「……『思わず目を引くほどの派手さはないが、夜空でひっそりと輝く月のようにミステリアス、そしてセクシー。抜群のルックスとスタイルの持ち主である彼は、日本でアイドルの卵として活躍中。数年後には更に色気を増した大人の男になっているはず』」
 俺には読めなかった英語で書かれた記事を口に出して翻訳しながら、伊織は怒りで肩を震わせていた。スマホを持つ手に異様に力が入っているのが、見た目でも分かる。
 数分前に伊織と一緒にタクシーに乗った後、スマホでメールをチェックしていた伊織が突然目を輝かせながら俺に画面を見せてきた。そこに表示されていたのは「世界が認める美男美女100人、41位に寺尾プロダクション研究生がランクイン」というニュースサイトの見出しだった。
 それはアメリカの某団体が毎年、世界中の俳優や歌手、モデルの中からまさに美男美女を選んで発表するという恒例の企画だ。
「41位ってのがちょっと微妙だけど、まあまだ僕も16歳だしね。世界に認められたなんて、僕まーた嫉妬されちゃうなあー怖い怖い」
 当然ランクインしているのは自分だと思い込んでいるらしい伊織は、勝手に大盛り上がりしながら見出しをタップして記事の内容に目を通した結果、注目の41位は伊織ではなく篠原だった。
 更に1位から100位までを解説付きで詳しく紹介している、英語版の記事には篠原の写真が数枚掲載されていて、どれもこれも文句のつけようがないベストショットだ。不意打ちで撮られても、不細工な瞬間が全くないとまで言われているだけある。
「あいつ、こんなところでも僕に恥をかかせやがって! 許せないね!」
 伊織はとにかく、研究生トップである自分の立場を脅かす相手には容赦ない。俺も加入直後に公演曲の中の1曲だけ突然センターを任された時、怒った伊織に辞退しろと迫られたことがある。
 今回の件も別に篠原が立候補したわけでもないのに、伊織は世界の美男美女100位以内に自分が選ばれなかった悔しさもあってか相当頭に来ているようだ。


***


「ねえ水無瀬、僕が卒業した後で後継者にするとしたら誰だと思う? 僕はねー、佐倉かな!」
 俺の住むマンションで久し振りにセックスをした後のベッドの中で、俺と向き合って横たわる伊織がそんなことを聞いてきた。もしかして卒業予定があるのかと思ったが、今のところそれはないらしい。それでもいつかは伊織も巣立っていくのだから、その時が来たら真剣に考えなくてはならない問題だ。
 しかし俺がどう答えたところで、やけに強調して挙げた名前を覆すことはないのだろう。
 伊織が弟のように可愛がっている研究生・佐倉は現在中学3年生で、見た目的にはよく「可愛い」と言われる伊織と同系統の雰囲気を持つ。伊織が公演に出られない時は代役としてセンターを務めている。以前は苦手だったダンスも、伊織からの厳しい指導や本人の努力もあって少しずつ克服している。
「いきなり聞かれてもあれだけど、キャプテンの立場として言うなら俺は篠原だと思う」
 篠原の名前を出した途端に嫌そうな顔をする伊織にも構わず、俺は更に続ける。
「いいか伊織、お前の後継者ってことはただのセンターじゃねえんだよ。それなりに人気と知名度があって、研究生の『顔』として色んなところで矢面に立たなきゃいけない存在なんだ。今の佐倉にそれが務まる思うのか?」
「何だよそれ、佐倉のことバカにしてんの?」
「バカにするとかじゃなくて、あいつにはまだ早いって言ってんだよ」
 去年出したCDのタイトル曲の立ち位置が発表された時のことは今でも忘れられない。伊織よりも先にセンターとして名前を呼ばれた篠原は、観客席の大半を埋めつくしていた伊織ファンからの強烈な敵意を向けられながらも平然とステージに立っていた。2列目の俺ですら圧倒されていたあの状況で。
 それからディスク大賞で最優秀新人賞を獲って、俺達の存在は更に世間に広まった。メディア露出の機会に比例してファンもアンチも増えてきた。そんな中で決してメンタルが強いとはいえない中学生の佐倉が、伊織の代わりに研究生の『顔』としてセンターに立ったとして、向けられてくる全てのものに本人が耐えられるとは思えない。
 言い方は悪いが自分に自信があって、神経の図太い伊織だからこそやって来られたのだ。性格に難はあっても、センター兼エースとしての適性は伊織がずば抜けているのは間違いない。
 その伊織に最も近い適性を持っているのが篠原だと思っている。何を言われても動じない、取り乱さない。大規模ファッションイベントのライブでは、主催側からの指名で3万人の前で完璧にセンターを務めた経験もある。
「もういいよ、僕もう寝るから! おやすみ!」
 意見が完全に割れて、完全に機嫌を損ねたらしい伊織が肩まで布団を被って俺に背を向けた。弟分を推したい伊織の気持ちも分からなくはないが、どうしても篠原を認めたくないという私情も混じっているのが見え見えだ。
 俺も同じように伊織に背を向けて目を閉じると、突然背後から尻を蹴られてベッドから落ちそうになった。
「おい、何だよ危ねえな!」
「水無瀬のバーカ!」
 思い通りにならなかっただけで、ここまでやるか? それとも俺も背を向けたのが気に入らなかったのか?


