正月明けの新春公演では、幕開けの挨拶で研究生全員が黒い紋付袴を着て登場した。
「皆さん、明けましておめでとうございます! 今年も俺達研究生、全力で頑張りますのでよろしくお願いします!」
 俺の挨拶に続いて全員が頭を下げると、客席から大きな歓声と拍手が起こる。
 今年の春で、俺は研究生になって1年が経つ。去年はキャプテンになる前も後も、色々な出来事があった。19歳から20歳の俺は、今までの人生で1番濃い時期だったと言ってもいい。
 挨拶の後ですぐに最初の曲に入った。慣れない袴姿では踊りにくかったがそれは他の皆も同じようで、その不自由な感じも含めて今年初めてのステージを全力で楽しんだ。


***


「俺達が学生の頃のアイドルといえば、やっぱり松木聖奈(まつきせいな)ちゃんでしょ」
「あー、だよな! 80年代のトップアイドルと言えば聖奈ちゃんだよ。あ、でも加藤静子も良かったなあ」
 カツヤスSHOW!の収録で数ヶ月振りに再会したカツアンドヤスの2人が、そんな会話をしながら頷いていた。
 収録の合間にパイプ椅子に座って休憩していた2人に、俺は昔のアイドルについての話を色々と聞いた。40代半ばの2人が青春時代に出会ったアイドルの話はとても興味深く、学ぶべきことがあった。
 真っ先に話に出てきた松木聖奈は、デビューから30年以上経った今でもCMやコンサートでの定期的な露出があり、その歌唱力や数々の恋愛遍歴で幅広い世代に名前が知られている元アイドルだ。当時の若い女性の間では松木聖奈の髪型を真似た「聖奈ちゃんカット」が大流行していた。
 そして次に名前が挙がった加藤静子は、俺達研究生の楽曲を手掛けている夏本タダシが若い頃にプロデュースしていた、素人の女子高生や女子大生を集めた大人数アイドルグループの一員として、80年代後半にデビューした。聖奈ちゃんカットの次に流行ったのが「静子ヘア」と呼ばれる、加藤静子の前髪の巻き方を真似した髪型だった。大物俳優と結婚してからはめったにテレビに出なくなったが、作詞作曲の才能を生かして若い歌手に楽曲を提供するなどして今でも音楽活動を続けている。
 松木聖奈と加藤静子に共通しているのは、実力があれば年齢を重ねても変わらずに芸能界で活躍できるということだ。
「俺達の学生時代のアイドルは、神聖で手の届かない雲の上の存在だったよ。応援の言葉を届けられる方法は、ちゃんと読んでくれるか分からないファンレターだけでね。でも最近はブログとかツイッターっていうのがあるじゃない? それでファンとアイドルの距離が何かおかしくなってる感じがするんだよね。妙に近くなってるっていうか」
「それにさ、今って昔みたいに若い子が髪型や服の雰囲気を真似するようなアイドルっていないよね。時代の流れってやつなんだろうけど」
 今ならシトラスのアヤが女性からも支持されているが、アヤの髪型や外見を真似るファンは見かけない。
 アヤの場合は元が男だということもあるかもしれないが、芸能人の影響を受けた化粧や髪型をする時代ではなくなっているのだろうか。


