君のナンバーワン





 スケッチブックが大きいのではなく、それを両腕で抱えている身体が小さいのだと改めて気付かされる。
 長袖の白いシャツに水色のベストを合わせた、マンガ家志望の小学6年生。絵やマンガには特別興味の無い仗助に、色鉛筆で描かれたスケッチを誇らしげに見せつけてくる。学校帰りに描いたという車は、子供の絵にありがちな真横から見た平面的なものではなく、しっかりと奥行を感じさせる斜め前からの角度で描かれていた。
「おまえに見せるためにもってきたんだぞ、じょうすけ!」
「はいはい……それはどうも」
 胸の内では技術を認めているものの、手放しで褒めることはしない。普段のとんでもなく生意気な態度を思うと、つい素っ気なくしてしまう。それがこの子供の怒りを買い、よく喧嘩になるのだが。
「このきしべろはんが、わざわざ会いにきてやったのに! なまいきなやつだな!」
 唇を尖らせ、露伴はプイッとそっぽを向く。生意気なのはどっちだよと言いたくなるが、柔らかそうな頬やこちらを見つめてくる瞳に時々、いや最近は頻繁に目も心も奪われる。自分には男や子供に対してのおかしな性癖は無いはずだが、露伴相手だとその考えも何故か揺らいで脆いものになる。
「このまえ学校で、絵のコンテストがあったんだけど、ぼくは1ばんになれなかった」
 急に落ち込んだ様子を見せる露伴に、仗助は我に返った。うっかり妄想の中で、露伴にいかがわしいことをしそうになっていた自分が恥ずかしい。決して、断じて、そういう性癖は持っていないと信じたいが。
「何だ、お前より上手い奴がいんのか?」
「ちがう! ぼくのかいた絵は子供らしくないって、先生たちがはなしてるのをきいたんだ! 1ばんになったのは、ぼくよりずーっとへたくそな絵のやつだよ!」
「ま、確かにお前の絵は年相応じゃあねえっつーか……」
「へたくそがえらばれるなんて、まちがってる! ぼくの絵のほうが1ばんにふさわしい!」
 ついに涙をにじませて叫んだ露伴は、何度も鼻水をすすりながらスケッチブックを抱き締める。絵で1番になれなかった事実は、露伴のプライドを相当傷付けたらしい。そのコンテストの選考基準は多分、単に上手い下手だけのものではないのだろう。小学生向けのものなら尚更だ。
 素人の目から見ても、露伴の絵の才能は異端だと思う。数年後には本当にマンガ家として活躍するかもしれない。この性格のまま成長するのはどうかと思うが。
「ろはん〜、泣くなよ」
「だって、くやしいんだよ!」
 スケッチブックごと露伴を、仗助は腕の中に閉じ込めた。小さな身体はほんのり温かく、それを感じているだけで胸のどこかが浅ましく疼いた。
 嫌がられるのを覚悟していたが、予想に反して露伴は大人しく仗助の抱擁を受け入れている。ふう、と露伴の深い呼吸が耳元に届く。
「お前がすげえ奴だってのは、オレは知ってるから」
「そ、そんな……おせじなんかいらないぞ」
 腕の中でもぞもぞと露伴が動く。しかし仗助を拒んでいるというわけではなく、それどころか肩に頭を乗せていて、離れる気配は無かった。
「オレは露伴の1番になりてえ」
「……えっ?」
「いや、なんでもねえよ」
 仗助の小さな呟きは、こんなに近くにいる露伴にもよく聞こえなかったようだ。しかし今は、そのほうがいい気がした。




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2014/1/9