劇場公演で初披露された新曲「俺フェスティバル」は、水無瀬のアフロ頭と白スーツの効果もあってか披露直後から話題になった。それまでは不満を持っていた研究生ファンの人達も、俺フェスの曲調や歌詞の内容で水無瀬のセンターにようやく納得したみたいだった。
 まあ正直、僕も水無瀬が単独センターに決まった時はショックだったよ。今度こそ僕がって思ってたのに。水無瀬のことは好きだけど、アイドルとしての勝負となったら話は別だからね。
 でも初めて歌詞とそのタイトルを見た時、僕じゃなくて水無瀬が単独で選ばれた理由がようやく分かったよ。いつもは平凡とか目立たないとか、僕には及ばなくてもアイドルらしく顔立ちの整った他の研究生達が歌っても説得力がないっていうか、インパクトに欠ける。
 僕がセンターでそんな歌詞の曲を歌ったら、嫌味にしか聞こえないだろうからね。僕のファンの人達もそう思ったんじゃないかな?
 だから今回だけは、水無瀬に譲ってあげることにしたんだ。僕も今年で17歳になるし、不動のエースとしての余裕も見せなきゃね。


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 俺フェス選抜の僕達8人が後日出演したミュージックパラダイスでは、水無瀬が被っていたアフロのウィッグを司会者が借りて被った途端にあまりにも似合いすぎて、スタジオ中が笑いに包まれた。
 アフロに白スーツは初披露のステージ限定の予定だったはずが、予想以上の反響の大きさでこうしてテレビで歌う時も水無瀬は同じ格好で歌うことになった。
 バラエティ番組で経験を積んできた水無瀬はトークも上達してきて、僕のフォロー無しでも司会者と渡り合えるようになっていた。そして自分だけじゃなくて、他の研究生に話を振ることも忘れない。こういう気遣いは劇場公演でのMCでも同じだ。
 特に今回初めてタイトル曲に参加する小林や西野は、水無瀬の橋渡しで司会者と言葉を交わして緊張していたけど、嬉しそうだった。
 お前はひとりでステージに立ってるわけじゃねえだろ、という水無瀬の言葉を思い出した。去年、新公演のセンターの座を賭けて僕と水無瀬が勝負した時も、1日置きに公演のセンターを務めた水無瀬は自分が真ん中で目立つことよりも、皆が気持ち良くステージで踊れるように気を配ることを優先させた。
 その結果センターに選ばれたのは僕のほうだったけど、キャプテンとして揺るぎない信頼と地位を築いた水無瀬のほうが、得たものは大きかったんじゃないかと思う。
 あれ以来研究生達が、水無瀬がゲイビデオに出ていたからって陰口を言ったり差別したりすることは一切なくなった。


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 好景気真っ只中の80年代後半、都内某所のディスコを騒がせた有名な男。
 アフロヘアーに白スーツ、そしてサングラスという派手な格好のそいつはとにかくノリが良くて、最初はただ見ているだけだった大勢の客を自分のペースに巻き込んで踊る。まさにその夜の主役は自分だと言わんばかりに。
 毎週金曜の夜に現れるのは分かっているけど、そいつの名前や素顔は誰も知らない。気が済むまで踊った後は、幻のように消えてしまうのだ。
 同じ学校の夜遊び仲間である僕達7人は、とにかくそいつの正体を突き止めてやろうと毎週追いかけているけど、まだ何の手掛かりすら掴めていない。そして今夜も結局、そいつのペースに乗せられて僕達は一緒に踊ってしまった。
 もう諦めたらどうですか、と7人の中の無愛想な後輩が僕を諭す。気が付くとアフロ男の正体にこだわっているのは僕だけになっていた。知らなくてもいい真実だってある。楽しめればそれでいいじゃないか。そんな空気が、僕以外の仲間の中に流れて広まっていた。そんなの納得できないよ、だってこの僕より存在感があって目立ってるんだよ!?
 僕は大音量のユーロビートが流れる店内で大勢の客をかきわけながら、今日もここから去ろうとしているアフロ男の後を追う。絶対に逃がさないよ!
 って、気合い満々で追いかけたけど、またしてもアフロ男を逃がしてしまった。店の外を見回しても、その姿はどこにもない。あれだけ目立つ格好なら遠くからでもすぐに見つけられるはずなのに。
 別にあの男は僕達に嫌がらせをしてくるわけじゃないし、やっぱり皆の言うとおり正体を暴くことはもう諦めたほうがいいってことなのか。
 身体の力が抜けそうになった僕の横を、店内から出てきた1人の男が通り過ぎていく。地味なスーツ姿にはミスマッチな大きなスポーツバッグを肩から下げた、どこにでもいそうな平凡な男。そんな雰囲気が、顔は見なくても後ろ姿だけでも感じる。
 なのにその広い背中を見ているうちに僕の胸を駆け巡っていった、有り得ない予感。ほんの一瞬だけ、僕が必死に追いかけ続けたあのアフロ男と、今僕の前を歩いてどこかへ向かおうとしている地味で平凡な男の姿が重なった。絶対そんなわけないのに、でも……。
 僕は名前も知らない男を何とか呼び止めようとして、遠ざかっていく背中に向かって手を伸ばした。
 ……これが昨日撮影を終えた、「俺フェスティバル」PVの内容だ。
 PVの中で全ては語られていないけど、あのアフロ男の正体はやっぱり水無瀬で、地味で平凡な男がいつもとは違う自分に姿を変えてディスコで一夜の主役になるってストーリーだよ。更にあのスポーツバッグには、変装用の衣装やウィッグが入ってるっていう設定。
 僕がこのPVで気に入っているのは、ウィッグやサングラスをしていない素の水無瀬の後ろ姿だけを見て、例のアフロ男じゃないかと僕が気付くところ。だって他の研究生、特に篠原にはそんな重要な役目は絶対渡したくないしさ。撮った監督はそこんとこ、ちゃんと分かってくれてるよね。


