「わあ、アナルビーズだ!」
 外からは中身の正体が分かりにくいケースに入ったそれを俺が取り出した時、伊織は目を輝かせた。まるでクリスマスに、サンタクロースからプレゼントをもらった子供のように。
 まさかこんなに喜ばれるとは思わなかった俺は少し驚いた。本当は先に指輪を買ってやりたかったが一緒に店に行ける時間が取れず、その代わり前から伊織が興味を示していた玩具を通販で注文していたのだ。
 棒状に繋がった玉は先端にいくほど小さくなっていて、1番大きい玉の下には大きな輪が付いている。これがあれば引っ張りやすい上に、何かの拍子で尻穴の奥へ完全に入ってしまうのを防げる。ゲイビデオの頃ですらバイブやローターぐらいしか使ったことがない俺は、こうして直接見るのは初めてだ。
 自宅のベッドの上、仰向けの伊織の尻穴をローションで解して後は挿入するだけの状態だったが、今入れるのは俺の勃起した性器ではない。
 伊織は早く新しい玩具を試してみたいのか、そわそわしながら俺が持っているアナルビーズを熱く見つめている。
「ねえ、焦らさないで早く入れてよ」
「焦らしてねえよ」
 この変態、と心の中で付け加えながら俺はアナルビーズの先端を、ローションで濡れた伊織の尻穴に埋め込む。ひとつひとつの玉の感覚をじっくり味あわせていくと、玉が大きくなるにつれて伊織の喘ぎが激しくなり、根元の1番大きな玉が入った途端に、今まで聞いたことのない淫らな声を上げた。先端の玉が、俺の性器では届かないような奥のほうまで刺激しているらしい。
「どうだ?」
「ん、きもちいいっ……ねえ、動かしてみて」
 言われるままにアナルビーズを小刻みに前後させると伊織の身体がびくっと跳ねて、腰が揺れた。
「あ、あっ……玉が、僕のなかで、ごりごりして……すごいよ」
「お前のも勃ってるぞ」
「しごくの、だめっ……やだ」
 アナルビーズの動きを止めないまま俺は、勃起した伊織の性器をもう片方の手で扱く。とろとろと先走りがこぼれ、嫌だと言いながらも抵抗しない伊織が強く感じているのが分かる。
 伊織のこんな姿、ファンが見たら大変なことになるよな。俺だけしか知らないからいいけど。
「もっと気持ち良くなりたいか?」
「なりたい……もっと」
 うわごとのようにほんやりと呟く伊織に、俺はアナルビーズを抜ける直前まで引くと、今度は一気に奥まで差し込んだ。望み通りの強い刺激に我を忘れて乱れる伊織を見て、俺は熱い息を吐いた。玩具を根元まで飲み込んだ伊織の尻穴は、アナルビーズを動かすたびに玉の大きさに合わせて拡がる。
「みな、せ……ぼく、もういっちゃう、よ」
「俺のは? いらねえの?」
「ほしいよ、もっと太くてかたいの、っ!」
 尿道から精液を噴き上げ、伊織はアナルビーズを尻穴に飲み込んだまま絶頂した。ぐったりした伊織にキスをして舌を軽く吸った後、引き抜いたアナルビーズの形に開いた伊織の尻穴に俺の性器をあてがう。そして亀頭が入ったところで結合部にローションを垂らすと、伊織の両膝を押し上げながら勃起したものを沈めていく。
「ふ、あっ、おっきいよ……好き」
「さっきのオモチャよりも?」
「うん……」
 とろけるような表情で俺を見つめる伊織に根本まで挿入すると、またキスをしながら何度も腰をぶつけて伊織の中を犯す。俺をぎゅうぎゅうと締め付けてくるのが本当にたまらない。
 伊織の肌は色白で、しっとりしている。感じやすいらしい乳首は淡い桃色だ。そういえば劇場公演やテレビ番組での伊織は、いつも肌の露出が低い衣装を着ている。首から上と腕以外は頑なに隠しているのは事務所の方針なのか、それとも伊織が見られたくないだけか。
 今更だが、俺の好みのタイプと伊織は全くの正反対だ。口数が少なく落ち着いていて、体格の良い大人の男が俺の理想だった。そのはずが今では、うるさくて傲慢で、俺より背の低い女みたいな顔の伊織をこんなに愛しく思っている。
 歌もダンスも「研究生」のレベルを遥かに超えていて、アイドルとしては圧倒的な人気と知名度を誇る。その反面、自分を抑えられずに失敗することもあるので、危なっかしくて放っておけない。
 自信満々に振る舞う伊織のそんな部分を知ってしまった俺は、お人好しなのかもしれないがこいつを支えてやりたいと思った。それが全ての始まりだった。たまに言い争いもするが、身体を寄せて甘えられるともう振り払えない。
「ねえ、僕ずっと思ってたんだけど、水無瀬ってそんなにエッチ下手じゃないよね? 男優クビになったのってそれが原因だって言ってたけど」
「男優の頃はものすごく下手だった。道具使ってようやく相手をイカせてたくらいだよ。でも矢野さんに教えてもらったから、だいぶマシになった」
「そっか、矢野さんか」
 伊織とセックスしながら矢野の名前を出した俺に、伊織は嫌な顔はせずに素直に納得したような様子だった。セフレだった頃に色々教えてもらったのは事実なので、隠しようがなかった。
「俺はもうあの人とセックスしてねえけど、男として誰よりも尊敬してる」
 矢野への恋愛感情には区切りがついている。それでも俺の中で、恋愛やセックスの対象とは違う特別な位置に存在していることには変わりない。
「水無瀬にとっての矢野さんは特別だって、ちゃんと理解してるよ。でも浮気は許さない」
「ああ、分かってる」
 伊織は真顔で俺の首に両腕を絡めて引き寄せると、その顔立ちに似合わない噛みつくようなキスをしてきた。


