週刊文冬(ぶんとう) ○月×日号
「意識戻らぬキャプテンのため…鉄壁アイドル伊織の『肌見せ解禁』真相」

寺尾プロダクション所属のアイドル研究生・伊織(16)が、先日夜に専用劇場で行われた夜公演にて自身初のセミヌードを含んだ写真集出版について発表した。
14歳でのデビューから約3年、他研究生が胸元や腹部を惜しげもなく晒す男臭い衣装に身を包む中で、センター兼エースである伊織のみが腕以外の肌の露出を徹底的に避けてきた。その「鉄壁」ぶりは今回の発表で、事務所側の方針であったことが明らかになった。

『伊織のセミヌード写真集発売の知らせを聞いて、我々の頭に浮かんだのは先週の交通事故で今も昏睡状態にある研究生キャプテン・水無瀬(20)の存在です。水無瀬は加入前にゲイビデオの男優として活動しており、それが暴露された当時は多くの中傷や差別を受けました。 しかし彼の真面目で情に厚い性格は他研究生だけではなく、寺尾社長からも高く評価されています。
そんな中で起こった今回の不幸な事故と、それに続くように突然告知された伊織のセミヌード写真集の発売。両親は行方不明という噂のある水無瀬の入院費用を、この写真集の売り上げから出す可能性は非常に高いです。水無瀬には公私共に支えられてきた、伊織個人からの『恩返し』も兼ねていると考えて間違いありません』
(アイドル事情に詳しい某芸能ライター)

研究生のCDデビュー曲「Miracle」は、水無瀬の事故以来売上を急激に伸ばし、週間ランキングではトップ常連であるシトラスに及ばなかったものの、累計18万枚で2位となった。
バラエティ番組では「いじられキャラ」としても知名度を上げている水無瀬には1日でも早く復帰して、また新しい話題を提供してほしいところだ。

(以上、週刊文冬掲載記事より抜粋)


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 僕のセミヌード写真集のテーマは「週末の自宅デート」で、駅での待ち合わせから夕食の買い物、自宅での食事、そして2人きりでくつろいだ後はベッドに…というストーリーが、ページを開くごとに進む構成になっている。
 写真には写らない「彼女」からの目線や雰囲気を追求するため、カメラマンを始めスタイリスト、ヘアメイク、その他の撮影スタッフも全員が女性だった。特にカメラマンはこれまでたくさんのアイドル写真集を手掛けてきたベテランで、事務所の先輩方が出したCDのジャケット写真も担当している。
 最後のほうに入るセミヌードはベッドの上で撮影された……と言ってもエッチの真っ最中みたいな過激なものじゃなくて、淡い照明の中で腰回りをタオルケットとかで自然に隠した、僕と「彼女」の添い寝程度の写真だ。僕のアイドルとしてのイメージを損なわない、綺麗でロマンティックな仕上がりになっている。
 水無瀬にだけ全部見せて、大切にされてきたこの身体。アイドルの時とは違う大人っぽい僕を、早くみんなに見てほしいよ。


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 新人からベテランまで数多くのアイドルやタレントが参加するバラエティ番組収録の最中、休憩に入ってひとりで廊下を歩いていると突然誰かに腕を引っ張られて空き部屋に連れ込まれた。
 僕を床に放り出し、ドアの前に立ちふさがった5人の中には芸能コースの同級生の他に、知らない奴も混じっていた。
 そういえばこいつらも今日の収録に参加してたよな。前に僕の髪を切ろうとした連中が、今度は人数増やして嫌がらせに来たのか。あれだけ脅してやったのに懲りないよね。
「エロ写真集の撮影お疲れさん、伊織くん」
「とうとう脱がなきゃ売れなくなったのか? もしかして落ち目?」
 相変わらず短絡思考だな、付き合ってられないよ。
 返事するのもバカらしいから僕は黙ってさっさと部屋を出ようとしたけど、立ち上がる前に他の奴らに捕まって拘束されて動けなくなった。
「僕はお前らと遊んでる暇なんかないんだよ、離せ」
「まあ、同じ番組撮ってんだから暇がないのはこっちも同じさ。だからさっさと終わらせてやるよ」
 連中の1人がそう言って、ポケットに入っていた煙草の箱から1本を抜き出すと慣れた手つきで火を点けた。僕と同じ歳のくせに、こいつ煙草吸ってるのかよ。
「煙草吸いながら僕をリンチするの? 趣味悪いね」
「吸うのは俺じゃない、お前だよ伊織」
「は?」
 こいつ何言ってんだと思ったけど、火を点けた煙草のフィルター部分を僕の口に近づけてきた時に、言葉の意味をようやく理解した。
「お前の喫煙写真撮って、ネットにばらまいてやるよ。そうすればお前は終わりだ」
「未成年で飲酒喫煙がバレた芸能人達がどうなったか知ってるよな? どんなに人気あっても事務所からは解雇、引退とまではいかなくても確実に干される。お前マジで目障りだから、どん底まで落としてやるよ」
「誰からも相手にされなくなって、惨めな人生送っとけよ」
 自分の意思で吸って罰を受けるならまだしも、こんなふうに無理矢理させられるなんて冗談じゃない。もしそんなもの撮られたら、写真集発売どころじゃない。水無瀬を助けられなくなってしまう。
 実際は吸ってないんだから潔白が証明されても、疑わしい写真が存在するだけで永遠に僕の足枷になる。
「嫌だ!」
「もう撮る準備してんだから、早く済ませようぜ。伊織くん休憩中に一服〜って文章も添えてやるよ」
 別の奴がスマホのカメラレンズをこっちに向けてきて、僕は必死で歯を食いしばって吸わされないようにする。僕はここで終わるわけにはいかないんだよ!
 すると突然ドアが開いて、僕を拘束して喫煙写真を撮ろうとした連中がそちらに注目する。その隙を待っていたかのように、ドアの方向からカメラのシャッター音が上がった。
「いやー、最近のガキは怖いねえ。スキャンダル捏造写真で追い込むなんてね」
 現れた若い男がサングラスを取った途端、僕を押さえていた連中が驚きの声を上げる。
 正直、僕もびっくりしていた。まさかここで会うとは思ってなかったから。
 男はここにいる三流の連中なんかとは知名度も実力も違う、まさに今が旬の俳優だった。
「間宮潤……!? あんた映画の撮影でアメリカに行ったはずじゃ」
「ああ? 予定より早く終わったからこっちに帰ってきたんだよ。それよりお前らがそいつ襲ってるところ、ばっちり写したからな。これから俺がどうするか、分かってんだろ?」
「そ、それは伊織が煙草吸おうとしてんのを俺達が止めようとして……」
「まだそんな苦しい言い訳すんのか? 無駄だからやめとけって。さっき俺が撮った写真使えば、お前らが惨めな人生送ることになるぜ」
 連中は間宮の言葉に動揺したのか、火を点けたままの煙草を持ったまま慌てて部屋を出て行った。それを他の出演者やスタッフが見たらどうなるだろうね。なんて思いながらも、僕は床に座り込んだまま動けなかった。
 逃げる連中の後ろ姿を見送った後、デジカメを持った間宮は僕と目が合うと苦笑する。
「伊織お前、相当恨まれてんのな。まあその性格じゃ無理ねえか」
「……どうしてここに」
「さっきお前の姿見かけたからアイサツしてやろうと思ったら、急に拉致られてたから追いかけてきたんだよ。それよりそろそろスタジオ戻らなくていいのか?」
 壁の時計を見て僕は焦った。いつの間にか撮影再開まで3分を切っていた。急いで戻らないと間に合わない。
「あ、その、助けてくれて……」
「次に共演した時は絶対に負けねえからな」
 因縁のある相手だけどお礼を言おうとしたら間宮に遮られて、早く行けとばかりに軽く背中を押された。
 休憩明けにスタジオに戻ったら、僕を陥れようとしていた5人がまだ決められた席に戻っていなかった。5人の事務所関係者とスタッフがスタジオの隅で何か揉めてたけど、僕は何も知らない振りをした。


