40年近く刊行されてる有名な某女性向け週刊誌では、毎年この時期に発売される号で「セックス特集」が掲載される。
 主に若い女性をターゲットにした体験談やセックスについてのアンケート、避妊や性病対策などの内容が中心だが、何より毎年注目されているのが、セックス特集の巻頭グラビアや表紙を飾るのは誰か、だ。
 これに選ばれるということは決して悪い傾向ではなく、むしろ旬の有名人として認められたという一種のステータスでもある。毎年男女問わずにスポーツ選手や俳優、アイドルの中から1人が選ばれてベッドの上でのセックスを連想させるグラビアを撮る。
 そして今年の夏、この特集の表紙を飾ったのは舞台で伊織と共演して話題になった俳優・間宮潤だった。
 しかしネット上の噂では、俺達研究生の中から篠原が選ばれるのではないかと囁かれていた。まだ17歳なのにそれはないだろうと俺は思っていたが、他の先輩研究生からその噂について突っ込まれた時に篠原は真顔で「もしオファーが来たらやりたいです」と宣言していて、そばにいた俺も含めて皆が驚いた。篠原は潔癖で堅いイメージがあるので、こういう特集に対して良い顔はしないと思っていたからだ。これは単なる俺の偏見だった。
 昼より夜が似合う、陰のある雰囲気の美形。それに加えて背が高く、身体つきもしっかりしている。以前、うっかり触れた腕は想像以上に固かった。
 18歳になっている来年の夏あたりには篠原に、例の特集からのオファーが来る気がする。


***


「篠原に先を越されるなんて冗談じゃないよ」
「何の話だ?」
「さっきロッカールームで皆が騒いでただろ、セックス特集の話!」
 夜公演が終わった後、今日の仕事を全て終えた伊織が久し振りに俺の住むマンションに寄った。まあとにかくこの時間に俺と伊織が2人きりになればやることは決まっている。お互いに忙しくてなかなか触れ合えなかった分、かなり燃えてしまった。
 結局続けて2回もしてしまい、どちらのものか分からない汗が染み込んだシーツの上に横たわり、ぼんやりしている時に伊織が突然セックス特集の話をしてきたのだ。
「もしかしてお前もあの特集のグラビア、狙ってんのか」
「だってプロデビューしてる事務所の先輩達もあれに出てるんだよ! いずれ僕もって思うじゃないか!」
 唇を尖らせる伊織を眺めながら俺は、伊織にはあまり出てほしくないと思ってしまった。去年のセミヌード写真集は、女性のカメラマンやスタッフが手掛けただけあって生々しい雰囲気は感じなかったが、今年の間宮潤のグラビアは表紙からして股間がぎりぎり隠れているくらいのきわどい写真が使われていた。
 更にページをめくると、間宮潤が全裸でベッドにうつ伏せになっている。当然、尻は股間と違って惜しげもなく晒されていた。
 伊織も写真集で同じようなポーズを取っていたが、腰回りは前後共にタオルケットなどでしっかり隠れていた。
「ねえ、怖い顔してるよ」
 俺の顔をじっと見つめてくる伊織にそう言われて我に返った。
「水無瀬は反対なの? 僕にあの特集、出てほしくない?」
「ああ」
「仕事でも……?」
「もし出たとしたら俺は表紙も中身も見ねえからな」
 こちらの様子を窺うように控え目に問いかけてくる伊織に俺は固い声で言うと、伊織に背を向けて寝転んだ。
 誰かとの絡みがなくても伊織の裸の写真に、セックス特集では定番の『とろけるようなセックス』というような煽り文字が入っているのを想像しただけで、精神的にきつい。あのセミヌード写真集だけでも傷付いたファンの気持ちが分かる気がした。
 伊織の将来に繋がる大切な仕事なら邪魔はしたくない。もし伊織がセックス特集のグラビアに選ばれたら、俺が見なければ済む話だ。なのに俺は想像だけで、こんなにも苛立っている。


