アイドル界のトップに君臨する女性7人組ユニット、シトラスは牢獄だと言われている。
 メンバー全員が寮で暮らしていて、外出する時は常に車での移動。仕事先での休憩時間もマネージャーがそばで監視している。恋愛禁止ルールがあるので、余計な男との接触を出来る限り断つためだ。
 そして数少ないオフの時に着る服のテイストも化粧も髪型も、全てメンバーごとに決められているらしい。
 ここまで行くとアイドルというより囚人のようだ。
「むしろ心地良いです、私にとっては」
 シトラスの他のメンバーとは交流がないので分からないが、少なくともそのセンターであるアヤは普通とはかなり感覚がずれている。しかしアヤはそれを当然であるかのように真顔で話すので、もしかすると俺のほうが異常なのではと思ってしまう。
 シトラスを抱える事務所の社長と、俺が所属アイドルとして世話になっている寺尾は昔からの知り合いらしい。その縁でこうして今も、アヤは寺尾プロダクションの事務所に来て、社員が出していったお茶を飲んでいる。
「私達アイドルはオンでもオフでも、徹底的にそれを演じ続けるべきだと思っています。1度でもいかがわしい写真などが公になってしまえば、応援してくださっている方々が悲しみ、不信感を持つでしょう。私は学生時代の同窓会にも行きませんし、アイドルになる前の友達の連絡先は携帯のアドレス帳から全部消しました」
 アイドルってのはそこまでしないとトップに立てないものなのか? それとも俺の考えが素人すぎるだけか?
 すでにゲイビデオ男優の過去が世間にバレている俺は、今更清らかな振りをしても手遅れだ。
 何かの雑誌で、「シトラスは全員がスキャンダル処女」という下世話な見出しの記事が載っていた。要するにあのグループのメンバーに悪い噂は一切なく、まだマスコミの餌食にはなっていないという意味だ。
 確かにあれだけ行動を徹底的に監視され続けていれば、どこかの男と個人的に繋がる暇もないだろう。特に1番人気のアヤは、俺が知る限りではかなり変わった性格をしていて、偏見だが誰かと恋愛をしているところが想像できない。だからこそ向こうの運営スタッフもファンも、安心してアヤを推せるのだと思う。
 女のアイドルは大変だ。ドラマや何かで男とのキスシーンがあるだけで騒がれて、ショックを受けて離れていくファンもいるらしい。特に清純系で売っているアイドルだとその傾向は更に強くなる。
 俺は女の子には全く興味がないので分からないが、やはりノーマルな男は自分が応援している女のアイドルには、身も心も清らかでいてほしいと思うものなのだろうか。


***


「そりゃそうでしょうよ、アイドルっていうのはファンに夢を見せるのが仕事なんだから」
 アヤが次の仕事のために事務所を出た後、入れ替わりに俺のそばに来た寺尾が疑問に答えてくれた。
「いや、でも実際は彼氏がいるとか、そういうこともあり得るじゃないですか」
「だからそういう生々しい現実は、アイドルを辞めるまで上手く隠し通すのがプロよ。本当は表も裏もまっさらなのが1番なんだけどね」
 そう考えると、極端にも感じたアヤの徹底ぶりは当然のことなんだろう。自分で望んだ仕事とはいえ、アイドルとしては致命的なゲイビデオ男優の過去を、あっさりと暴露された俺とは違う。
 こんな俺でも、ファンに夢を見せられる立派なアイドルになれるのか?
「突っ込みどころのない優等生グループのシトラスと、突っ込みどころだらけなみいちゃんが率いるうちの研究生達。アタシは面白いと思うわよ。歌やダンスで向こうとまともに戦えるのは伊織だけだし、こっちにしかできないアピールで勝負しなきゃ」
「もしかして、まだプロデビューもしていない俺達とシトラスを戦わせる気ですか?」
「あら、当然じゃないの。遠慮する必要なんかあるかしら? もちろんそれなりの手順は踏んでいくけど」
 寺尾はアイドル界のトップグループとまだ半人前の俺達を、同じ土俵に上げて戦わせるつもりらしい。立場が違いすぎて、伊織は比べることすらおかしいと笑っていたが、寺尾の考えは全く違う。とんでもない野心家だ。
「みいちゃんはアイドルのトップになりたいんでしょ、じゃあ今の立場を存分に利用しなさい」
「利用?」
「アヤも1人だけの力で、あの地位を手に入れたわけじゃないわ。足りない部分を補ってくれる仲間がいるから、上手く行ってるのよ」
 歌もダンスも完璧なアヤに足りないものといえば、愛想と表情の変化くらいじゃないのか。期間限定でシトラスに加入した頃から、アヤの本当の性別はファンもメンバーも知っているので、騙していることにはならない。
 少し変わり者だが、ファン想いで真面目な良いアイドルだ。アヤがいれば今後もシトラスは安泰だろう。
 俺に欠けているものは主にスキャンダルのない伊織や篠原が補っていて、正統派アイドルとして今の研究生人気を支えているのもこの2人だ。そしてキャプテンとしてまだ未熟な俺を励ましてくれる先輩達もいる。
 そう、俺は孤独なんかじゃない。


