first 腰掛けているソファの上に置いていた手に、仗助の大きな手が重ねられた途端に露伴は驚いて顔を上げた。 すぐ隣に座っている仗助が、じっとこちらを見ている。何が言いたいのかは分からないが、真剣な表情で。 ただごとではない予感がして思わず警戒したが、仗助はお構いなしに露伴の手を今度は強く握ってくる。視線はまだこちらに向けたままだ。 「なあ、怒らねえの?」 「そうしてほしいなら、してやるぜ」 「それはちょっと……まあ、でももう慣れたけど」 手を握られたくらいで取り乱しては、余裕がないと思われてしまう。それは不愉快なので、あえて何でもない振りをする。自分はもう大人なのだから、4つ下の高校生に 触れられても所詮は子供のやることだと、軽く受け流さなくては。 「ふん、お前にどうこうされても僕は痛くもかゆくもないぞ。童貞のくせに」 露伴は最後の台詞を強調しながら、仗助に言った。本人に確認を取ったわけではないが、まだ16歳だ。女子生徒数人に囲まれながら下校しているのをよく見かけるものの、 少女漫画のような純愛に憧れ続けている仗助が、性の経験どころか誰かと付き合っていたようには思えなかった。 そんな思い込みなのか密かな希望なのか分からないものが、複雑に混じり合う。 童貞扱いされて怒って突っかかってくるだろうと思っていると、仗助は何度か瞬きをした後で急に気まずそうな顔をする。 「いや、ずっと言いそびれてたけどよ、実は俺もう」 「もう、って何だよ、どういう」 「だから俺、中学の時彼女いて……そん時に、しちまった」 「はあ!?」 余裕を見せるという決意も空しく、露伴はあまりにも衝撃的すぎる仗助の言葉に動揺を隠せなかった。聞きたくもなかったことを、本人の口から聞いてしまったからだ。 信じられない。まさか仗助がもう経験済みだとは。しかも露伴の知らない間に、どこの誰とも分からないような女と。一体誰だ。仗助の初めての相手、どんな女だ。 「でもそいつとはもう別れたから」 「うるさいな! 黙れくそったれが!」 「何で怒るんだよ!?」 わけが分からない、といった調子で仗助が言い返してくる。 見栄を張って嘘をついているかもしれないという考えが頭をよぎったが、事実を当たり前に語るようなあの様子からして、やはり経験済みというのは本当のようだ。 出会う前の仗助が誰と付き合って何をしていても、文句を言える立場ではないとは分かっている。 仗助が童貞というのは露伴の勝手な思い込みだったが、それでもあの発言を聞いた時の衝撃は大きく、心のどこかで裏切られたとすら思ってしまった。 「いや、でもほら、俺なんてまだガキだしよ……大人のあんたには経験じゃ敵わねえもんな」 苦笑いしながら言う仗助に、適当なことを言って調子を合わせれば良い。分かってはいるが、うまい言葉が何も口から出てこない。露伴は険しい顔で俯き、唇を噛んだ。 そんな様子の露伴に、仗助は少し驚いたように目を見開いた。 「もしかして、あんた……まだ」 「今までずっと、漫画のことばかり考えていた。だから恋愛なんかに溺れている時間はなかっただけだ」 「へえ……」 耳元に、仗助の唇や息遣いを感じる。遠まわしな言い方だったが、それだけで全てを悟られたようだ。腹が立つほど悔しい。余裕のある大人を演じていた自分には戻れず、 もうめちゃくちゃだ。このまま仗助は調子に乗ってくるに違いない。とりあえず離れたかったが、しっかりと肩を抱かれているので動けなかった。 「どうせ僕のこと馬鹿にしてんだろ! 普段は偉そうなくせに、こんな歳でまだ……ってな!」 「してねえよ!」 仗助は急に怒声を上げると、再び目線を合わせてきた。明らかに興奮していると分かる、熱っぽいその目はしっかりと露伴をとらえて離さない。 肩を抱いていた手は背中に、そしてもう片方は腰にまわされる。抱き寄せられた途端に密着した仗助の身体から、香水の匂いがした。それは誰からも好かれるような、 夏らしいさわやかなものだった。感じる温もりと混ざり合い、抵抗する気力を根こそぎ奪われていく。 「まだ、あんたは誰にも触れられたことないんだろ? なんか、すげえどきどきする……」 「さ、触るな……調子に乗りやがって」 「ますます触りたくなっちまった、だめか?」 