ラストシーン





僕は仗助以外の男には1度も抱かれたことがない。
普通に男として生きていれば、同性に抱かれる経験などおそらくないだろう。 でも僕は好奇心が人一倍強い人間なので行為自体にも興味があり、あいつの告白を受け入れた後は面白い経験ができそうだと期待した。 恋愛も、その先にたどり着く行為も、良い刺激になるだろうと思っていた。
いつの間にか、あいつに対して本気になっていた自分に気付くまでは。

「あのさ……聞こうかどうか、ずっと迷ってたんだけどよ」

行為が終わった後で服も着ずにベッドの中で横になっていると、仗助がためらいがちに声をかけてきた。僕は背中を向けたままだ。

「……何だ?」
「その、あんたは俺以外の奴と今までこういうこと、したことあんのかなって」

それを聞いて、僕はようやく仗助の方を振り返った。仗助は裸の上半身をベッドから起こした状態でこちらを見ている。 その目はどこか不安そうなものを感じさせる。分かりやすい奴だと思う。
お前だけだ、と正直に言えばこいつは喜ぶだろうか。安心するだろうか。そう思いながらも僕の中に、本当のことを打ち明けるのは面白くないという考えが浮かんだ。 こいつの前では大人でいたかった。余裕を見せたかったのだ。常に優位に立っていたいという欲望を抑えきれなかった。
僕はそんな自分を愚かだとは思わない。自分を少しでも高く見せようという気持ちのどこが悪い? 人に嘘をつくよりも、自分に嘘をつくほうが耐えられない。 なんでもかんでも馬鹿正直に生きればいいってもんじゃない。たとえどのような結末を迎えることになったとしても。
僕は口元に笑みを浮かべて見せると、

「この僕が今まで、誰とでも経験がないと思っていたのか? とんだ大間抜けだなお前は」

そう言うと仗助の眉がぴくりと動く。
この時の僕は、こいつに動揺を与えることに快感を覚えていた。

「お前より年上で、比べ物にならないくらい上手かったぜ」
「……そうかよ」

僕より広い仗助の両肩が、小刻みに震えている。何度も触れたその唇は言葉を発するのをやめ、強い力で握られた白いシーツに皺が寄った。 怒ったのか失望したのか、またはその両方か。僕は胸の奥がちくりと痛んだのを、気付かない振りをした。

「僕はお前と違って、大人だからな」

そう呟いた途端、仗助が急に覆い被さってきた。恐ろしいほど表情を失った顔で、僕を見下ろしている。そして僕の足を掴んで押し上げると、まだ受け入れた時の感覚が 残る後ろの穴に指を押しこみ、中で強引に動かし始めた。弱い部分まで攻められ、思わず小さく声を上げてしまった。
そんな僕を暗い目で射抜きながら、仗助はもう一方の手で自身の性器を息を荒げて扱いている。やがて昂ぶりを取り戻した性器を、引き抜いた指の代わりに押し当てる。

「っ……待て、仗助」
「なんスか」
「そのまま入れるつもりか……さっきは着けていただろう、あれを」
「ああ、ゴムのことっスか。別に構わないでしょ、だってあんたは」

仗助は愉快そうに目を細めた。

「俺と違って、大人なんだからよ」

そのまま一気に奥まで貫かれた。身体の内側で初めて感じた仗助の生の熱さは、僕の中で積み上げられていた余裕やプライドをあっけなく突き崩した。
おかしくなる、と口には出さずに何度も胸の内で叫ぶ。酷い扱いを受けているはずなのに、すぐそばで感じている仗助の温もりや匂いはいつもと変わらずに僕を、とろけそ うなほど甘く乱していく。
仗助が何度も腰を打ちつけてくるたびに、僕は口の端からあふれて流れていく唾液を拭いとる余裕も、これ以上自分を飾り立てる気力も全て奪い取られていった。
やがて身体の奥に注ぎ込まれた熱い精を、僕は快感に震えながら全て受け止めた。

「……なあ、俺に抱かれてる時が1番だろ? 上手いかどうかは別としてもよ、あんたを心の底までめちゃくちゃにして、これからずっと俺にしか感じねえようにさせて えんだよ」

取り返しがつかないほど歪んでしまったこの結末はどうすればいいのか、僕自身にも分からなかった。


***


あれから数日が過ぎ、僕は何事もなかったように自宅で仕事をしていた。実際は忘れられるはずもなく、仗助とのことが延々と頭をめぐり続けてなかなか消えない。
何度か身体は重ねていたが、中に出されたのは初めてだった。僕に対する仗助の態度はいつもとは違うものだったのに、おかしくなりそうなほど感じてしまった。
嫌だとは思わなかった。いつかはそんな時を迎えると思っていたのだから。それが少しだけ、早まっただけのことだ。
女相手でもないのにわざわざ着ける必要はないという僕の言葉にも、きっとこうしたほうがいいと言って考えを曲げなかった。何て頑固な奴だと呆れたが、初めて使う時に 上手く着けられずに困惑している仗助を横で見ていると余計に、遮るものなどなく直接繋がりたいと強く思った。不器用さに苛立ったわけではなく、きっとこれがこいつの 優しさなのだと感じ、それが僕に向けられていることが密かに嬉しくてたまらなかったのだ。
原稿が一段落ついた頃、玄関から呼び鈴が鳴った。気が付くともう夕方で、学校も終わった頃かと何となく思いながら部屋を出て玄関のドアを開けた瞬間、僕は息を飲んだ。

「久し振り……だよな」

気まずそうな顔で、仗助がこちらを見ながらそこに立っていた。僕はとっさに何も言えないまま、仗助と目を合わせる。

「怒ってるか? この前のこと」
「何の、話だ」
「俺があんたを、無理矢理……ほら、あれだよ」

仗助は何故か真っ赤になって言いずらそうにしている。大体の見当はついているが、僕から指摘する気にはなれなかった。

「あんたを痛めつけたいとか、そういうわけじゃなくてよ。ただ、何だか悲しくなっちまって」
「悲しい?」
「確かにあんたは大人だしよ、今まで誰かとそういう関係になっててもおかしくねえって思ってるけど。やっぱり改めて聞かされちまうと、ショックだった」

目を伏せた仗助の声が、最後は消えてしまいそうなほど小さくなっていった。あの時はそっちから聞いてきたくせに勝手に傷付いて、おかしな奴だ。
僕はこれ以上見栄を張り続けることが、急に馬鹿らしくなった。あの時感じた胸の痛みは罪悪感となり、気付かない振りをしていても僕を蝕んでいた。
少し心の準備をした後で、僕は仗助の本当のことを打ち明けた。すると最後まで聞き終えた仗助は、驚いたような顔でこちらを見た。くだらない見栄で気持ちを弄んだことを 怒るだろうか。そうなったとしても仕方がない、僕の自業自得だ。
しかし仗助は今にも泣きそうな表情になり、僕の頬に触れた。大きく厚い手にそっと撫でられて胸が熱くなった。

「傷付いたんだぜ、俺……」

僕はまた何も言えなくなった。今度はこちらが気まずくなり、仗助から目を逸らす。

「でも、安心したっていうか、すげえ嬉しい。露伴のあんな声や姿は俺が独り占めしてるんだよな」
「あんな声や姿って何だ」
「俺だけの秘密」

仗助の腕の中は、いつでも変わらずに温かく僕を満たす。
ようやく望んでいた場所にたどり着いたと思い、僕は仗助の広い背中にしがみついた。




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2010/1/17