***


 公演後に行われた伊織の誕生日イベントは、俺が知っている限りで今までで1番の盛り上がりだった。
 当日の劇場前やロビーには、伊織がレギュラー出演しているテレビやラジオ番組のスタッフや、雑誌の編集部から贈られた大きな花輪がたくさん飾られていた。こういう場面でも、他の研究生と伊織の格の違い分かる。
 中でも目立つのが、ファンがお金を出し合って贈ったらしい巨大な花輪で、「IORI☆HAPPY BIRTHDAY☆16歳」と書かれた派手なプレートと共に、クマのぬいぐるみやハート型の風船までくっついている。
 そして劇場側が用意したサプライズはお馴染みのケーキと、俺が加入する前に研究生時代を経てプロデビューしていた有名な歌手がステージに登場して、伊織に花束を渡した。
 更にここで伊織本人から、ドラマ出演の件が観客にも正式に発表された。伊織だけではなくファンも待ち望んでいたのだろう。大きな拍手や歓声が起こり、それを見た伊織の目にも涙が浮かんだ。


***


「え、何これ? ネックレス?」
 誕生日イベントの後、俺はアパートに連れてきた伊織に長方形の小さな箱を手渡した。中に入っているのは細い鎖のネックレスだが、あえて飾りは何もついていないものを選んだ。
「俺はともかく、お前は学校もこれからドラマの撮影もあるし、あまり指輪着けられないだろ。それに通しておけば、首にもかけられると思って」
「水無瀬……」
「あっ、悪いな。あんまり高いもんじゃなくて」
 一応デパートで買ったので、決して安物ではないが高価でもない。指輪を通して使えそうなものを探して、ようやく見つけた。
「値段なんか関係ないよ、ありがとう」
 伊織はネックレスを握ったまま俺の首に両腕を回してきた。イベントの前には公演があり、タオルで身体を拭き取っただけの俺達はお互いに汗の匂いが残っている。
 それでもこれからシャワーを浴びる気持ちの余裕はなく、俺は欲望のままに伊織をベッドに押し倒した。


***


「ドラマで僕が片想いするクラスメート、間宮潤がやるみたいなんだよね」
「もしかしてこの前、映画で新人賞取ったっていう……あっ」
「いいよ別に、もう気にしてないし」
 あれから抱き合って更に汗をかいた後、俺と伊織は少し湿ったシーツの上で寝転びながら語る。
 間宮潤っていうのはここ数ヶ月でドラマやCMに出まくっている、人気の男優だ。それだけならまだしも、そいつは前に映画の仕事を降板させられた伊織の代役として抜擢され、それがきっかけで新人賞を取って有名になった。
 伊織にとってはある意味、因縁の相手というわけだ。
 俺もドラマで間宮の演技を見たが、確かに上手かった。有名な演出家から演技指導を受けているおかげで、ようやく棒読みから卒業できた段階の伊織とは比べ物にならない。
 久し振りの俳優仕事が因縁のある相手との共演、しかも伊織からの片想い。かなり酷だと思うが、夢のためには避けては通れない道だ。
「……伊織、負けんじゃねえぞ」
「どうしたの急に、真面目な顔しちゃってさ。僕は大丈夫だよ」
 笑いながら俺の肩にしがみついてくる伊織を眺めながら、俺は何故か胸騒ぎがした。研究生の中とは違い、自分が常に1番ではいられない演技の世界で伊織は、自分を抑えることが出来るのか。
 もし俺とのセンター争奪戦の時のような過ちを犯してしまったら、今度こそ伊織に俳優としての未来はない。




2→

back