『せっかくセンターになれたのに、嬉しくねえのか』 俺が次の曲のセンターに選ばれた数日後の夜、仕事が終わったらしい矢野から電話が来た。 矢野とは前に、アイドルのトップになる約束を交わしている。なので今回のことは、目標へ大きく前進したことになるのだ。それなのに俺は、連日続くバッシングの嵐に参りかけていた。 多分、伊織がダブルセンターの片割れを務めていた前の2曲よりも売り上げは落ちるだろう。ネットを中心に、伊織ファンによるCD不買運動が行われているのだから。 「嬉しくないわけじゃねえけど、何で急に俺が選ばれたのかって……」 『お前のところの社長が、水無瀬が今回のセンターにふさわしいと思って決めたんだろ。期待されてるってことだ』 シンプルではっきりとした矢野の励ましに、俺は更に口から出そうになった弱音を飲み込んだ。 今日の公演でも伊織とは一言も会話をしていない。篠原や他の皆は俺のセンターについて快く受け入れてくれたようだが、今度こそ単独センターを目指していた伊織のプライドを傷つけた俺を許すつもりはないらしい。 『俺は嬉しいよ、お前がセンターの曲がCD屋に並んで、テレビで流れるんだろう。それだけの努力をしてきたんだ、誇りを持って堂々と振る舞えばいい』 「……そうだよな、ありがとう。矢野さん」 矢野の言葉に、俺は伊織から聞いた話を思い出した。申し訳ないという気持ちでセンターに立つのは皆に失礼だと。もしかすると伊織は新曲のセンターが決まった時に、素直に喜べなかった俺の態度も気に入らなかったのかもしれない。 タイトル曲選抜の8人が集められたレッスンスタジオで、とうとう俺がセンターを務める曲の歌詞と仮歌のCDが手渡された。 歌詞が印刷してある紙の上部に書かれている曲のタイトルに、俺は目を疑った。そして俺の斜め後ろに座っていた伊織が何の遠慮もなく吹き出し、他の研究生達も「マジかよ」「すげえな」と苦笑い気味に囁き合う。篠原は無言だ。 「はいはい静かに! というわけでこれからボイトレやダンスレッスンも始まるので、しっかり取り組むように!」 ダンスの先生が数回両手を叩く合図で立ち上がった俺達は、早速曲に合わせてのダンスレッスンに入った。数日の間俺とは一切口をきかなかった伊織が、にやにやしながら通りすがりに俺の肩を軽く叩く。 「良かったじゃん、水無瀬にぴったりのタイトルでさ。まあ今回は納得してセンター譲ってあげるよ」 歌詞の内容は、容姿に自信のない不器用な男がそれでも明るく前向きに生きて行くというものだ。そして色々な意味で皆を動揺させたタイトルは、『俺フェスティバル』だ。どこから突っ込めばいいのか分からない。 そして曲は『懐かしの80年代ディスコ調』で、振り付けは『年齢問わずに誰もが気軽に踊れる、親しみやすいもの』だという。 前の2曲とは雰囲気が全く違う。これがファンに受け入れられるかどうかは、センターに立つ俺の力にもかかっている。 「いつもは平凡 目立たない そんな俺が主役になれる 今夜だけは熱く 俺フェスティバル」 歌詞のサビ部分を何気なく呟きながら、俺は仕事帰りの道を歩く。歌詞の紙に書かれている歌割り(誰がどの部分を歌うかを示したもの)では、歌い出しとサビのメインは俺になっているが、あとは他のメンバー全員に平等に割り振られている。 歌詞を読めば読むほど、今回のセンターに俺が選ばれた理由が分かる気がした。確かにこの歌詞の内容だと、ルックスに華がありどこでも目立つ伊織や篠原がセンターになっても、聞き手の心にいまいち響かないだろう。 今までのようにダブルセンターを後ろから支えるポジションも、別に不満ではなかった。キャプテンである俺の大切な役目だと思うし、2列目中央なら位置的にそれほど悪くない。 それでもいつかアイドルのトップになるという目標は、常に俺の中にあった。CDの売り上げは落ちるかもしれないが、1人でも多くの人達にアイドルとしての俺を強くアピールできるチャンスだ。 歌やダンスのレッスンを重ねた俺達は、いよいよ週明けの劇場公演でタイトル曲とカップリング曲をそれぞれ観客に披露することになった。 カップリング曲のほうは、多くの研究生ファンが好みそうな王道のアイドルソングだ。特にそういう系統の曲が得意な伊織は、自分が歌うわけでもないのに勝手に振り付けを練習して完璧にマスターしていた。 個人的にやりたいダンスを覚えることも、伊織の「趣味」のひとつらしい。 「俺フェスの振り付けってセンターの水無瀬のレベルに合わせてるから、歯ごたえがないんだよね。僕、すぐに覚えちゃったよ」 「……俺のレベルに合ってるか? あれ」 ダンスレッスンと言っても今回はいきなり俺フェスティバルの振り付けを練習したわけではなく、まずは80年代に流行っていたディスコ曲に合わせて、ジゴロやスパンクと呼ばれる基本的なステップを学ぶことから始まった。 確かに大体の曲のテンポはゆったりめで激しく動くわけではないが、公演曲でも経験のなかった80年代の独特のディスコ・ステップに苦戦しっぱなしだった。俺は90年代生まれだから……という言い訳はもちろん通用しない。俺より年下の伊織が、何度かステップを踏んだだけで他の研究生にも教えられるレベルにまで達したからだ。 ダンスの先生や伊織にしごかれているうちに、天井で回るミラーボールの幻が見えるようになってしまった。 そして週明けの夜公演で、いよいよ選抜メンバー8人による俺フェスティバルを披露する時がやってきた。 最初は伊織ファンの存在が気になったが、今夜限定で黒い開襟シャツに白スーツを合わせ、更にアフロヘアーのウィッグを被って現れた俺を見て、観客席は大爆笑に包まれた。披露直前になって寺尾から急に、この格好で出ろと命じられたのだ。他の皆は予定通りに黒いスーツのステージ衣装なので、俺だけ明らかに浮いている。 しかしこの格好のおかげか、伊織ファンからの敵意が予想より薄まっている気がした。よほどインパクトがあったのだろう。 『この曲のセンターはみいちゃんだってこと、今まで文句言ってたお客さん達に分からせてやりなさい。ずっと研究生を支えてきたアンタならできる! いいわね?』 渡された衣装とウィッグを身に着けた俺に寺尾は、まるで喝を入れるように分厚い手のひらで背中を強めに叩いてきた。寺尾も今回のセンターに決まった俺に対するファンの反応を知っていたのか、初披露を前に励ましてくれたのかもしれない。最初は違和感のあったこの衣装も、いつもとは違う自分になれたようで楽しくなってきた。 そばで笑いをこらえている何人かのメンバーをよそに、俺はマイクを握り直す。 「えー、それでは今夜初披露となります。俺達研究生の新しいシングルに収録される『俺フェスティバル』、聴いてください」 俺が観客席に向けてそう言うと、全員がステージの上で歌い出しのフォーメーションに移動する。流れ出すイントロと共に、俺は初の単独センターに選ばれたこの曲で今までよりもっと高く跳ぶことを決意した。 |