思い出の見せる夢は/前編 「何で、っていう顔じゃな」 小さい頃によく遊んだ記憶がある、古びたジャングルジムに背を預けて立っている男が、こちらを見ながらそう言った。 「理解しろって言うほうが、無理があるぜ」 承太郎の目の前に居るのは確かに祖父のジョセフだが、その姿は現在のものではなく、高校生の頃に母親を救うためにエジプトへ向かったあたりの年齢のジョセフだった。 今の承太郎は28歳なので、この状態は有り得ない。多分夢だろう。誰かのスタンドが悪さをしていない限りは。 「何のために俺の前に現れた?」 「……そのうちお前は、わしを求めるようになる」 男の指先がこちらに向けられる。言葉の意味が分からず、承太郎は眉根を寄せた。 「お前がわしに会いたいと思った頃に、また来るよ」 おかしな夢を見た。まるで現実に起こったことのように、生々しく記憶に残っている。 あの男に会いたいと思う日は来るのだろうか。どうせ夢の中で起こったことだ、気にする必要はないのだと、そう思っていた。 今日の夜までは。 「もう寝るところだったら、悪かったな」 「構わんよ、ゆっくりしていきなさい」 夕食からしばらく経った頃、承太郎はジョセフの部屋を訪れた。ベッドのすぐそばでは、この前ジョセフが連れてきた透明の赤ん坊が大人しく眠っている。 承太郎がソファに座ると、テーブルを挟んだ向かい側にジョセフも腰掛けた。 エジプトに行った時に比べると、明らかに老けこんでしまったが、今でもジョセフに対する気持ちは変わっていない。 結婚して、娘まで生まれた。それでも時々思い出す。あの旅の最中にジョセフと、他の誰にも言えない許されない関係になったことを。 自分から気持ちを打ち明けて望んだ関係だ、後悔はしていない。ずっと欲しかったものを手に入れて、心の底から満たされた。 日本に戻った後も、しばらくは周囲の目を盗みながら触れ合うという日々が続いたが、承太郎が高校を卒業して環境が変わり、やがて結婚を機にそれまでの関係は終わった。 本来ならば正しい関係である普通の祖父と孫として、接するようになったのだ。 しかしこうして家族と離れて日本に居るうちに、あの頃のことがよみがえってくる。 だからあんな夢を見るのか。 向かいのジョセフと目が合った。ジョセフは昔のことなど忘れてしまっているだろうか。 「なあ、じじい。そっちに行ってもいいか」 承太郎がそう尋ねると、ジョセフはそれまでの穏やかな表情を消して、急に真顔になった。それを見て胸騒ぎがしたが、更に続ける。 「もっとそばに行って、話をしても……」 「承太郎」 まるで話を遮るような固い声で、名前を呼ばれた。 「まだ引きずっているのか、あんな昔の戯れを」 「俺は、まだ何も」 「聞かなくても分かる。お前が今わしを見ている目は、あの頃と同じものだからな。何かを欲しがっている、子供の目じゃ」 違うのか、と問われて承太郎は口を閉ざす。ジョセフは深いため息をつくと、 「もう、あの頃には戻れないんじゃよ。わしは身体が弱って、お前は大人になった。戻れないのなら、前に進むしかない。いつまでも思い出にすがるのはやめなさい」 ジョセフの部屋を出て、閉めたドアにもたれかかる。 あれから自分の中を探しても、探しても、ジョセフにぶつける言葉は見つからなかった。 ただ、そばで話をしたいだけだと言っても、おそらく信用されなかった。 ジョセフは全て見抜いていた。昔のように求めようとしていた、こちらの本心を。 足に力が入らなくなり、承太郎はそのまましゃがみこむ。何と言われても、忘れられるはずがない。あの頃に与えられた言葉も痛みも優しさも、消えずに残っているのに。 夢に出てきたあの男のことを思い出した。この心を癒して、満たしてくれるのなら夢でも幻でもいい。 今すぐにでも、会いたい。 |