※このSSは、「モノクロ」のホリ様が書かれた「ゲーム」(宝物ページで読めます)の続編を、自分で勝手に妄想して書いたものです。




GAME





身につけているものは下着1枚だけという情けない格好で、仗助は向かいの椅子に座っている露伴の手の動きを眺めていた。
切ったトランプを慣れた手つきで飛ばしてくる。外国映画に出てくるカジノのディーラーのように、見事なほど鮮やかな動作だった。僕はイカサマはしない、と言った通りに露伴が小細工をする様子はない。 そんなことをしなくても勝つ自信があるのだろう。初心者相手に大人げない奴だ。しかしこれはプライドを賭けた真剣勝負で、手を緩める気はないようだった。
それは 仗助の方も同じなのだが、経験の差なのかあれから何度勝負しても勝てずにいる。露伴が自分の作った役を得意気に見せつけてくるたびに、仗助は気力が削り取られていく。 絶対に負けるわけにはいかなかった。このまま下着まで脱ぐ羽目になるのは勘弁だ。
しかもこちらが負ければ、露伴の言うことを聞かなくてはならない。性格の悪いこの男のことだ、嫌な予感が頭から離れない。こちらの想像をはるかに超えたものを要求して きそうで、何としてもそれは避けたいところだった。
負けたらご奉仕でも何でもしてやるぜ、という露伴の言葉を思い出す。色々想像して興奮してしまったが、もしかすると自分が負けるはずがないから、軽々しく挑発してきた のかもしれない。完全に舐められているのか、そう考えると腹が立つ。
一応、役は作った。これで負ければ仗助は最後の1枚を脱いで全裸を晒した上、何を言い出すか分からない露伴の要求を飲むことになる。視線を合わせた後、露伴は口の端を 上げて薄い笑みを浮かべた。今回も相当自信があるようだ。これは終わったかもしれないという、後ろ向きな考えが頭をよぎった。しかし嘆くのは勝負がついてからだ。
覚悟を決めて同時に手の内を見せた時、仗助は驚きで目を見開いた。
仗助の作ったストレートに対して、露伴の役は数字もマークも全てバラバラという意外すぎる結果だった。
露伴は先ほど、何枚かカードをチェンジしていた。それは良い役を揃えるために行うためのものだが、結局上手くいかずに諦めたのか。それともわざとなのか。 チェンジをしても役を作れなかった場合は、ゲームを降りてもいいというルールになっていたはずだ。しかもそれを言い出したのは露伴のほうだった。

「黙ってないで早く言えよ、何を脱いでほしい?」

負けたはずの露伴は悔しがる様子も見せずに、平然とそう言った。絶対に嫌味のひとつでも吐いてくるかと思っていたのに。
どこか調子を狂わされながらも、仗助は上半身 裸にサスペンダーという格好の露伴を見る。下着1枚にされた屈辱を晴らすなら迷うことなくズボンを指定するべきだが、わざと負けたとしか思えない露伴の 行動には何か裏があるのではないかという考えが浮かんだ。仗助も役を作れていなければ露伴の負けは確定していたのに、降りずにあえて勝負に出てきたという無謀な行為。 その真意が分からない今、慎重になるべきではないかと思った。

「……じゃあ、ヘアバンドで」

仗助が指定したものを聞いた露伴は、一転して不愉快そうな表情を浮かべる。やはり自分の読みは当たっていたのだと確信した。
無言のまま露伴は、頭に付けていたヘアバンドをむしるように取った。長めの前髪が支えを失い、目元に下りてくる。顔の印象が普段よりも少し若くなり、仗助はそれが 好きだった。前髪にそっと触れて、隙間から現れた額にくちづけをすることも。
露伴は抱かれている最中にどんなに卑猥な体勢を取らされるより、そういう甘ったるいことを されるほうが動揺する。これまでの露伴がどんな経験をしてきたのかは知らないが、仗助が好む甘い行為にはあまり免疫がないのかもしれない。

