ちょっとした好奇心で前に普通のAVを持ってきた時、水無瀬は最後まで一緒に観てくれたものの明らかに退屈そうで、下半身は面白いくらい無反応だった。
 ゲイだって言ってるけど水無瀬だって男なんだから結局反応しちゃうんじゃないの? なんて思っていた僕が間違っていた。だからって別に謝らないけどね。
 今日は水無瀬が持っているゲイビデオの中から、最近買ったばかりだというやつを選んで再生する。まあまあイケメン風の若い男2人が、年上っぽい筋肉質の奴に同時にアナルを攻められて、荒い息を吐きながら喘いでいる。
 AVの時とは逆に、水無瀬は若い男2人のアナルがローションまみれになっている時点ですでに勃起していた。挿入も始まってないのに、ちょっと早くない? ゲイビデオより水無瀬の股間ばかりチェックしている僕もどうかと思うけど。
 切り替わった画面に出てきたのは、球状のものが縦に繋がったアナルビーズだった。根元に行くほど大きくなっていく球をどんどん中に埋め込まれていって、最後は全部入ってしまった。そして端についている輪をゆっくり引くと、まるで男のアナルから生み出されていくように、中に入っていた球が再び次々と姿を見せる。
「ここ、すげえ……たまんね」
 僕が隣にいるのを忘れているのか、水無瀬は遠慮なく自分の性器を外に出して扱き始めた。そういうのは1人の時にしてよ……と呆れたけど、引き抜かれたアナルビーズがもう片方の若い男にも埋められているのを見て、それまでは冷静だった僕もそわそわしてしまう。
「ねえ、水無瀬」
「……ん?」
「僕もあれ、使ってみたい」
 漏れた先走りで手を濡らしながら、水無瀬は驚いたのか目を丸くして僕のほうを見た。僕が指差した画面に映っているのは、もちろんアナルビーズだ。ローションだか何だかもはや分からないもので濡れて光っている。
「え、お前、本気か?」
「だってあれ、すごい気持ち良さそうだから。今度エッチの時に僕の中に入れて」
 想像したらしく、僕の囁きに水無瀬は顔を真っ赤にして俯いた。散々僕の横で扱いてたくせに、今更そこで恥じらうなよ。
 手の動きを止めた持ち主の代わりに、僕が勃ったままの水無瀬の性器に顔を近づけてフェラをする。亀頭部分だけを強く吸いながら唇で扱くと、頭の上から呻き声がした。
 僕はゲイってわけじゃないけど、水無瀬のなら抵抗なく舐めたりしゃぶったりできる。これが愛ってやつなのかな。
 水無瀬は手を伸ばして、イカせる気満々の僕の乳首のあたりを服の上から引っかいた。直接触れられていなくても、そこが弱い僕はフェラをしながら身体を震わせる。
「俺とのセックスだけじゃ不満?」
「そうじゃ、ないけど」
「刺激が欲しいのか」
 僕の服を捲り上げた水無瀬が、そう言いながら指先で乳首を強く摘まんだ。訪れた刺激がすごくて、僕は水無瀬の性器から唇を離してみっともなく声を出してしまう。
 めったに聞かない水無瀬のサドっぽい口調が、耳の奥にずっと残って忘れられない。酷いことをされたくなる。
 まだ深い関係じゃなかった頃、俳優志望なのにアイドルの仕事ばかり来ることに対して、軽い気持ちで愚痴った僕に水無瀬が厳しい言葉で批判した。ああいう一面もあるから、水無瀬は優しいだけの男じゃないんだ。そして火を点けるのはほとんど僕だ……ちょうど、今みたいに。
「っあ……み、なせっ」
「休んでんじゃねえ、さっきみたいにしゃぶれ。俺のほう見ながらやれよ」
 血管の浮いた水無瀬の性器を両手で支えて、僕は目線を上げながら亀頭に舌を這わせる。フェラをする僕を見下ろす水無瀬と目を合わせていると、恥ずかしさと興奮が混じっておかしくなりそうだ。
 やがて喉奥めがけて何度も吐き出された精液を、僕は1滴も逃さないように飲み干す。
 その間に僕の髪を撫でた水無瀬の手が優しくて、このまま脱がされて最後までしたいと思った。