***


「水無瀬先輩はアフロ頭のイメージがつきすぎて、普段の髪型を忘れられてるんじゃないですか」
「いやいや! さすがにそんなことねえだろ!」
 夜公演のMCで篠原がとんでもないことを平然と言ってきたので、俺は少し焦りながら否定した。すると観客席からは笑い声に混じって「忘れてないよー!」というファンの声が聞こえてきた。
 篠原はそれも想定済みだったのか、「水無瀬先輩推しの方は優しいですね」とかすかに笑みを浮かべた。
 俺フェスでは明るいディスコ曲だからか、歌う時はめったに見せない篠原の柔らかい表情も話題になっている。前のシングル2曲が硬派、バラードと続いていたので、そこでの篠原は世間でのイメージ通りのクールなイケメン像を保ち続けていたのだ。それは「王道アイドル」と呼ばれる現エースの伊織とは正反対の魅力でもある。
 アイドルグループにおけるセンターとエースは、似たようなものだと思われがちだが実は全く違う。センターはあくまでその曲において真ん中の立ち位置で歌うメンバーのことで、エースはまさに俺達研究生の象徴。いるだけでその場の空気を支配する、絶対的な存在だ。
 熱心なファンと同じくらい強烈なアンチもつく立場なので、生半可な覚悟や精神ではやっていけない。グループの看板を背負うというのは、そういうことだ。
 いつか伊織が抜けた後、俺は前から考えている通り次期エースには篠原を推している。今の研究生の中で、伊織に最も近いエースとしての素質を持つメンバーは、篠原以外には考えられない。
 研究生のキャリアは俺達の中で1番短く、アイドルとしての野心を見せない篠原に、俺は重い荷物を背負わせようとしている。
 篠原は、俺の勝手な願いを受け入れてくれるのか?


***


 某テレビ局が毎年夏に野外で開催している大規模なイベント、俺達研究生はそのステージに連日立ち続けた。
 今は夏休み期間なので、イベントに来ているのも家族連れやカップル、友人同士……と、平日でも客層はそれなりに厚い。
 CDデビュー曲の「Miracle」などを何曲か歌った後で最後に俺フェスティバルに入ると、すでにテレビのCMでも流れている曲のせいか、それまではステージ前を通り過ぎていたお客さん達も足を止めてくれる。
 普段の劇場公演では見かけない、小さな子供まで俺の名前を叫んでくれるのがとても嬉しかった。一時期の俺はゲイビデオに出ていた過去の件で「子供の教育に悪影響」とまで言われていたのだ。しかもそんな俺が今回はセンターに立っているので保護者からの反応も気になっていたが、今の様子だと大丈夫そうで安心した。
 やがて全曲歌い終えてステージから降りると、俺は昼間の炎天下でも被り続けていたアフロヘアーのウィッグを取ってパイプ椅子に腰掛けて一息ついた。俺フェスを歌う数分の間だけとはいえ、長袖の白スーツまで着ているので結構つらい。
 頭の上から涼しい風が来たので顔を上げると、黒いスーツ(俺以外のメンバーは皆この色だ)の衣装を着たままの篠原がイベントロゴが描かれたうちわで俺を仰いでくれていた。
「お疲れ様です」
「ありがとな、篠原も疲れているのに」
「被り物がない分、水無瀬先輩よりは楽ですよ」
 篠原とそんな話をしていると伊織が面白くなさそうな顔で、水滴のついた冷たいペットボトルを俺の顔に強めに押し付けてきた。
「おい、何だよいきなり!」
「水無瀬のために、この僕がわざわざ持ってきてあげたんだよ!」
 刺々しく言い放ちながらも、ステージでは笑顔で踊っていた伊織もさすがに暑かったのか、髪や額が汗で濡れていた。
 お前ら元気だな、と俺達に向かって呟く他の研究生達は出番を終えて気が抜けたのか、スーツの上着を脱いでシャツのボタンを全開にしてぐったりしている。
 最近の俺は新曲の選抜メンバーとしての活動の他にも、単独でテレビや雑誌のインタビューを受けることも多くなった。俺フェス発売前だけの忙しさかもしれないが、アイドルとしての充実感を今まで以上に味わえている。
 その反面、新曲のセンターという立場は良いことばかりでもない。アイドルグループの曲の売り上げが悪かった場合、その曲の「顔」であるセンターが戦犯扱いされる風潮がある。特に2曲続けてダブルセンターの1人に選ばれていた伊織は、表には出さなくても相当のプレッシャーを感じていただろう。
 今月末の俺フェス発売日まであと2週間を切っている。そう思うたびに、不安も大きくなっていた。




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