***


 まだ公演が始まっていない午前中に劇場の客席で最前列に座った俺は、誰もいないステージをスマホで撮った。シャッター音の後で上手く撮れているかを確認して、保存する。
「それ撮って何に使うの?」
 いつの間にか俺の背後に来ていた伊織が、心底疑問といった感じで問いかけてきた。
「ん、いや、俺のブログに載せようかと思って」
「公演中でもないステージの写真なんて、誰も喜ばないよ?」
 言われてみればそうかもしれないが、文章だけ載せるよりはずっと良いかと思ったのだ。
 ある程度名前が売れてきた研究生は、個人名義のブログを持つことになっている。使うのはもちろん事務所が用意した公式アカウントで、自分で勝手に登録したプライベートなブログを作るのは禁止だ。
 前は伊織だけが個人のブログを持っていたが、最近では俺と篠原もアカウントを与えられた。篠原は性格的に自分から何かを発信するタイプではないと事務所側も分かっているようで、篠原のブログは記事内に淡々と並んだテレビや雑誌の出演情報の下に、篠原のオフショット写真を毎回1枚ずつ載せるだけの機械的なものになっている。しかもそれを更新しているのは本人ではなく、事務所の社員だ。それでも篠原の活動情報や写真を見たいファンが毎日多く訪れている。
 一方の俺は誰かが代わりに書いてくれるわけもなく、かと言って伊織のように忙しい中で毎日マメに書き込む気力もなく、まだ1件も投稿しないままだ。
 昨日、俺が自宅でシャワーを浴びている最中にも伊織はブログの記事を書いていた。
『テレビや公演だけじゃなくて、こういう情報発信もアイドルの大切な仕事なんだよ。そういえば水無瀬もアカウントもらってるのに、全然更新してないよね』
 伊織に痛いところを指摘された俺は、こうして記事のネタを探して劇場内をさまよっているうちに、ここにたどり着いたのだ。
「やっぱりさー、アイドルのブログといえば自撮り写真だよ!」
「地鶏……?」
 馴染みのない言葉に戸惑う俺のスマホを奪い取った伊織は勝手にカメラを起動させて、腕を伸ばして距離を調整しながらこちら側を撮影した。そうやって撮影されたのは、しっかりと「決めの表情」を作った伊織と素のままの顔をした俺のツーショット画像だった。
「じゃあこの写真、今日の水無瀬のブログに載せてね! 絶対だよ!」
 初投稿の日と載せる写真まで強引に決めた伊織は、次の仕事があると言って劇場を出て行った。


***


 例の写真を添えた最初の記事を投稿してからすぐに、ブログに表示されているカウンターがものすごい勢いで回り始めた。ブログを始めたことはまだ発表していないはずなのに、どこから人が来ているのだろう。
 そんな疑問は解析画面を見て解決した。数分で1000人に届きそうな閲覧者は、更新されたばかりの伊織のブログから流れてきていたのだ。
『【緊急告知】さっき、僕達研究生のキャプテン水無瀬のブログが正式に始まりました! 僕と水無瀬のツーショット写真も載ってるから、みんな見てね!』
 僕と水無瀬のツーショット写真、の文章の前後は小さなピンクのハートアイコンが表示されている。そんな記事の下に、俺のブログへのリンクが貼られていた。そして俺のほうの記事には、伊織との写真についてのコメントがたくさん書き込まれている。
『ブログ開設おめでとうございます! 伊織くんと写真撮れて羨ましいです!』
『早速エースとのツーショット載せて、自分の力を示すキャプテン超あざとい』
『これからもたくさん、いおりんの写真載せてくださいお願いします!』
 ほぼ全て伊織のブログから飛んできた閲覧者だから当然だが、ここまで伊織に偏ったコメントを書かれては次の投稿がしづらくなってしまう。希望通りに毎回伊織とのツーショットを載せるわけにもいかない。
 しかも写真の下に書いた「先輩芸能人から昔のアイドルについての話を聞いて、色々勉強になった」という内容の文章についてのコメントは見当たらなかった。1000人を超えた閲覧者は伊織との写真だけが目当てだったのだろう。俺と伊織の人気の差を考えればおかしくないが、どこかほろ苦いものを感じた。
 ため息をつきながらブログを閉じかけた時、また新たにコメントが届いた。今日はもう寝るつもりだったが気になって再びコメント欄を開くと、そこには他とは雰囲気の違う書き込みがあった。
『水無瀬くん初めまして、加入した頃からずっと応援している者です。公式サイトで水無瀬くんのブログが始まったという告知を見て飛んできました。確かに昔と今の芸能人では、求められているものが違う気がします。
ファンからの需要に応えることも悪くはないですが、聞こえてくる多くの声に惑わされずに水無瀬くんには自然体で頑張ってほしいです。これからも更新楽しみにしております』
 そのコメントを見てから公式サイトに行ってみると、いつの間にかそこからも俺のブログへのリンクが貼ってあった。
 書き込んでくれたのは俺より年上の人だろうか。何度も読み返しているうちに泣けてきた。




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