17歳





足元に転がってきた100円硬貨を追ってこちらに駆けてきた少年の姿を見て、仗助は硬貨を拾うこともできずに立ちつくした。
白い半袖シャツの制服姿の彼は、知り合いが愛用しているものに似た形のヘアバンドを身に着けている。よく見れば後ろの部分を刈り上げた髪型も同じだ。 本人かと思ったが何かが違う。あのイヤリングをしていないところだけではない、根本的な何かが。
少年は仗助の足元にしゃがみこむと、そこで動きを止めた硬貨を拾い大事そうに財布の中にしまい込んだ。
あの男と外見は似ているが、こんなふうに硬貨ひとつのために必死で走ってくる様子には違和感がある。仗助が知っているのは、他人から見ればバカバカしいことにも惜しまずに金をつぎ込むような奴だ。

「あんた……露伴、じゃねえのか」

露伴だろ、と断言はしなかった。視線が重なった時の表情が明らかに普段とは違う。気に入らないものを見下す高慢さは欠片も見えない。 少年は仗助に名前を呼ばれて、戸惑うようにこちらを見ている。

「そう、だけど。どうしてぼくの名前を知ってるんだ? どこかで君と会ったことある?」
「どこかでっつーか、結構いろんなとこで会って話してんじゃねえか」

町を歩けばかなりの確率で遭遇して、そのたびに罵られて散々だった。過去形なのは、今では家に泊まりに行き夜を過ごす関係になったからだ。敵同士として出会った頃からは考えられない展開に、自分でも驚いている。

「悪いけどぼくは、男にナンパされて喜んでる暇はないんだ。ここが杜王町らしいのは分かってるんだけど……ああ、混乱してきた」
「いやいや、あんたはこの町ですげえでっかい家建てて住んでる有名な漫画家・岸辺露伴だろうが」
「でかい家……漫画家? まだデビューもしてないのに、家なんか建てられるわけないよ。それにぼくが住んでいるのは東京だし」

混乱してきたのはこちらのほうだ。まだ漫画家としてデビューしておらず、自宅は東京だという。そして仗助が知っている露伴と比べて、口調も態度も柔らかく大人しい気がした。イヤリングと僅かな身長差以外ほぼ一致しているのに。 このまま別れてしまうには、色々と気になることが多すぎる。

「ぼく、そろそろ行くよ。それじゃ」

黙ったままの仗助に背を向けた少年の腕を、無意識に掴んでしまった。再びこちらを向いた彼を抱き寄せると、強引に唇を奪う。

「っ、ん……」

仗助の舌が割り込んでくると、少年は記憶よりもずっと拙い動きで温かい口内を逃げ回る。自分から挑発的に絡めてくる露伴とは逆の反応だ。
しかし仗助には覚えがあった。このキスの味も、腕に閉じ込めた身体の温もりも、全く知らない人間のものではない。リアルに感じる全てが露伴との行為を思い出させては仗助を煽る。
舌の裏側を攻めると少年の肩が微かに跳ねる。弱点が同じだと感付いた直後、思い切り胸を押されて我に返った。

「ぼくは、お前みたいな不良とは違う! あんな、いやらしいキス……最悪だ! ふざけるな!」

少年はこちらを睨みながら唇を手の甲で拭うと、今度こそ走り去っていく。
初めてだったのに、という呟きが仗助の頭に延々と消えずに残っていた。




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2012/7/7