「続けるぞ、次の勝負だ」

勝ったことにより命を繋いだ仗助を見据えながら、露伴は静かな口調でそう言った。


***


その後何度か勝負を重ねたが、露伴はあれから1度も役を作らないまま勝負し続けた。ここまで来ると恐ろしくなる。仗助は勝ったというよりも、勝たされているのだ。
ヘアバンドの次はイヤリング、そして靴。そんなものを指定し続けているうちに、露伴の不機嫌が明らかに高まっていくのが分かる。仕掛けた罠になかなかはまらない獲物を、 苛立ちながら見ている獰猛な獣。今の露伴はそういう感じがした。
そして次の勝負でも『勝たされた』仗助が露伴の靴下を指定すると、苛立ちが頂点に達したらしい露伴が、乱暴な動作で椅子から立ち上がった。何事かと思って顔を上げた仗助 の目の前で、露伴はズボンを脱ぎ始めた。思わせぶりに上の服を脱いだ時とは違い、あっけないほどあっさりと。
勝者が指定したものを脱ぐというのがルールになっている のに、提案した露伴自らがそれを破った。用済みになったサスペンダーまで、ズボンと一緒に外してしまっていた。
ほぼ仗助と同じ格好になり肌を晒した露伴を見ても、興奮するどころか要求を無視された不満しか生まれなかった。

「おい、何勝手に脱いでんだよ!」
「うるさいっ、お前が野暮なものばかり指定してくるからだろ!」
「それがルールなんじゃねえのか!?」
「お前がこれほどつまらん奴だとは思わなかったぞ!」

身につけているのはお互いに下着1枚で、これからいかがわしいことを始めますというような格好なのに、こうしてよく分からない理由で口論をしている。ムードの欠片もない。

「何で降りなかったんだ、あんな勝ち目のない役でよ!」
「差が付きすぎていても面白くないだろう、ゲームを盛り上げるためだ」
「……馬鹿にしやがって!」

仗助はそう叫ぶと、テーブルの上のものを怒り任せに払い落した。置かれていたトランプが床の上に散っていく。露伴はまるで他人事のような冷めた目でそれを見ている。

「人を振り回してそんなに楽しいかよ! ルールまで曲げやがって、この卑怯者!」

勝負の最中に脱いだ服を大雑把にかき集め、それをまともに着ないまま部屋を出ようとする。しかしドアのすぐ前までたどり着いた途端、両足が動かなくなって前に倒れた。 抱えていた服が手から離れて遠くに散らばった。足が動かないのでそれらを拾うこともできない。
多分、露伴がスタンドを使って仗助の動きを封じたのだ。

「僕が卑怯者だって?」

冷やかな声が、頭上から聞こえてきた。目線を動かすと、すぐそばまで近づいてきた露伴が片膝をついてこちらを見下ろしている。視線だけで妙な圧力を感じさせながら。

「あの自称宇宙人とグルになって、僕を陥れようとしたお前が言う台詞か?」
「それはっ……!」
「いい度胸してるな」

痛いところを指摘されて言葉に詰まってしまったが、先ほどの屈辱を忘れることができずに仗助は露伴を睨み返した。
大体、指定していないズボンを勝手に脱いで 何がしたかったのだろう。更に肌を晒して、こちらの理性を乱す気だったのか。確かに上の服を脱いでいた時の色気にはやられてしまったが、あれはルール通りに仗助が 指定したものだ。

「ようやく分かった……俺は、自分の気持ちまで賭けの道具にしたくねえんだ」
「はあ? 何言ってるんだお前」
「あんたが最初に脱ぎ始めたからずっと、気持ち良さそうなとこに触って、どうにかしてやりたいって思ってた。でも我慢してたんだぜ、あんたが言い出した本気のゲームの 最中だったんだから」
「……仗助」
「ゲームじゃなくて、いつもみてえにいい雰囲気だったら、脱いだあんたに触れられるのに」

恥ずかしいことを口にしながら、仗助は目頭が熱くなるのを感じた。勝負でも何でもない場面で、純粋な気持ちで触れて抱き合いたい。本気でそう思うのはやはり、自分は 露伴のことが本当に好きなのだ。少女漫画のような恋愛観だと馬鹿にされても、ふたりきりの時でも素っ気ない態度を取られていても。
何となく自分と露伴の格好を改めて見ると、急に笑いがこみ上げてきた。我慢できずに吹き出すと、露伴が訝しげに眉をひそめる。

「なんか今の俺とあんたって、間抜けな格好してるよな」

こんな姿で激しく口論していたのだ。最中には気付かなかったものの、冷静になってみると少し恥ずかしい。自分ひとりではないところが、唯一の救いだ。

「なっ、何じろじろ見てるんだ、金取るぞくそったれが!」

突然我に返ったかのように口調を荒げた露伴は、仗助の顔に手のひらを強く押しつけてきた。口を塞がれて呼吸が上手くできずに焦る。
ちらりと指の間から見えた露伴の頬は、かすかに赤く染まっていた。




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2010/4/12