純愛路線 ドアが開いて顔を出した露伴と、目が合ってしまった。 今までの気まずさとは違う、照れくささに耐えられなくなった仗助は思わず目を逸らす。 「露伴先生こんにちは、みんなで来てしまったんですけど……」 「気にするなよ康一君、他のふたりも入れよ」 そんな会話を聞きながら、億泰や康一と共に玄関に足を踏み入れる。 先日、ずっと抱えていた気持ちを全て露伴に告白した。何となく気になるという曖昧な考えは、いつの間にかはっきりと恋愛感情になっていた。 嫌われていることは前から分かっていたので、何でもない振りをしてあのままずっと胸にしまっておくつもりだったが、どうしても抑えきれなくなった。 本人から直接、好きだとは言われていない。それでも不意打ちのくちづけで応えてくれた。あの露伴が素直に自分の気持ちを明かすとは思えなかったので、あれだけでも 充分に満たされた。 あれから数日はお互いに忙しい日が続いて会えなかったが、今日の放課後に再び顔を合わせた。康一が露伴に何か渡すものがあるらしく、ちょうど一緒に下校していた 仗助と億泰もそれに付き合うことになったのだ。まさか家に入る流れになるとは思わなかったが。 嫌ではないが、やはり緊張してしまう。これから通されることになる客間に入った途端、露伴に告白した時の雰囲気を思い出して動揺してしまう気がするからだ。 あのソファに座って抱き合い、唇を重ねたことも全て。 そして実際に客間に入ると予想通りあの記憶がよみがえってきたが、すぐそばに康一や億泰が居るおかげで何とか気を紛らわせることができた。 足元に薄い鞄を置き、他のふたりと同じようにソファに腰掛ける。すると一旦客間を出ていったはずの露伴が再び戻ってきた。 「おい、仗助!」 「え、俺!?」 「お前だよお前! 生意気にくつろぎやがって、こっちに来て手伝えよ!」 理不尽な理由でいきなり切れられてしまい、仗助はわけが分からなくなった。くつろいでいると言ってもソファに座っているだけで、絨毯の上に寝転んでいるわけではない。 しかし反論しても同じことの繰り返しになるので、観念してため息と共に立ち上がる。 「相変わらず先生、仗助には厳しいなあ」 「仗助君、先生とあんまり喧嘩しないでね」 友人達からかけられた声を背に、客間を出て露伴の後をついていく。少し歩くと広い台所にたどり着き、そこで4人分の飲み物をグラスに注ぐという役目を言い渡された。 瓶のラベルに果汁100%と書かれているオレンジジュースを冷蔵庫から取り出し、顔を上げると露伴は何かの袋の中身を皿に流しこんでいた。 色とりどりの個包装になっているチョコレートだ。種類も大きさもばらばらで、その辺りのスーパーでは見かけない感じの袋に入っていた。外国製かもしれない。 「どうして俺を指名したんスか、しかもすっげえきつい言い方で」 「別に深い理由はない」 「……もしかして、あ、やっぱりやめとこ」 「は? 何だよ」 「ひょっとしたら、俺とふたりきりになりたかったのかなって」 そう言うと露伴が皿に開けていたチョコレートの袋が滑り落ち、中身が床に散ってしまった。ジュースの瓶をテーブルの上に置き、ふたりでチョコレートをかき集める。 「あー、何やってんの先生」 「うるさいな、たまにこういうこともある」 淡々とした口調で言う露伴の目が、落ち着かない調子で動いている。仗助の言葉に動揺したのかと思い、密かに浮かんだ笑みを隠しきれない。本心を言い当てられることが 屈辱だと感じているのかもしれない。 チョコレートを全て袋に戻し終えた時、露伴の手の甲に傷がついているのが見えた。鋭い何かで引っかいたような、細い傷だった。 気になって尋ねてみると、漫画の原稿に貼り付けて使うトーンというものをカッターで削っていた時についたらしい。 露伴の仕事ぶりは完璧だと康一から聞いているが、先ほどのチョコレートの件のようにたまには失敗もするようだ。いくら才能があっても、人間だから仕方ない。 床にしゃがみこんだまま、仗助は露伴の手の甲に触れる。数秒後に手を離した時には、傷はきれいに消えていた。 「余計なことを……」 「俺のスタンドって、こういう時にも使えるから便利なんスよねえ」 「無駄使いするな」 傷があった部分を指先で撫でた後、露伴は立ち上がり違う棚からグラスを4つ取り出してトレイの上に並べた。汚れや曇りがひとつもない、新品のようなグラスだった。 それを見てジュースをそれぞれのグラスに注ぎ込む。ちょうど全て同じ量になるように調整しながら。そして後は客間に持って行くだけの状態になった。 トレイに両手を伸ばしかけた露伴の背中を、仗助はそっと抱き締めた。驚いたように肩が跳ねた、自分よりも細身の身体から温もりが伝わってくる。 「な、何するんだ!」 「さっきの治療費ってことで」 「お前が勝手に治したんだろう!」 「確かにそうだけど、せっかくふたりきりなんだし」 戻る前にちょっとだけ、と囁きながら抱きしめる腕の力を少しだけ強くした。拒むこともせずに、すっかり固くなってしまっている様子に気付いて思わず息を飲んだ。 年上だという根拠から、それなりに経験は積んでいると思っていた。唇を重ねた時も露伴は自然に舌を入れてきていた。それなのにこうして抱き締めると、まるで緊張して いるかのように動かない。過去の付き合いまで詮索しようとは思わないが、色々なことが何となく気になった。告白を受け入れられたものの、自分はどこまで許されるの だろうかと。その心に踏み込んで、いつも思い出してしまうくらいに甘く満たしたい。そして露伴の肌に触れて、奥深くまで繋がりたい。 そんな願望が伝わりそうなほど背中と胸元を密着させていると、このまま客間に戻りたくなくなってしまう。あまり遅くなると康一や億泰が心配するので、そろそろ切り上げ なくてはならないが。無防備に晒されている首筋の誘惑を振り切りながら、露伴から離れる。 露伴は身体の力が抜けたかのように、テーブルに両手を付いて自身を支えた。そしてすぐにこちらを振り返って鋭い目で睨んでくる。 「本当にお前は見境ないケダモノだな! いきなり発情しやがって!」 「そういう年頃なんでしょうがないんスよ、俺って先生より若いから」 「一言多いんだよ!」 怒声と共に向かってきた握りこぶしを、仗助は手のひらで余裕で受け止める。露伴のほうも本気で殴るつもりはなかったらしく、それは力加減や勢いで何となく分かった。 甘い雰囲気もたまらないが、やはり以前のようなやりとりも捨て難い。どちらも継続したまま付き合っていくのは不可能だろうか。 |