クラスメートのひとりが僕の前髪を乱暴に掴むと、そこにハサミを近づけてきた。更に周りを囲んでいる数人の連中がその様子を見て愉快そうに笑いを浮かべている。
 昼休み、トイレから出た僕はクラスの男子達に強引にこの体育倉庫まで連行されてきた。久し振りに入ったけど相変わらずここは変な匂いがするから、あんまり長い時間は居たくないなあ。どうせくだらない用事だろうし、さっさと済ませてほしいよ。
「伊織お前、ちょっと売れてるからって態度でかくね?」
「大根演技のくせにまた懲りずにドラマに出るとか、どんだけ図々しいんだよ」
 ハサミ野郎を筆頭に、男子達が次々とお決まりの台詞を吐いてくる。僕はこの高校の芸能コースに通っているから、クラスメートは全員芸能人だ。とはいえこのコースに入る条件はどこかの事務所に所属していることだけで、推されでも干されでも関係ない。
 芸能コースって響きは華やかかもしれないけど、実はこういうどろどろとした嫉妬や嫌がらせがよくある。自分が売れてないからって人を妬むなんて、かっこ悪いよね。
「テレビどころか普通に外も歩けないような、面白い髪型にしてやるよ」
 僕が黙っているから調子に乗って、ハサミ野郎はとうとう僕の前髪を切り落とそうとする。寸前で止めているのは、僕の反応を見るため?
「あのさあー、僕は行きつけのヘアサロンでしかカットしたくないんだよね。ド素人が手を出すのやめてくんない?」
「お前のそういう生意気なところが気に食わねえんだよ!」
「そこまで言うなら切れば? その代わり、後は事務所同士の争いになるだろうけど。そうなったらお前のとこは絶対負けるよ。ここで事務所に迷惑かけたら、せっかく決まった音楽番組のレギュラーも降ろされちゃうかもね」
「うっ……」
 さっきまでやる気満々だったハサミ野郎が手を止めて、言葉を詰まらせる。一変した空気を感じ取ったのか、他の連中も笑みを消した。
 大事な商品の僕に何かあれば、社長の寺尾さんが確実に動く。歌やダンスだけじゃなく、ビジュアルでも売ってる僕が面白い髪型とやらにされて仕事ができなくなったら、とんでもない損害だからね。
 それに僕の髪型やカラーリングは、芸能活動に必要なものとして学校に申請しているんだから、売れない奴のくだらない嫉妬の犠牲になんかさせないよ。
 僕はクラスメートがそれぞれ所属している事務所はもちろん、誰が新番組のレギュラーになったのか、どの映画やドラマに出るのかをほぼ全て把握している。知識は多い方が得だからね、こういう時にも役に立つし。
「お前が消えたら、後輩の誰かが代わりに上がってくるよね。誰になるかな〜、楽しみだよ」
 くくっと僕が笑うと、ハサミ野郎とその仲間達は舌打ちしながら僕を残して体育倉庫を出て行った。結局髪は1本も切られなかったものの、貴重な昼休みが潰れたよ。水無瀬にメールしたかったのに。
 そう、今日は夕方から僕と水無瀬が初共演する番組の収録があるんだ。これまで1度もなかったのが不思議なくらいだけど、寺尾さんが時期を見て「解禁」したみたいだね。