***


 俺達研究生のデビューCDはジャケット写真の違うタイプAとタイプBの2種類がある。それぞれ共通のタイトル曲とカップリング曲の他にも、タイプAにはガールズフェスタで披露した篠原がセンターを務めた曲が、そしてタイプBには以前の劇場公演で伊織がカバーして歌った昔のアイドルの未発表曲が収録されている。この2曲はファンからずっとCD化が望まれていたもので、今回ようやく実現することになった。
 そして昨日発売された俺達のCDの初日売り上げランキングが、もうすぐネット上で発表される。スマホからも確認できるので、俺は情報が更新される夜7時をタクシーでの移動中に待っていた。
 何枚売れるのか、俺自身も予想が付かなかった。発売1週間前からミューパラの他にもいくつかの歌番組に出て、バラエティ番組や雑誌でも新曲のアピールをしてきた。伊織が単独でDJを務めているラジオでは、CDのタイトル曲とカップリング曲をショート版ではあるが両方流してくれていた。
 研究生全員、できることは全てやった。後は結果を待つだけだ。
 そして夜7時になり、俺は握り締めていたスマホでランキングサイトを開いた。デイリーCDシングルランキング、と書かれたページを震える指で辿る。

『2位 Miracle/寺尾プロダクション研究生 113、056枚』

 伊織や篠原の人気の後押しもあってか、予想より順位と売上枚数が高くて安心した。初日で11万3千枚なら、来週発表される週間のほうでは15万近くいける可能性もある。
 他の研究生達は2位という順位を知ってどう感じただろうか。プライドの高い伊織は自分達が他の誰かに負けたことに不満を持つかもしれないが、この日の実際の1位はあまりにも圧倒的すぎた。CDデビューしたばかりの俺達が敵う相手ではない。
 初日だけで47万枚を売り上げてダントツのトップに輝いたのは、俺達と同日発売になったシトラスの新曲だった。事務所が仕組んだらしい、ユキノのスキャンダル報道の影響を全く感じさせない。
 スマホの画面に映し出されたその結果は、数字という明らかな形で俺達とシトラスの格差を表していた。
 来週までにもっと頑張って少しでも差を縮められたらと考えていると、前の座席にいるタクシーの運転手が悲鳴を上げながら急にハンドルを切った。驚いて顔を上げた俺は一体どうしたのかとたずねる間もなく、このタクシーを激しい衝撃が襲った。窓ガラスが割れる音、車内で大きく傾いた俺の身体。
 意識が真っ暗になる直前、ここにはいない伊織の姿が頭に浮かんだ。俺の腕にしがみついて幸せそうに笑っている。


 これから何があっても、俺達はずっと家族だよ。伊織。




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