仗助の唇が近付いてきて、思わず強く目を閉じた。唇が重なると緊張でそのまま固まってしまう。何でもない振りをしてごまかしても、どうせばれる。 ガキのくせにやることやりやがって……と、胸の内で罵りながらも、入り込んできた舌の感覚にぞくぞくして、うまく頭が回らなくなった。 年下にリードされている状況が、プライドの高い露伴の心を乱していく。それでも優しい舌の動きに、身体の奥が熱くなり始めているこの時からはもう、仗助は自分 のものなのだという、強い欲望が生まれた。 仗助の過去に対しての意地や嫉妬に突き動かされているのは自覚している。昔は誰と付き合っていようが、もう関係ない。仗助を自分の色に染めてやる。 露伴はそう決意して、自分から仗助の舌を絡め取った。ぬるぬるとしていて、温かい。少しずつ、慣れない動きで舌を動かしながら、仗助の肩に強くしがみつく。 年上のくせに下手だと思われないように、隙を見せないように、仗助を貪った。 枕に頬を埋めながら、露伴は高く上げた腰を仗助に向けた。先ほどまで指で内側を探られた感覚が、未だに残っている。自分でも見ることのない部分を晒している状態は、 屈辱的な気分になるが、無理強いされたわけではないので、やめたいとは思わなかった。 あれからふたりとも気分が盛り上がってしまい、結局この寝室に移動してきた。まさかここに、自分以外の誰かを入れることになるとは。しかもこんなに早く。 「本当に、こんな体勢でやるのか?」 「気が進まないなら、ここで終わりだ」 「ここまで来て今更、引き下がれるかよ」 指よりも太く硬いものが、尻の穴に触れてそのままゆっくりと押しこまれていく。感じたことのない苦痛に、露伴はシーツを握る手に力を込めた。変に遠慮されても困るので、 声は上げないようにする。この体勢なら顔を見せずに済むので、いくらか気分は楽だ。痛みが和らぐことはなくても。 「実は俺、男とやるのはこれは初めてなんだぜ」 「その割には、余裕あるみたいじゃないか……」 「そんなの、ねえよ」 深いところまで挿入されているうちに、背後から聞こえてくる仗助の息遣いが荒くなっていく。 身体に感じていた抵抗が薄らいできた頃、背中に仗助が覆い被さってきた。かすかな重みと共に感じる肌の温度、そして内側に全て収められた性器の感覚。奥深くまで 繋がっていることを、生々しく思い知らされる。 「さっき……妬いたんじゃねえの?」 「何の、ことだ」 「俺がもう他の奴と経験済みだったこと」 「僕には関係ないね」 「怒ってたくせに」 そんな囁きと共に、仗助は腰を何度か動かしてくる。腸壁を擦られる初めての感覚は、気持ち良いのか悪いのかよく分からない。 今の体勢を選んだのは自分だが、動物のようだと何となく思う。結局どんなやり方でも、この行為が美しいものではないということは知っていた。 漫画でセックスを扱った経験はないが、描くとすれば綺麗事としては表現しない。愛を確かめ合うというよりは、お互いを貪り合う行為だ。夢や感動などあるわけがない。 「なあ、中に欲しい? それとも外?」 一瞬何のことかと思ったが、すぐに意味を把握した。仗助の生温かい舌が、露伴の耳をゆっくりと滑る。一度抜かれた後、角度を変えて挿入されると気持ち良くなる部分に触れたらしく、露伴は ぞくぞくと身体を震わせた。背後から突かれるたびに勃起している性器がシーツに擦れ、あふれ出した先走りで濡れていく。 初めて男に抱かれたくせに、しっかりと感じているのだ。 「どっちでも……好きにしろよ」 「初めてなのに、中に出されてもいいのか?」 「何度も、言わせるな」 「俺の匂い、あんたに染み込ませてやるよ……露伴」 仗助がこんなに欲望をにじませた声で、名前を呼んできたことがあっただろうか。どんな表情で口に出したのかはこの体勢では分からないが、見てみたかったと思った。 やがて露伴の中で仗助が激しく脈打ち、奥のほうに精液を注ぎ込まれる。その熱さを感じながら、直後に露伴も果てた。 終わった後、すぐそばに仗助が倒れ込んでくる。射精して身体の力が抜けたのか、見るからにぐったりとしていた。 露伴の腕を掴んで抱き寄せてきた仗助の寝顔は、どこか年相応の幼さを感じさせた。 |