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 発売前の俺フェスが、某テレビ局が毎年夏に開催している大規模なイベントのテーマソングに決まった。あと、大手プロバイダのCMソングとしてもすでにテレビで毎日流れている。僕達研究生の曲に企業のタイアップがつくのはこれが初めてのことだ。
 新曲の俺フェスや水無瀬を中心に、とんでもなく大きな何かが動いていると僕は感じた。今までの曲に比べると明らかにプロモーションの規模が半端じゃないからだ。
 知名度トップの僕がダブルセンターの1人として参加しているのも大きいだろうけど、前までの2枚のシングルの売り上げは、アイドルの研究生としてはまあまあの結果だと思う。
 今のところ、僕と篠原がセンターを務めた1枚目「Miracle」が累計20万枚。ただこの曲が出た直後に水無瀬が事故に遭って、復帰を願う研究生ファンがたくさん買い足したとも言われているから、何事もなかったら15万枚にも届いていなかったかもしれない。もちろん何事もなかったほうがいいに決まってるけどね。もし水無瀬があのまま目覚めなかったらって思うと、今でも目の前が真っ暗になってしまう。
 そして僕と佐倉でダブルセンターだった2枚目「桜色」は、大体12万枚くらい。大切な弟的存在だった佐倉との思い出が詰まった特別な曲だから、僕個人としては売り上げがどうのこうのとはあまり言いたくないけどね。
 この曲は佐倉が3月末に卒業してからはテレビでも劇場でも披露していない。売り上げが下がったのは1枚目の曲に比べると聴いてもらえる期間が短かったから、だなんて言い訳はしたくないけど、実際その影響は大きいと思う。卒業シーズン色の強いこの曲を4月が始まってからも最新曲として歌い続けるのは苦しいから、俺フェスが来るまで歌番組で僕達が披露したのは「Miracle」のほうだった。
 結果、去年発売の曲にも関わらず「Miracle」は今も細々と売れ続けている。
 この現状を踏まえて、水無瀬が単独センターを務める3枚目のシングル「俺フェスティバル」が今月末に発売される。そこで気になるのは、あのシトラスも同日に新曲を発売するってことだよ。2年連続でディスク大賞を獲った、アイドル界のトップ。
 1枚目もシトラスと発売日が被って、予想はしてたものの枚数は圧倒的大差をつけられて負けてしまった。順位はシトラスに続く2位だったけど、初日の時点で売り上げは30万枚くらいの差があった。
 僕は去年、5大ドームツアーが決まったシトラスのセンター・アヤに追いつきたいという水無瀬を笑ってバカにしていた。当時の僕達研究生はまだCDデビューすらしていなくて、追いつくどころか同じ土俵にすら上がれないのに。
 まさか寺尾さんは水無瀬センターの俺フェスで、またシトラスと勝負するつもり? しかも今回は強力タイアップ付きの本気モード。それに比べると1枚目は、ただの様子見……?
 そう考えて唇を噛んだ僕の頭の中で、寺尾さんの高笑いが延々と響いていた。




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