完全想像図





露伴先生に描いてもらったんだ、と言いながら差し出された画用紙には、うまく特徴を掴んでいる康一の似顔絵が描かれていた。 しかも隅のほうにサインまでしてある。ものすごいサービス精神だ。
人気の漫画家らしく、書店でサイン会が行われたら訪れたファンに笑顔で握手などもしているのだろうか。普段の性格を考えると全く想像できない。

「あいつの家、よく遊びに行くのか?」
「うん、休みの日に誘われることもあるし、こっちからお邪魔したり」

そう言うと康一は、画用紙をクリアファイルに挟んで大切そうに鞄に入れた。露伴の描く漫画のファンである康一にとっては、最高の宝物だろう。逆に仗助は元からあまり 漫画を読む習慣がないので、露伴がどういう漫画を描いているのかすら知らない。それが向こうから反感を買っている原因のひとつでもあるが、こればかりは趣味の問題なので仕方がない。
康一は、よくあんな難しい性格の男と親しくできるものだと思う。何故か一方的に気に入られているようなので、引きずられている部分もあるかもしれないが。
トンネルで遭遇した敵スタンドを倒した後、今までよりは険悪な関係ではなくなることを期待していた。危機に陥った仗助を露伴が助けるという、予想外の 出来事があったからだ。それでも結局、今までと何も変わらない刺々しい雰囲気が続いている。
もし露伴の忠告を聞き入れてひとりで逃げていれば、こんなことにはならなかっただろうか。しかしあの場で逃げるという選択肢は心に存在しなかった仗助にとっては、 今の状態は避けられなかった結果だ。いくら十数分前まで口論していた相手でも、敵スタンドに捕われた露伴を見捨てることはできなかった。
露伴に対して康一と同じような好意は持っていないが、死ねばいいと思うほど憎んではいない。好きか嫌いかは関係なく、自分に嘘を付かず正直に行動した。それだけだ。


***


放課後に乗ったバスは、予想通り座席が埋まっていた。他の学校の生徒も乗る時間帯なので仕方がない。何時間も乗っているわけではないので、立っていれば済む話だ。
次のバス停に着くと何人かが下車し、いくつか席が空いた。どこかに座ろうと思い前に踏み出した途端、とんでもない状況に気付いた。空いている座席の後ろに座っている 人物が、ものすごい勢いでこちらを見ている。しかも目が合ってしまった。独特の髪型と服のセンス、見間違えるはずもなく岸辺露伴だった。
以前のようにごまかすと裏目に出るので、観念して軽く挨拶をする。露伴は何も答えず、ここに座れと言わんばかりに自分の前の空いている座席を指差した。 まさしく前と同じ状況になりつつあり気まずかった。
前も思ったが、露伴はこちらを嫌っているのに近くの座席にわざわざ座らせて絡んできたり、言動が矛盾しているという部分では露伴も一緒なのでは ないかと思う。トンネルで敵スタンドに襲われた時も、仗助のことが気に食わないはずの露伴にはあのまま放置されてもおかしくはなかった。何を考えて仗助を救ったのか、 今でも分からないままだ。
露伴は自ら仗助をこの席に誘っておきながら、自分からは一切口を開こうとはしなかった。沈黙が重苦しい。

「そういや先生、康一に似顔絵描いてやったんですってね。大事そうに持ってましたよ」
「喜んでもらえたようで僕も嬉しいよ、康一君は誰かとは違って素直だしな」

嫌味たっぷりな口調で背後からそう付け足された。その誰かとは聞くまでもなく俺のことっスよね露伴先生、とバスの進行方向に仗助は引きつった表情を浮かべながら、 心の中から問いかける。返事は聞かなくても分かるからだ。

「ところでお前は、首に変わった痣があると聞いたが」
「え、ああ……ありますけど、星型のやつ。それが何か?」
「見せてみろ」

こちらが返事もしないうちに、学生服の下に着ているシャツの襟部分を後ろから強引を引っ張られ、ぐえっ、と変な声を上げてしまった。 露伴は仗助に対して遠慮の欠片もないのは知っていたが、自分の興味のためなら何でもやる迷惑千万な男だ。
初対面で仗助に散々殴られて吹き飛んだ後、いい体験をしただのと言ってペンを握りながら笑っていた。普通とは明らかに感覚がずれており、その執念に不気味さすら感じた。
今まで露伴の前で服を脱いだわけでもないのに、首の痣のことを何故知っているのかと問うと、康一から聞いたのだと言われた。 露伴は康一から仗助の話を聞いている時は、どんな顔をして聞いているのだろう。『親友』が大嫌いな奴の名前を口にして、さぞ複雑な気分になっているに違いない。

「これはいつからあるんだ」
「気付いた時にはもうありましたね」

同じものが承太郎やジョセフにもある。大きめの痣なので幼い頃は気にしていたが、今はそうでもない。日常生活に支障はないのだから。
バスがトンネルを抜けてしばらく経つと、不安定な道を走っているのか時々車内が強めに揺れ始めた。そんな状況にも構わず、露伴は仗助の首筋から視線を外さない。 いい加減もう解放してほしい。しかもずっとシャツを引っ張られているので落ち着かなかった。

「そろそろ手を離してもらえませんか、バスも揺れてますし」
「揺れていようが停まっていようが、そんなのはどうでもいい」
「まーたそんな勝手なことを……!」

更に言葉を続けようとした途端、バスは今までよりも大きく揺れる。その勢いで背後で身を乗り出していた露伴は小さな声を上げて、仗助にしがみついてきた。 ドラマか何かなら、ここで互いの身体が密着してどうのこうのという展開になるだろうが、かすかに息を感じるほど接近してきても、相手が相手なだけにそんな考えには至らない。
突然の揺れに車内の乗客達がざわつく中、ちゃんと座っていたはずが何でこんな目に遭うのかと密かに嘆いた。
揺れが収まりようやく一息ついた頃、後ろの露伴がいつの間にか何も言わずに大人しくなっていることに気付く。見ていないので何をしているのかは分からないが、 最初からこの調子なら気が楽だったのに。まるで重労働を終えた後のように深く息をついた。


***


いつも降車しているバスターミナルに到着して、解放感と共にバスを降りる。
後から降りてきた露伴に挨拶をして立ち去ろうとすると、無愛想な声で呼び止められた。 振り向くと露伴が、いつも持ち歩いているスケッチブックの中の1ページを破き、それを仗助に差し出してきた。
そこには斜め後ろから見た角度で、男の上半身が描かれていた。逞しい腕や肩を惜しげもなく晒した裸体で、首筋の星型の痣や髪型からして、仗助をモデルにしたものだと すぐに分かった。実際の仗助の体格に限りなく近く、バスに乗っている間は当然服を着たままだったので、露伴は想像だけでこれを描いたことになる。
鉛筆画とはいえ、陰影の付け方などが本格的で文句のつけようがない。あの短時間でこれだけのものを描けるのは、さすが絵で仕事をしているプロだ。

「暇つぶしの落書きだが、お前にやる。好きにしろ」

露伴はそう言うと、仗助の感想も聞かないまま早足気味にひとりで歩いていった。
好きにしろと言われても、自分をモデルにしたと思われる絵を捨てられるわけがない。上手くても下手でも、誰が描いたとしてもそれは同じだ。
服を描くのが面倒だったのかもしれないが、裸体を想像して描くほうが大変な気もする。
露伴が描いた絵を眺めながら、これは康一には見せられないと思った。




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2009/9/7