直接対決/3 原稿が全く進まない。 帰宅して机に向かったものの、話が思い浮かばずに手が止まる。すでに1時間以上ずっとこのままの状態で、作業は完全に停滞していた。 精神が不安定だからと言って、中途半端なものを発表するわけにはいかない。この岸辺露伴の名前に傷が付くからだ。 このままでは読んでもらうための作品など描けない。表現者として恐れているのは、飽きを感じた読者に背を向けられることだった。これほど悲しく空しいことはない。 原因は分かっているが、今更どうすることもできないので悩んでいる。 本当はもっと、納得の行くまで感情をぶつけ合っていれば良かったのかもしれない。 自分はそれをせずにあの場から立ち去った。後悔ばかりが胸を覆い続けて消えない。 この手を握りながら露伴のことが好きだと告げてきた仗助のことを信じられなくなり、心にもない言葉を口走ってしまった。あれ以上ミキタカと仗助が親密になって、平気でいられるはずがない。 ため息が出かかった時、玄関の呼び鈴が鳴った。応対する気分ではなかったので黙って座っていたが、何度も何度も鳴らされる。さすがにそこまでされると我慢できず、 露伴は仕事部屋を出て玄関のドアを開けた。しかしそこには誰の姿も見えず、代わりに小さな小包のようなものが置かれていた。宛名のところには露伴の名前が書かれて おり、差出人の欄は空白だった。明らかに怪しい雰囲気だったが、気になったのでその小包に近付いた。 するとそれは突然液状になって四方に広がり、やがて人の形を作り上げる。 小包は液状になり、そしてバス停で面と向かって話していた人物へと変化した。驚きのあまり声がでない。 「普通に会いに行っても、話を聞いていただけないかと思ったので」 「まだ僕に用があるのか」 「さっきは言えなかったことを、お伝えしに来ました」 バス停での出来事で、露伴は心身ともに疲れきってしまった。なので仕事が進まず苦しんでいる。それこもこれも全てミキタカのせいだ。 自称宇宙人は地球人の気持ちには鈍感なようだ。あれだけ強烈に発した悪意も敵意も伝わっていない。仗助とは違う意味で、人の調子を狂わせる奴だと思った。 「私は、仗助さんが好きです」 「……それはさっきも聞いた」 露伴の苛立ちを怒りに変えた決定的な台詞を、目の前で再び言われた。スタンドで攻撃するだけでは生ぬるい。この手でミキタカを力ずくで黙らせるために手を伸ばす。 「でもあなたが仗助さんに対して感じているものとは、違います」 それを聞いて手が止まった。勢いを失い、行き場をなくした手を引っ込める。 「この地球に来て、『好き』という言葉にはたくさんの意味があることを知りました。家族、友達、恋人……言葉自体は同じでも、それぞれに対する気持ちは全然 違うものですから」 「何が、言いたい」 「私は友人のひとりとして、仗助さんの近くに居られればいいんです。あの人が幸せそうに笑っていれば、それを見ているだけで幸せです。でも、あなたは違うでしょう」 穏やかな口調でそう言われ、露伴は言葉に詰まった。面と向かって顔を合わせたのは今日が初めてで、関わった時間は短かったのに、仗助に対する気持ちを把握されている。 「お前に……僕の何が分かるんだ」 「私以上に、仗助さんに対する気持ちが強いということだけは」 ミキタカと向かい合ったこの状況で、頭の中を整理する。今までずっとミキタカは仗助に友情以上の気持ちを抱いていて、特別な関係を望んでいると思い込んでいた。 つまり露伴がひとりで勝手に勘違いをして、空回りしていたということだ。一方的にミキタカを責め、そして仗助に酷い八つ当たりをした。涙が出そうなほど愚かだ。 あんなに甘くて心地良かった関係を、自らの手で壊してしまった。 「あなたが居なくなった後、仗助さんは落ち込んでいました。私ではどうにもならないです」 「仗助が……?」 「あの人をまた幸せな顔にできるのは、あなたしか居ません」 行ってあげてください、とミキタカが言う。しかし行ったところで、どんな顔をして話をすれば良いのか分からなかった。あんなに気まずい別れ方をした後なのに。 もし行動を起こさなければ、仗助との関係はどうなるだろう。このまま自然消滅するかもしれないという考えが浮かび、それだけは避けたかった。 すでに帰宅しているかと思い自宅を訪ね、呼び鈴を押してみたが何の反応もなかった。カフェやゲームセンターなど、仗助が行きそうなところをいくつかまわってみても、 見つけることはできなかった。