくない……?」
「どうした、急に」
「今日だけでいいから、そのまま来てほしいんだ。僕の中に」
 ゲイ男優の頃から、水無瀬は誰が相手でも挿れる時はコンドームを着けていたらしい。そして仕事以外でセックスしたのは、前にセフレだった男ひとりだけ。誰でも彼でも無節操に手を付けて遊ぶタイプじゃなかった。
 僕に対して酷いプレイとか、嫌がることはしない。正直言うと、もう少し刺激があってもいいくらいだ。
「ナマで挿れてほしいってことか」
「いれて、ほしい」
「何も着けないでお前と繋がったら、すぐに俺イッちまうよ」
「それでもいいよ、だから……」
 胸の内で激しく鳴り止まない音に負けないように、僕は夢中で訴えた。ものすごく大胆で無茶なこと言ってるけど、指輪が僕を後押ししてくれている気がした。


***


 ローションで解された僕の中に、勃起した水無瀬のものがゆっくり入ってきた。太いカリの部分が来る瞬間の圧迫感に加えて、僕の粘膜を拡げて擦る生々しい熱さ。遮る薄い膜もなく直接繋がっていることに、たまらなく興奮する。
「早く、もっと奥に……」
「急がせるなよ、これでも今すげえやばいんだから……俺、まじで」
 水無瀬は必死で何かを堪えている顔で、じわじわと腰を進めてくる。たまに小さく呻いたり息が荒くなる様子で、かなり切羽詰まっていることが分かる。両腕を伸ばした僕に応えるように身体を倒した水無瀬の性器が、ずぶっと一気に奥まで入ってきた。
「う、ぐっ……」
「ふふ、全部入ったね」
 離れないように背中にしがみついて、今度は僕からキスをした。いっぱい突いて、と囁いたけど水無瀬はすぐにイッてしまうのが嫌みたいで、じれったくなるくらいのペースで腰を引いては、また沈めてくる。そんな調子じゃ朝になっちゃうよ。
 待ちきれない僕は強引に体勢を変えて、水無瀬の上に乗ると自分で腰を動かした。すごい気持ちいい。慌てて抵抗しようとする水無瀬に構わず、僕は腰の動きを止めずに硬くて熱い性器の感覚を味わう。
「んっ、はあ、すごい止まんない……イイよ、このまま中で出して」
「ああ、くそっ、このバカ!」
 目に少し涙を浮かべた水無瀬が下から睨みつけてきて、僕の腰をがっちり押さえると急に激しく突き上げてくる。待ち望んでいた刺激が嬉しくて、僕は下から揺さぶられながら自分の性器を扱く。
「いっ、くぅ……!」
 僕はぶるりと震えて、精液をシーツや水無瀬の下腹に飛び散らせた。そしてとうとうイッた水無瀬が注いできた熱い塊を、僕は全部搾り取るように奥で受け止めた。


***


「ねえ伊織、面接の時にアタシがアンタにした質問、覚えてる?」
 劇場のロビーにあるモニターには、夜公演に出ている水無瀬が映っている。それを眺めていた僕に、黒いストールを身に着けた寺尾さんが声をかけてきた。
「仕事か大切な人か、どっちを優先するのかってやつですよね? 当然、今でも答えは変わってませんよ」
「まあ、そうね。じゃあ同じ状況で、みいちゃんが危篤だったらアンタはどうするのかしら」
 どういうつもりなのか、寺尾さんはいきなり水無瀬の存在を出してきた。僕を見下ろしてくる目は一切笑っていない。僕は指輪をはめた左手を、もう片方の手で強く握り締めた。
 面接を受けた頃、僕の大切な人と言われてもいまいち想像できなかった。芸能人になったらプライベートより仕事を優先するのは当然だろうから、その考えのまま正直に答えただけだ。でも、今は……。
 そんな胸の内を見透かすような寺尾さんの視線に気付いて、僕は慌てて口を開いた。
「っ、それでも僕は……仕事を優先します」
「アンタ、今迷ったわね」
「迷うなんて有り得ない、何があっても僕は考えを曲げません」
 失礼します、と頭を下げて僕は劇場を出た。まだ公演は途中だったけど、ひとりになりたい気分だった。
 研究生オーディションの最終面接の頃から感じていた、寺尾さんから僕への謎の威圧。気に食わないと思われているなら、僕のために演技指導の先生をつけてくれたり、俳優の仕事を持ってきてくれるわけがない。それにあの人の立場なら、オーディションの段階で僕を落とすこともできたはずだ。
 単に僕は、寺尾さんの好みのタイプじゃないってところかな。水無瀬の気に入られ方が異常なだけで。




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