誤解と修羅場と甘いキス 用事を済ませてラブホテルを出た途端、仗助と遭遇した。 何でこいつがこんなところに。高校生がうろつくような場所じゃない。露伴は全身から血の気が引いていくのを感じた。 仗助のほうも目を見開き、信じられないと言わんばかりの表情をしている。お互いにしばらくは声すら出せず、時間まで凍りついたかのような感覚に陥った。 もし露伴がひとりでこの建物を出てきたのなら、取材の一言で全てが丸く収まっていたはずだ。しかし今、仗助の視線は露伴の隣に立っている男にも向けられている。 誰が見ても、この男と露伴がいかがわしい行為をしてきたと思うだろう。いや、そう思いこまれては困る。特に仗助には。 白いコートと同じ色の帽子、日本人離れした体格の持ち主。その雰囲気は独特で、遠くからでも他の誰とも間違えるはずがない。空条承太郎だ。 「おい露伴、何でこんなとこから承太郎さんと出てくるんだよ……まさか」 「待て、話を聞け! 変な想像をするな!」 「他に何を想像しろっつうんだよ! ラブホでやることなんて、ひとつしかねえだろうが!」 この気まずすぎる空気の中、もしかすると承太郎がフォローを入れてくれるのではと密かに期待したが、 「ああ……偶然だな、仗助」 大して動揺する様子も見せずに、承太郎は普通に町で顔を合わせた時と同じような調子で仗助に話しかけた。最悪だ。 「って、それだけですか!」 鋭い突っ込みも効き目がなく、露伴は頭を抱えてうずくまりたくなった。そうやって目も耳も塞げれば楽なのだが、いつまでも現実から逃げているわけにはいかない。 「とにかく僕と承太郎さんは、お前が思っているようなことはしていない!」 「素直に信じると思ってんのかよ! バカにすんな!」 そう叫んだ仗助に肩を押された勢いで、露伴が持っている鞄から中身が飛び出して足元に転がった。ラブホテルの中にある販売機で買った、どぎついピンク色のバイブレーターだ。 それを見下ろす仗助の肩は震えていた。今にも失神してしまいそうなほど、顔が真っ青になっている。 「これを使って、あんたは承太郎さんと楽しんだのか」 「使ってない! 買っただけだ!」 「もう……言い訳なんか聞きたくねえ」 仗助は目に涙をにじませながら、走り去って行った。遠ざかる背中を追えないまま露伴は地面に膝をつく。無言で差し伸べられた承太郎の手を握ることすらできなかった。 『俺も行こうか』 『あなたも来たら、ますますややこしくなりますよ。僕ひとりで行ってきます』 そんな会話の後、露伴は承太郎と別れて仗助を追った。 そもそもラブホテルに入ったのは、純粋に取材のためだった。 描いているのは成人向けの漫画ではないが、話の展開上どうしても内部の詳細が必要になった。 人物も含めたスケッチもしたかったので、平日の昼間でも自由に動ける承太郎に連絡を取り、付き合ってもらったのだ。部屋の中で写真を撮り、スケッチをして、備え付けの自販機で資料としてバイブレーターなどを購入した。 用を終えた後はすぐに部屋を出たため、中に居たのは大体1時間くらいだ。ラブホテルだからといって、互いにおかしな気分になることもなかった。 一緒に入ったのが仗助だったら、きっと取材に集中できなかった気がする。告白を受け入れて付き合い始めてから、まだキスもしていない。そんな清らかな関係のままラブホテル に行ってしまえばどうなっていたか。現実でも最近、仗助に熱っぽく見つめられた時の激しい動揺をごまかすのに必死だった。 今回の取材は絶対に安全な相手を選んだはずだったが、かえって裏目に出てしまったようだ。仗助にとっては、他の男よりもダメージが大きかったのでは ないかと思う。 1秒でも早く、仗助の誤解を解かなければ。 呼び鈴を押してみても、誰も出てこなかった。もう帰宅しているかと思ったが、勘が外れたようだ。しばらくここで待っていれば帰ってくるかもしれない。 休みなく走ってきたせいで、身体が汗ばんでいる。胸の動悸もまだおさまっていない。深く呼吸をして気持ちを落ち着けていると、背後から人の気配を感じた。 振り返った先に立っていた仗助は、何も言わずに露伴を見ている。ずっと泣いていたのか、両目が少し赤い。 「どけよ、入れねえだろ」 「ここでお前を待っていたんだ、話を聞くまでどかないぞ」 「話って何だよ、やっぱり承太郎さんのほうがいいから別れようって?」 「僕はお前と別れる気なんかない!」 刺々しい態度を崩さない仗助に腹が立った。露伴は自分でも驚くほどの力で仗助の肩を掴み、その背中をドアに押しつけた。 「どうしても僕の言うことが信じられないなら、いい方法があるぜ。今から噴上を呼んで、僕の身体に承太郎さんの匂いがついているかどうかを確かめさせる」 「露伴……あんた、そこまで」 「僕は本気だ、お前を信じさせるまで諦めない」 少しも視線を逸らさずに言うと、仗助は再び涙を浮かべる。そして露伴はその腕に包まれ、強く抱き締められた。 「もういい、あんたのこと信じるから」 「本当か?」 「俺はまだガキだから、露伴を満たしてやれてねえのかなって……だからあんたはもう、俺に飽きちまったのかと思った」 仗助の涙を指で拭ってやった後、そのまま露伴のほうからキスをした。初めて重ねた仗助の唇は、想像よりも温かい。ここが外だということも忘れてしまうほど、甘い雰囲気に浸った。 |