***


「この間はどうも、先輩」
 無愛想な声がして振り向くと、篠原が冷めた目で僕を見ていた。アイドル雑誌のグラビア撮影が終わってから寄った夜のコンビニで、まさか会うとは思わなかった。
「熱心な指導のおかげで、あれから筋肉痛になりまして」
「何それ皮肉? しごいてやったのは確かだけどね。相手が水無瀬じゃ不満だったみたいだからさ」
 サンドイッチとミネラルウォーターを買って店を出ると、用は済ませたらしい篠原も後をついてきた。僕と同じ16歳とは思えない長身、大人っぽい雰囲気。全てが妙に腹が立つ。
「俺が頼んで組んだわけじゃない、それに男とのセックスを売り物にしていたゲス野郎なんか死んでも認めない」
「お前、いい加減にしないと……」
「あいつは藍川さんの卒業公演を汚した」
 完全に頭に来た僕を遮り、篠原は声を震わせながらそう言った。その表情から、水無瀬を心底憎んでいることが強烈に伝わってくる。そして更に予想外の名前が出てきて驚いた。
「俺は中学の頃から、藍川さんが出る公演の日は金が続く限り劇場に通っていた。ステージに立つあの人は他の誰よりも眩しかった」
 言われてみれば僕は、こいつに見覚えがあった。僕達の公演は女性客が9割を超える中で、男の客は目立つ上に常連が多い。前のキャプテンだった藍川さんが公演に出る時、客席にはやけにでかい男がいつもいた。それが篠原だった。
「藍川さんが家の事情で卒業すると知った俺は、最後の一瞬までその姿を目に焼き付けるつもりで最後の公演に行った。なのにあいつが突然ステージに現れて、どうでもいい身の上話を始めやがった」
 あれは週刊誌にゲイ男優の過去を暴露された水無瀬を助けたくて、藍川さんが寺尾さんに頭を下げてステージに立たせた。自分の卒業公演の時間を、後輩の未来のために割いたんだ。
 観客全員があの時の水無瀬を受け入れたとは思っていなかったけど、ここまで露骨に嫌悪を示されたのは初めてだ。
 でも、直前の藍川さんの話を聞いていれば、水無瀬が突然乱入したとは思わないはずだ。こいつが水無瀬を見る時にかかってるフィルター、悪意で真っ黒だろ。
「例えどんな過去があっても、どんなに性格の歪んだ奴でも、困っていたら放っておけないお人好し……藍川さんはそういう人だったよ。お前の大嫌いな水無瀬もね。僕から見れば、似てるんだよ2人は」
「あんな奴と藍川さんを一緒にするな!」
「お前もそのうち分かるよ、事実なんだから」
 藍川さんと水無瀬はどこか同じ匂いがする。最近はっきりと実感した。正直藍川さんの次にキャプテンになるのは、水無瀬だと思っていた。でも実際になったのはキャリアだけは長い、明らかにキャプテンには向いてないような奴でがっかりした。
 あいつは多分、長くは続かない。そう思っている研究生は僕だけじゃないはずだ。


***


 執事服を着た水無瀬が跪き、着物姿のアヤの手の甲にくちづけた。自分が仕えている女主人を敬い、そして口には出せない愛しさをにじませるような視線。画面の中で水無瀬は、完璧に執事を演じていた。
 最初は役作りが難しくて辛いと言っていたけど、仕上がってみればこの出来だ。
 俳優としては半人前以下の僕は何もアドバイスできなくて、アイドルと俳優の仕事を両立させている水無瀬を見守るしかなかった。
 この後原作通りに進めば、アヤが演じている佐和子は大切にしていた薔薇の温室に火を放ち、愛した執事の遺体と共に焼死する。タイトルの薔薇の棺とは、自らの死に場所に選んだ温室を指しているらしい。
 第1話を観終わって僕の中で生まれたのは、執事服の水無瀬に抱かれてみたいというマニアックな欲望だった。




7→

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