純情主義/前編





炎上マーケティングってやつじゃよ、と目を細めてそう言い放った老人の意図が読めずに仗助は戸惑った。
深夜の歌番組に出ることも稀で、小さなコンサート会場すら空席が目立つ。最近までの自分達は、そんなマイナーなアイドルグループだった。
しかしグループの顔的存在で、デビューからセンターポジションを務めてきた承太郎が卒業したのをきっかけに全ては急変した。承太郎の穴を埋める次期センターについて、 ファンの間では仗助を推す声が高まっていた。確かに今までは承太郎に近い目立つポジションで歌っていたが、自分にグループの顔になれる器があるとは思えない。
そんな中、総合プロデューサーであるジョセフが新しいセンターとして選んだのは、グループ内でも相当の曲者で知られている露伴だった。
まともに恋愛すらした経験のない仗助とは真逆で、露伴は同性異性問わず複数の相手との噂が絶えず、アイドルとしては致命的なスキャンダルの匂いを常に漂わせている。
それをカバーしているのが他メンバーを圧倒するほどのパフォーマンス能力で、特にきわどい衣装で腰を揺らす動きがたまらないというファンも多い。実際仗助から見ても、露伴は自身の魅せ方がメンバーの誰よりも上手い。
そして先月、初めて出演したゴールデンの歌番組で露伴がやらかしてしまった。歌う前のトークで司会者に新センターとしてのコメントを求められた時、

『ぼくがセンターになってから、不満を垂れ流す奴が増えてるんだよな。そんなに嫌なら見なきゃいいんだよ』

メンバーだけでなく他の共演者達やスタッフを凍りつかせた露伴の大胆発言は、全国ネットの生放送でしっかりと流れてしまった。これをきっかけにグループの存在も名前も、今までとは比べ物にならないほどの勢いで広まった。
それと引き換えに露伴には大勢の強烈なアンチが生まれたわけだが、本人は全く気にしていないらしい。それどころか、叩かれるのがセンターの宿命なのだと開き直っている。

「仗助くんはつまり、自分がセンターになっていたほうが良かったというわけかの」
「いや、そうじゃなくて……承太郎さんの立ち位置を継いだんだし、あいつにはもっと」

書店で見かけた週刊誌の記事には、

『新センター岸辺露伴が早くも俺様全開!「嫌なら見るな」にファンも騒然』
『関係者が本誌だけに明かした、爛れた私生活…売れない時代から露伴は肉食系だった』

という過激な見出しが付けられていた。
どうやって調べたのか分からないが露伴の恋愛遍歴までえげつない書き方で晒され、こんな調子ではいつか露伴は潰されてしまうのではないか。 そんな仗助の不安をよそに、ジョセフは今後も露伴をセンターとして推していく方向だという。

「君の言いたいことは分かるが、あれからテレビに出る機会も増えた。どんなに逸材揃いのグループでも、まずは知ってもらわないと始まらない。そうじゃろ?」
「あいつはその人柱ってわけかよ」
「広告塔という表現が正しいのう。あの子のおかげで他のメンバーも注目されて、仗助くんのソロ仕事も決まった。全てわしの計画通りに進んでいる、順調じゃよ」

仗助はそれ以上何も言えずに事務所を出た。もしジョセフが露伴以外の者をセンターにしていたら、自分達のグループは前と変わらずマイナーな存在のまま平行線をたどり、レコード会社との契約も切られていたかもしれない。
しかし胸の奥で渦巻いたまま消えない、このもやもやとした気持ちの正体は何なのだろう。CDも売れて、ジョセフの言うとおり上手く行っているように見える。それなのに。
廊下の向こうから足音が聞こえてきて、仗助は顔を上げた。引き締まった腹や鎖骨を惜しげもなく晒し、海外ブランドのバッグを持った細身の青年がこちらを見ている。

「偶然だな、ここで何してるんだ」
「何って、その」

露伴の視線が仗助の手元に移った。丸めて持っているのは先ほどジョセフにも見せた、例の週刊誌だ。隠そうとしたが遅く、あっさりとそれを露伴に奪われてしまった。
そして中身を流し読みした後、露伴は呆れたようにため息をつく。

「相変わらず低俗な雑誌だな。まあ、ぼくの名前を広めてくれるのは有り難いけど」
「あんなこと書かれて平気なのかよ……男にも手を出してるなんて噂、ひどすぎるだろ」
「噂なんかじゃないさ」

週刊誌を床に投げ捨てた露伴が仗助を壁に追い詰める。薄く笑いを浮かべる唇、そして首筋にはよく分からない小さな痣があった。誰かに吸われたのかと思い、胸騒ぎが止まらない。

「いいか仗助、真面目でイイ子なだけじゃダメなんだ。この世界はね」
「……露伴」
「承太郎さんはぼく達のセンターを完璧に務めていた。でもね……たくさんの人にもっと知ってもらいたい、売れたいという欲が足りなかったんだよ」

唇が触れそうな距離まで接近されたが、重なることはなかった。
ファンの前では余裕と色気のあるパフォーマンスを見せる露伴が、仗助の知らないところで実はとんでもない苦労や屈辱を味わっているかもしれない。 承太郎が卒業する前までの知名度からすれば、センターが変わっただけで突然ゴールデンの歌番組に出られること自体が不自然だ。芸能界によくある、薄暗い取引を想像してしまう。
仕事以外の場所では交わることのない露伴は、まだ謎の部分が多すぎる。彼が仗助と入れ替わりでジョセフのいる部屋に入った後も、迫られた時に漂った濃密な香水の匂いはまだ残っていた。




後編→

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2012/9/29