振り向かない 通りかかったコンビニ前で、制服姿の東方仗助に遭遇した。 向こうもこちらを視界に入れた途端、目を逸らすことなくまるで射抜くような感じで見続けてくる。 明らかにお互い、気に食わない存在なので雰囲気はどうしようもなく殺伐としてしまう。 この岸辺露伴の漫画に興味を示さない、見る目のないダサい男とは永遠に仲良くする気もないが。 「これはこれは露伴先生、真っ昼間から街中を徘徊中っスか」 「そういうお前こそ、こんな昼間から制服で堂々とサボり中か。いい身分だな」 今時、柄の悪い若者同士でもここまでしないだろうという、正面からの露骨な睨み合い。 4歳年下の高校生相手に大人げないと思われるだろうが、気に食わないものは仕方がない。 それにしてもこのセンスの悪い髪型はどうにかならないのか。昔の少年漫画に出てくる不良キャラそのものだ。 こんな人通りのある道でキレさせるのは厄介なので、今ここでは口に出さないでおく。 「大体ね、家が火事になったのも連載を休んだのも、全部あんたの逆恨みだと思うんスけどね!」 「何だと! 疫病神のくせに偉そうに!」 「そういう大人げない性格だから、康一にドン引きされるんスよ!」 「康一君は僕の親友だ、何も知らないくせにいい加減なことを言うな!」 康一のことまで持ち出され、周囲の目も気にせずに仗助と口論を続けているうちに、予定とは違う道を歩いていたようだ。 いつの間にかコンビニと薬屋の間にある道を抜けて、人通りのない小道に入っていた。 見覚えのある電気の切れた自販機や小さなポストに気付いた時、露伴は嫌な予感がした。この小道はまずい。他の誰かとならともかく、仗助と一緒の時に迷い込むのは。 こんな道ありましたっけ、と仗助が辺りを見回す。とにかく仗助を無理にでも引っ張ってあのポストの前を抜けて戻らなくては。 しかし少し遅かったようだ。横から誰かの足音がこちらに近付いてきた。露伴はため息をついて、片手で顔を覆う。 「露伴ちゃん、また会いに来てくれたの!?」 白いワンピースを着た美しい少女と、常に首から血を流している犬が露伴と仗助の前に現れた。子供の頃、殺人鬼から露伴を助けてくれた命の恩人・杉本鈴美。 幽霊になった彼女とは、少し前に康一と迷い込んだこの小道で再会した。鈴美は殺された当時の16歳の姿のまま、この場所に縛られていた。 深く大きな傷と、町に犯人が潜んでいると分かっていても、何もできないもどかしさを背負いながら。 嫌な予感がしたのは別に鈴美のことが嫌いというわけではなく、もっと別の理由だった。そして薄々感じていた予感はすぐに現実のものとなる。 「ろはんちゃん、だって……くくっ」 露伴のすぐ隣に居る仗助が、笑いを堪えながらそう呟いた。絶対にこうなると思っていたから、この小道には仗助と来たくなかったのだ。 この憎たらしい相手に弱みを握られたような気分になり、非常に不愉快だった。しばらくはこの件でからかわれそうだ。 恥ずかしさと憤りを何とか抑えながら鈴美に早足で近付き、彼女の耳に唇を寄せる。 「……あいつの前で、僕を露伴ちゃんと呼ぶのはやめてくれ」 「何よ今更、恥ずかしがっちゃって」 「いいから頼む」 「わかったわ、あたしに任せてよ露伴ちゃん」 最後の一言を聞いて、本当に分かってくれたのかと不安になりながらも唇を離すと、知らないうちに仗助もそばに来て露伴と鈴美の会話を盗み聞きしていた。 面白いネタを見つけたと言わんばかりの表情で、にやにやと笑いを浮かべながら露伴を見ている。早く何とかしなければ余計なストレスを抱えることになる。 鈴美は仗助のほうに向きなおると、何事もなかったかのように笑顔で挨拶をした。 殺人事件の時効も過ぎている今、以前鈴美にも言ったようにこの世への未練は断ち切って成仏することが正しいことだと思っている。 しかし鈴美との関係を思い出し、こうして時々顔を合わせていると、成仏する日を迎えた時に自分はどんな顔をするだろうと考えてしまう。 果たして冷静な気持ちで送りだすことができるのか。 露伴はそんなことを思いながら、鈴美の横顔をずっと眺めていた。 杜王町に夕暮れが訪れた頃、3人はポストのそばに立っていた。もちろん目的は、あの世とこの世の境目である小道から出るためだ。 