プレゼント お前ら、明日のクリスマスって何か予定あんの? 「由花子さんがケーキとごちそう作ってくれるんだって。ふたりで過ごす初めてのクリスマスだから、どきどきしちゃうな」 「なんか、トニオの店で常連限定のパーティーやるらしくてよ、俺も招待されてんだよな」 ……きっちり予定入ってんじゃねえか、羨ましいことだな。 逆に俺の予定を聞かれたけれど、答えられずに目を逸らすとふたりから憐れみの目を向けられた。視線が痛い。こっち見んな。 別に相手が居ないわけじゃない、向こうの都合が悪くて誘いを断られただけだ。相手は自分で金を稼いで生活している社会人で、俺ら学生とは違って忙しい身分だからな。 そう自分に言い聞かせてみても、やっぱり寂しい。信者でもないのにキリストの誕生日で浮かれて馬鹿じゃないのか、と身も蓋もない言葉で切り捨てられてしまった。 あいつはそういう奴だ。分かってて告白して付き合ってるのは俺なんだから、今更考えを改めさせようとは思わない。 逆にクリスマスをすげえ勢いで楽しみにしてて、 俺に手作りのケーキまで用意してたら怖い。こちらは喜ぶどころか、何か企んでいるんじゃないかと想像してしまう。 今年もおふくろが美味いもんでも作ってくれるんだろうな。それだけを心の支えにして、いちゃいちゃしながら歩いているカップルを見かけては、ペンを握ってひたすら 漫画の原稿に向かっているあいつのことを胸に浮かべた。 この日は寄り道せずに、まっすぐ自宅に帰った。あいつの家に行っても今は仕事を理由に追い返されるからだ。 冷蔵庫から飲み物を出そうとした時、電話が鳴った。おふくろは学校から帰ってきていないので、面倒でも俺が出るしかない。 「はい、東方……」 『仗助か?』 「えっ、あんた」 『明日学校が終わったら僕の家に来い、いいな』 俺の言葉を遮るように、通話の相手は一方的に用件を押しつけると電話を切った。こちらの都合は無視かよ、本当に自分勝手な奴だ。 明日で2学期が終わって冬休みになるので、ようやくのんびりできる。それにしても明日に誘われたということは、仕事は一段落ついたんだろうか。 一緒に過ごしたい気持ちは今でも変わっていなかったから、突然のことでも正直嬉しい。用意していたプレゼントもいつ渡そうか悩んでいたところで、明日会えるなら ちょうどいい。あいつの単なる気まぐれだったとしても。 翌日の放課後、校門前に遠巻きに人だかりができているのに気付いた。何かあるのかと思い歩み寄った途端に、「僕は見せ物じゃない、散れ!」という鋭い怒声が上がる。 俺にとっては聞き覚えのあるその声に驚いたのか、集まっていた生徒達は一斉にここから走り去って行った。そしてその先に見えたものに、俺は少し驚いた。 停めてある白い外車に背を預け、両腕を組みながら立っていたのは露伴だった。相変わらずの高圧的な雰囲気を放っている。 露伴は俺の姿を見ると、ますます目つきを 鋭いものにした。 「遅いぞ! 何やってたんだ!」 「いや、これからあんたの家に行こうと思ってたんだけど」 「時間がもったいないんだよ、早く車に乗れ!」 そう言い放つとさっさと運転席のドアを開けて乗ってしまった。少し呆然としたものの、我に返って俺は慌てて助手席のドアを開けた。 僕の家に来い、と昨日電話で言ったのは間違いなく露伴のほうだった。まさか学校にまで迎えに来るとは予想外だ。今学期最後の担任の話を聞き終わってすぐに学校を 出たし、俺があそこまで怒られる理由はない。生徒達にじろじろ見られまくって、イラついていたのかもしれないけどな。 露伴の家に着くと、いつも通り客間に通される。ひとりで数分待った後で露伴が戻ってきた。 「あ、そうだ。俺あんたにプレゼント持ってきたんだぜ」 「……プレゼントだと?」 俺は鞄の中から包装紙に包まれた箱を取り出して、露伴に手渡した。ちょうど、こいつが漫画を連載している雑誌くらいの大きさの箱だ。 露伴はこちらをちらりと見た後で、包装紙を丁寧に開けていく。気性の激しい性格からしてもっと雑に破くかと思っていたけれど、意外に几帳面だと思った。 開けた箱の中には、それぞれ1回分ずつ袋に入っている入浴剤が敷き詰められている。香りは甘いものから爽やかなものまで、色々な種類が楽しめるやつだ。 「ずっと机に向かってたら疲れるだろ……風呂にゆっくり浸かって、たまには休んでくれよ」 付き合っている普通の男女ならアクセサリーの交換なんかするだろうが、露伴の場合は身に付けるものに自分なりのこだわりがありそうだし、俺が勝手に選んで渡すのは 危険だと思った。一体どこで買ってくるんだよ、そのイヤリングは。俺は色んな店に行ってるけど、そんな形のやつ売ってるの見たことねえぞ。 入浴剤なら同じものを持っていても使ってしまえば後に残らねえし、今は寒い時期だから俺的にはいいプレゼントだと思ったんだけどな。 「ふん、僕を労わっているつもりか? 調子のいい奴だな」 「あんまり高いもんじゃなくて悪いけど」 「わざわざ値段の話を持ち出すな、そんなものはどうでもいい」 これは貰っておく、と言って露伴は再び箱の蓋を閉めた。あまり喜ばれていない気もするが、一応受け取ってもらえたようで安心した。 こいつのために選んで買ったものだから、無駄にならずに済んだ。 一瞬だけ、この入浴剤を入れた風呂に浸かっている露伴の姿を思い浮かべてしまった。首筋を滑り落ちていく雫、ほんのりと温まった身体。昼間からそんな妄想をして しまった自分が情けない。しかも本人を目の前にして。いくら好きでも、これじゃまるで変態だ。 「手、出せよ」 「え?」 「早くしろ」 露伴の言うとおり手を出すと、何かを押しつけられた。手のひらに納まるくらいの白い箱だ。開けるように言われて従うと、中に入っていたのは青く透明な、 小さな宝石のピアスだった。 蓋の裏には、よくテレビのCMで見かける有名な宝石店のロゴがさりげなく刻まれている。 下世話ながら、値段を想像してぞくぞくしてしまう。 「何だその顔は、嬉しくないのか?」 「いや、なんていうか、これ本当に俺が貰っていいのかって」 「この僕からのプレゼントだぞ、有り難く受け取れよ」 俺はその箱を手に乗せたまま、胸の底から生まれてきた感動に震えた。あの露伴が、俺のために選んでくれたプレゼント。嬉しくないわけがない。 普段は高慢で大人げないところもあるが、こういうたまに見せてくれる優しさがたまらない。好きだ。 自分が今付けているピアスを外すと、蓋の空いた箱を露伴に差し出す。 「せっかくだからよ、このピアス……あんたが俺に付けてくれねえか」 「な、何言ってるんだ!」 「最初だけでも、そうして欲しいんだよ」 正面のソファに座っている露伴の目をじっと見つめながら俺が言うと、盛大にため息をつかれてしまった。呆れたような諦めたような、表情からしてそんな感じだった。 露伴は箱の中のピアスを取り出して、俺の耳に手を伸ばしてきた。ふたりきりの部屋で近くなる距離を、強く意識してしまう。 俺にとってこれ以上ないくらいの、最高のクリスマスだった。 |