***


 次の日の夕方、水無瀬の様子を見に病院へ行くと待合席のところに矢野さんが座っていた。
 肩を落としてため息をついていたのが気になって、僕は声をかけてみた。かなり久し振りだけど、矢野さんは僕をちゃんと覚えていた。水無瀬が好きだった人。そして今でも男として尊敬している人。
「矢野さん、もしかして水無瀬に会いに?」
「ああ……でも駄目だった。関係者以外は会えないらしい。せめて顔だけでも見たいと思ったんだが」
 ニュースを見て水無瀬の事故を知ったらしい。無意識なのか前は眉根を寄せて怖い雰囲気を漂わせていた矢野さんが、今は目を伏せて俯いている。多くは語らないけど、本当は水無瀬のことを心配してるんだ。
 水無瀬に会えなかった矢野さんは帰るつもりなのか、椅子から立ち上がった。
「あのっ、僕と一緒に行けば大丈夫ですよ」
 僕は背の高い矢野さんを見上げて、勢いでそう言った。水無瀬は一般の病室とは違う階にいる。矢野さんが言った通り、そこに行けるのは寺尾さんと、特別に許可が下りている僕だけだ。本当はそうなんだけど、分かってるけど……矢野さんが来れば、水無瀬の意識が戻るんじゃないかって。どんなに小さな可能性にも縋りたい。
 再び現れた矢野さんを見て何か言おうとした受付の人は、今度は僕もいるから黙って通してくれた。
 大きなガラス窓越しに、呼吸器をつけて眠っている水無瀬の姿を見た矢野さんは青ざめていた。
「事故から2週間近く経つんですけど、ずっとこのままで」
 矢野さんの隣で僕は声を震わせた。僕が働き続ければ入院費用は何の問題もないけど、僕は寂しくて悲しくて崩れそうだった。早く声が聞きたい。僕の名前を呼んでその手で抱き締めてほしい。つらいよ。
 僕はうずくまって、涙を堪える。どんなに大人ぶっても僕は所詮まだ16の子供なんだ。全てをさらけ出して甘えられる相手は、僕にとって水無瀬だけだった。同級生達に陥れられそうになった件も重なって、いつの間にか僕の心は脆くなっていた。
 うずくまる僕の肩に、大きくてごつい手がそっと置かれた。顔を上げると、身体を屈めた矢野さんが僕を見つめている。
「お前がいる限り、あいつは戻ってくる」
「やのさん……」
「水無瀬を頼む」
 矢野さんの低い声と手の感覚に、今だけは全て委ねながら涙を流す。僕が落ち着くまで、矢野さんはずっとそばにいてくれた。外見は怖そうな人だけど、一緒にいると何故か安心する。
 別れ際の矢野さんから、大きな紙袋を受け取った。高級な果物を扱う有名なお店の、包装されたフルーツゼリーの箱が入っている。水無瀬へのお見舞いとして持ってきたらしい。
 実は心のどこかで僕は、矢野さんに対抗意識があった。もし僕と水無瀬が別れたら、あの人は簡単に水無瀬を連れていってしまいそうで。水無瀬の理想そのものな矢野さんが本気を出したら、僕は多分勝てない。




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