本命は甘くない 手提げ付きの紙袋に限界まで詰め込まれた、色とりどりのチョコレートの箱が視界に入るたびに苛立たしい気分になった。 学校帰りにこの家を訪ねてきた仗助は、テーブルの向こう側で温かい紅茶をすすりながらこちらの様子をさりげなく窺っている。 本当に不愉快だ、こんなことになるなら居留守を使うか追い返せばよかった。しかし仗助とはすでに、罵り合っていた少し前までのような関係ではない。 たとえその両手に、甘ったるい匂いをまき散らす例の紙袋が下がっていても、急に露伴の顔が見たくなったんだと真顔で言われてはたまらなかった。 一緒に下校してきた億泰はトニオに呼ばれてトラサルディーに行ったらしく、ひとりになった後でここに来たという。 それにしても仗助が、ただ露伴の顔を見ただけで満足するとは思えなかった。まだ身体の関係までは行ってないものの、もしかするとこの日をきっかけに何かが起こるかもしれない。 いや、こちらも仗助も男同士だ。世の中がバレンタインのせいで浮かれた雰囲気になっていても関係ないはずだ。男の自分が仗助にチョコレートを渡す姿を想像するのも抵抗がある。 大体仗助は全部食べ終えるまで何週間かかるのか分からないほどのチョコレートを貰っているのだから、もう充分だろう。 仗助から向けられる視線に耐えられず、露伴はテーブルの上に置いていた愛用のジッポライターと煙草を手に取って火を点けた。吸ってもいいかという確認はしない。 ティーカップから唇を離した仗助が何度か瞬きをした。 「露伴が煙草吸ってるところ、初めて見た」 「普段はあまり吸わないんだよ、仕事部屋だと原稿に匂いがつくからな」 「今は吸いたい気分なのか?」 「悪いか」 ふうっと煙を吐き出しても、心が落ち着く気配はなかった。これくらいで冷静になれるなら苦労はしない。仗助のために苦労をすること自体が面白くないが。 「今さ、あんたとキスしたらどんな味すんのかな」 「……ガキには分からない味じゃないのか」 急に仗助の声が意味深に低くなったので、露伴は動揺を隠しながら答えた。仗助は子供のくせに時々大人びた表情を見せる。いつもは締まりのない笑みで声をかけてくるくせに、反則だと思う。 油断していると簡単に立場が逆転してしまう、それが付き合いを続けているうちに感じたことだ。 「なあ、そっちに行っていい?」 「断る」 「何もしな……いや、キスだけなら、するかも」 仗助と重ねた唇の感触を思い出して目を伏せると、許可も出してないのに立ち上がった仗助が勝手に露伴の隣に腰掛けて身体を寄せてくる。指からそっと取り上げられた吸いかけの煙草は、灰皿の端に置かれた。 顔を寄せてきた仗助と唇が触れ合い、舌を絡める。お互いに慣れていないのでまだぎこちないが、これから歳を重ねていくうちに巧みなものになっていくだろうか。 「苦い……」 「だから言っただろ」 キスを終えて離れた仗助が苦笑いするのを見て、露伴はため息をつく。煙草を吸った相手とのキスの味が甘いわけがない。 |