***


 昨年末に17歳になった篠原の誕生日イベントが行われる今日、劇場には祝いのフラワースタンドが続々と届いていた。贈り主の大半がモデル業界の人間で、中には前に俺達が出演した東京ガールズフェスタの実行委員会の名前もあった。
 そしてファンからのフラワースタンドは、真っ赤な薔薇だけで造られたシンプルかつ大きく迫力のあるものだった。薔薇に囲まれている「篠原遥也様 17歳のお誕生日おめでとうございます」というボードにもファンからの熱意が伝わってくる。
 様々な種類や色の花が混じり、ぬいぐるみや風船までくっついていた伊織の時とは真逆の雰囲気だ。
 イベント中に訪れたサプライズゲストは、篠原が外仕事で知り合った有名な男性モデルだった。本業の他にもテレビなどでタレントとしても活躍しているので知名度も高く、観客の反応も良かった。
 加入した当初は誰にも心を開かなかった篠原も、今では先輩研究生達と協力しながら上手くやっている。これで伊織とも仲良くできれば最高なのだが、伊織のほうが篠原に対してあんな調子では先はまだまだ長そうだ。


***


 まだ開演前でリハーサルも始まっていない劇場の中で、佐倉がひとりでステージを眺めていた。
 個人的に話があるというメールが佐倉から届いた翌日、俺は他の誰かに話を聞かれにくい場所としてここを待ち合わせ場所にした。中に入った俺を見つけた佐倉は笑顔になった。
「急に呼び出して、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。まずは座ろうぜ」
 ずっと立ったまま俺を待っていたらしい佐倉を観客用の席に座らせて、その横に俺も腰掛ける。それから少し経つと、笑顔だった佐倉は段々沈んだ表情になり最後は俯いてしまった。この様子だと、かなり深刻な何かを抱えているに違いない。
「……昨日、寺尾さんにも話したんですけど。ぼく、3月末でここを辞めて普通の高校生になります」
 この時期は中学3年、高校3年の研究生達が自分の将来を考えて活動辞退をする確率が上がるらしい。もしかすると年齢的に佐倉も、という予感が当たってしまった。
「カップリング曲でセンターにも選んでもらえたし、仕事が嫌になったわけじゃないんです。でもこの前両親と話し合って、高校生になったら学校の勉強を優先したほうがいいってことになって」
「それは佐倉も、自分でちゃんと納得して決めた話なのか?」
「正直言うと辞めたくないです、でも高校に入ったら勉強はもっと大変になるだろうし、研究生の活動と両立できるほどぼくは器用じゃないから……絶対、どっちかが中途半端になる」
 この話を聞きながら、色々と融通の利く芸能コースとはいえ仕事と勉強を両立させている伊織は、やはり普通とは違うのだと思った。
「伊織さんとは前は気まずかったけど、今は尊敬しています。ぼくのこと可愛がってくれて、一緒にご飯も食べに行きました。苦手だったダンスも教えてもらえて……」
「辞めること、いつ発表するんだ?」
「今週末の夜公演で、言います」
「じゃあそれまでに、伊織には先に伝えておいたほうがいい。あいつ本当に佐倉を弟みたいに思ってるから」
「……はい」
「俺も、寂しいよ」
 俺がそう言うと、隣に座っている佐倉は膝の上に置いていた両手を握りしめる。
 佐倉はいつの間にか、俺に対して敬語を使うようになっていた。6つ年下とはいえキャリアは俺より長いのだから、タメ口のままでも構わなかったのに。
 伊織は佐倉を、自分の後継者として育てようとしている。もし伊織が何も知らないまま発表の瞬間を迎えてしまったら、恐ろしいほど荒れる。絶対にそうなる。
 今の俺に出来るのは、週末の夜公演までに佐倉が活動辞退の件をちゃんと伊織に伝えられるように祈ることだけだ。




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