***


 僕がレギュラーを務めているトーク番組の今週のテーマは『自分至上最高の口説き方』ってやつ。共演している他のアイドルやタレントがカメラに向かって口説き文句を披露する中で、最後に僕の番がまわってきた。
「ていうか伊織くんって女の子と付き合ったことあるの?」
「えー、ないですよ。仕事も忙しいですし、そういうのは全然」
「まーたまた冗談を……今日はそんな多忙な伊織くんのために、可愛い女の子を呼んできたから存分に口説いちゃって!」
「わあー、楽しみだなあ」
 すでに『可愛い女の子』の正体が分かっている僕が軽い調子で言うと、客席にいる大勢の女性客が不満そうな声を上げる。まあ気持ちは分かるけどね。
「それでは登場していただきましょう、ミナコちゃーん!」
 司会者が呼びかけると、端から出てきた人物を見た女性客は一瞬沈黙した後で大爆笑する。ミナコちゃんと呼ばれたのは、黒髪ロングのウィッグを被ってセーラー服を着た水無瀬だった。女装なのにノーメイクで、しかも体格がしっかりしているせいでセーラー服が全く似合っていない。
 本人は女装に乗り気じゃないみたいで、カメラにアップで映っているのにずっと顔がひきつっている。それが余計に笑いを誘う。同じ女装でも、望月貴也だった頃のアヤとはクオリティが天地ほどの差があった。
 撮影用のセットの中心に並べられた2つの椅子に僕と水無瀬がそれぞれ座って、いよいよお楽しみの時間が始まった。
「ミナコちゃん、今日も待たせてごめんね。仕事が長引いちゃってさ」
「だ、大丈夫……伊織、くんが忙しいのは分かってるから」
 僕に手を握られた水無瀬は、無理のある女言葉で打ち合わせ通りに答える。この様子を見守る女性客は、ミナコちゃんが男でしかも水無瀬だと分かるとさっきまでの不満ムードから一転して、笑いを堪えたり我慢できずに吹き出したりしていた。
 僕は番組内のコーナーとして人前で堂々と水無瀬といちゃつけるし、客席の雰囲気も悪くないし、いいことづくめだよ。
「ねえ、僕お腹すいちゃったよ。食べたいものある? 僕はねー、ミナコちゃんかな」
「はっ?」
「ミナコちゃんを食べたいな」
 間の抜けた声で聞き返してくる水無瀬に、そしてスタジオにいる全員に聞こえるようにはっきりと宣言すると、客席がとんでもない騒ぎになった。ブーイングとかじゃなく、歓声で。番組用のファンサービスを装いながらも、僕は当然本気で言ってるよ。
 僕が知る限りでは、応援しているアイドルグループのメンバー同士が仲良く絡んでいると、男女関係なくファンは嬉しいみたいなんだよね。
 女性客からは「伊織くん、ミナコちゃんにキスして!」というリクエストの声まで飛んでくる中、僕は客席から見えない角度で水無瀬にキスする振りをして、収録は終わった。


***


 ベッドの上で水無瀬の性器を深く受け入れながら、僕は襲ってきた快感に流されるまま喘いだ。
 収録の後、女装から解放された水無瀬の家に一緒に行くとすぐに押し倒されてエッチに突入した。僕はいつでも大歓迎だからいいけど、水無瀬はかなりストレスが溜まっていたみたいだった。いつもならシャワー浴びてきれいにした後で僕を抱くから、いきなりがっついてくるのって珍しい。
 最初、ゲストとして登場した水無瀬も僕と同じように口説き文句を披露するはずだった。でも直前になってスタッフが予定変更して、僕の相手役をすることになった。もちろんそんなの聞いてなかった水無瀬は、納得できないまま渋々とウィッグとセーラー服を身に着けて収録に参加した。
 まさか僕も水無瀬相手にテレビで口説く展開になるとは思わなかったよ。まあ、僕が女装して水無瀬に口説かれる立場でも良かったけど、元から女の子みたいな顔の僕が女装しても、はまりすぎて面白さはないだろうね。
「みなせ、まだ……怒ってる、の?」
「別に……あれも仕事だろ、仕方ねえよ」
「ここに皺寄せながら言ってもね」
 僕に挿入しながら覆い被さってきている水無瀬に眉間を指差して、僕は苦笑した。顔では嫌がっていたけど、素直にスタッフに従った水無瀬は偉いよ。芸能人の中には、ごねまくって気に入らない仕事をしたがらない厄介な奴もいるから。
「もし水無瀬が僕を口説くとしたら、どんな感じになるのかな」
「俺はそういうの、得意じゃねえんだ」
「だろうね、水無瀬のそういうとこ僕は好き」
 テレビで披露する予定だった水無瀬の口説き文句は、あらかじめスタッフが考えた無難なもの。番組のターゲットもスタジオの観客も若い女性だから、本物のゲイだと知られている水無瀬がそっちの層に向けて好きだの愛してるだの言っても、嘘っぽいものになってしまう。収録直前になって番組のプロデューサーが、そう判断したのが始まりだった。
 正直僕は少し嬉しかった。だって番組の脚本とはいえ、水無瀬が僕以外の誰かを口説くなんて面白くないからね。
 水無瀬の腰に両足を絡めてもっと奥まで誘うと、貪るようなキスをされて僕はその激しさに溺れた。




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