「仗助君、さっきあたしが説明したこと忘れないでね」 「分かってるって、出口に着くまで振り向かなきゃいいんだろ。楽勝だぜ!」 「ふん、それはどうかな。せいぜい気を付けることだ」 「うるせえよ露伴! さっさと行くぞ!」 いつまでも口喧嘩をしていてはきりがないので、鈴美を含めた3人でポストの前を歩いて越える。すると前にも感じた通り、妙な気配が襲ってきた。 後ろを振り向かせようとする、不気味な感触。それは確かにそこに存在して、ポストの前を越えた者を罠にはめようとしている。 露伴はここに来るのは2度目だ。そして引きずられそうになった康一を目の前で見て、禁忌を犯した後に遭う恐ろしさも知っている。 人の声真似までして、あの手この手で騙して魂を奪おうとするのだ。どんな罠を仕掛けられても、自分は絶対に引っかからないが。 「おい、何だよこの変な感じ……すげえ寒気がして止まらねえ」 「黙って歩いてろ、もうすぐだ」 「向こうに光が見えるでしょ、あれが出口よ」 鈴美の指さす方向から眩しい光が見える。近くにも見えるし、遠くも感じる。走ると危ないので、慎重に歩いて光へと向かっていく。 進むたびに、背後の気配は更に強いものになり、耳を突きさすような不快な音まで聞こえてきた。 仗助は勢いに任せて、鈴美や露伴の少しだけ先を歩いている。 「仗助……僕も寒気がするんだ、震えが止まらなくて動けない」 「ろ、はん……?」 「助けてくれ、このままだと引きずられてしまう」 「露伴!」 その瞬間、3人の間の空気が凍りついた。決して振り向いてはいけないこの道で、仗助は振り向いてしまった。先ほど仗助に呼びかけた声は、露伴のものでない。 本当に馬鹿な奴だ、あれだけ鈴美に強く念を押されたのに、仗助はあっけなく騙されて罠に落ちてしまった。 露伴が仗助に対して助けを求めるなど有り得ないと、まだ分かっていなかったのか。 トンネルで敵スタンドに捕われた時も、ジャンケン小僧に絡まれた時も、ずっとそうしてきたのに。 仗助が悲鳴を上げた。禁忌を犯した者の魂を連れ去ろうとする手に掴まれたらしい。 「仗助君!」 「この馬鹿野郎が!」 露伴は舌打ちをして、スタンドを発動させる。康一を救った時と同じように、仗助を本にして捲れたページ部分に『何も見えなくなり吹き飛ぶ』と素早く書きこんだ。 すると仗助は光の方向へと吹き飛び、罠から逃れた。露伴と鈴美も出口を抜けて、薬屋のそばにたどり着いた。 「危なかったわね仗助君、大丈夫?」 「いや、すげえヤバかった……恐ろしい目に遭ったぜ」 「騙されるお前が悪いんだ、大体僕がお前に助けを求めるわけがないだろう」 まるで縋るような、そして迫真の演技とも言えるような見事な声真似だった。 吹き飛ばされて地面に尻をついたままの仗助は、怒って反論する様子も見せずに深く息をつく。 「馬鹿なのは認めるけどよお……何て言うか、あんたが俺に助け求めるって絶対有り得ねえのに、いや、だからこそつい反応しちまってさ」 何でだろうな、と顔を上げて呟く仗助に何も答えず、露伴は視線を外した。仗助本人すら知らないことを、こちらが知っているわけがない。 鈴美に見送られながら、露伴は再び歩き出した。その後から仗助もついてくる。背後からずっと視線を感じて、先ほどの小道での罠よりも落ち着かなかった。 「お前の家は違う方向だろう、ついて来るな」 「帰る前にさ、言いたいことがある」 「どうせろくでもないことだろうが、聞いてやる」 「またあんたに助けられちまったな、その……ありがとな」 普段はめったに聞くことのない、仗助のぎこちない声に驚いて思わず振り向いてしまった。その先には、気まずそうに目を逸らしている仗助が居る。 夕方の杜王町を照らすオレンジ色の光は、立ち止まる露伴と仗助をも淡く照らす。いつもは口喧嘩をしてばかりだったせいで、こんな雰囲気には慣れていない。 助ける力を持っていながらも、鈴美の前で仗助を見殺しにするわけにはいかず、康一にも顔向けができなくなる。 つまりあの時、助けなければ自分にとって色々と不都合だった。それ以外の余計な感情など一切ない、はずだ。 沈黙が流れて行く今、この状況こそ決して振り向いてはいけなかったのだと露伴は胸の内で思った。 |