以前、顔を見たくなかった時は町で頻繁に遭遇していたはずが、会いたい時にはこれだけ探しても見つからない。 車やバイクを使わずにひたすら走りまわり、急に疲労が襲ってきたので公園のベンチに座って休んだ。落ち着いたらまた探すことにする。 汗にまみれたヘアバンドを取り、ズボンのポケットにねじこむ。何か冷たいものを飲みたかったが、財布を持ってこなかったことを思い出して脱力した。 どこに居るんだお前、と呟きながら仗助のことを頭に思い浮かべた。とにかく会うことさえできれば、険悪な雰囲気になったとしても構わない。 とにかくあのまま終わってしまうことを恐れているのだから。 公園のそばを通る子供達や学生の声が耳に届いてくる。何もかもが遠い。他のものを見ても聞いても、浮かんでくるのはただひとりだけの姿だった。 ベンチに座る露伴の足元に長い影が伸びてきた。顔を上げた途端に驚いて息を飲む。 「そんな疲れた顔して、どうしたんだよ」 信じられないことに、あれほど探しても見つからなかった仗助がいつの間にか前に立っていた。どこか気まずそうな表情で。幻を見ているのではないかと疑ったが、 何度瞬きしてもその姿は視界から消えることはなかった。声をかけられてから数秒遅れて、ようやく口を開く。 「僕は、お前を……」 「もしかして、俺を探してた?」 少しだけ表情を緩めた仗助はこちらに歩み寄り、露伴の隣に腰掛けた。距離が急に縮まり、心臓が跳ねるほど意識してしまう。 「さっき僕の家にミキタカが来て、仗助が落ち込んでるから行ってほしいと言われた」 「えっ、あ……未起隆の奴、変なこと言いやがって」 「全部、僕の勘違いだったようだ。ミキタカはお前に惚れてると思ってたからな」 「だからあんた、あんな取り乱してたのかよ」 「だっ、誰がそんなこと……!」 頬が熱くなるのを隠せずに声を荒げると、仗助の大きな手が露伴の頭を撫でる。まるで大人が子供を落ち着かせるような仕草で。互いの年齢からして立場が逆転している ので悔しかったが、あまりにも心地良すぎて拒むことができなかった。 「不安があるなら、俺にぶつけろって言ったじゃねえか」 「子供扱いするな! 僕はお前より年上だぞ!」 「そりゃ分かってるけど、あんたをほっとけないだけ」 誰に見られてもおかしくない公園で、頭を撫でるだけではなく肩まで抱き寄せられてしまう。これが男と女なら微笑ましくも見えるだろうが、男同士なので落ち着かない。 『好き』という言葉にはたくさんの意味がある。今まで深くは考えていなかったが、自称宇宙人に改めてそれを気付かされるとは思ってもみなかった。 確かに康一のことも好きだが、それは純粋な友情や尊敬の気持ちであり、決して性的な欲望が生まれることはなかった。逆に、すでに取り返しのつかないところまで来ている仗助との 関係とは全く違うものだ。 最初に抱いていた強い憎しみは、燃えるような独占欲へと姿を変えた。 「あんたを不安にさせた俺もすげえ馬鹿だった、好きになった相手は絶対に悲しませないって決めてたのにな」 「僕はお前にその気持ちを打ち明けてはいなかったんだ、悩む必要はない」 「そういう問題じゃないんだって、上手く言えねえけど」 露伴の肩を抱いている手の力が強くなり、更に身体が密着していく。きれいにまとまっていない言葉でも構わないから、今の仗助の気持ちを知りたい。そう思う反面、それを 聞いてしまったらますます仗助を独占したい欲望が強くなるかもしれない。 難しいことを言う人間ではないが、その性格と同じストレートな言葉はいつも胸に強く響く。 ひねくれている自分にはない部分に、どうしようもなく惹かれた。そんな仗助を慕い、周囲に集まってくる人間の気持ちが今では良く分かる。 「そういえば俺、喉渇いてんだよな。これから一緒にドゥ・マゴ行かねえ?」 「おい、何だ急に……」 「もしかして財布持ってきてない? 昨日小遣い入ったから俺が出してやるよ」 「何で僕がお前に奢られなきゃいけないんだ!」 財布を忘れたのは事実だが、間抜けだと思われるのが嫌で言い出せない。このまま露伴の自宅に連れていくのが1番の解決方法だと分かっていても、お気に入りのカフェに 行く気満々の仗助を、もはや何を言っても止められない。先に立ち上がった仗助に笑顔で手を引っ張られて、露伴も結局ベンチを立つ羽目になった。 この手に縋るのではなく、同じ速さで歩いていけたらこの心は更に満たされるだろうか。 そしていつか、自分の本当の気持ちを言葉にして伝えようと決意した。 |