遠い世界から/前編 学校近くの公園で、ひとりの青年が寝転がっていた。 学ランと帽子を身に着けた体格の良いその青年は、仗助の知っている人物に驚くほど似ているが、兄弟が居るという話は聞いていない。 それでも気になってしまうのは何故だろうか。 青年はなかなか目を覚ます気配がない。申し訳ないと思いながらも、その寝顔を見つめていると青年は突然目を開き、勢い良く身を起こす。 そして険しい表情で辺りを見回した後、 「ここはどこだ? あの野郎、おかしなところに引きずり込みやがって。じじいや花京院は?」 目を覚ましたかと思えば訳の分からないことを言い始め、仗助は困惑した。 危ない人間ではないかとも思い、早くここから立ち去った方が身のためだという警告がどこからか聞こえてきた。 「……おい」 「えっ?」 「ここは、どこだ」 青年は先ほどのひとりごとと同じ言葉で問いかけてくる。逃げ遅れた、と仗助は密かに思いながらも、青年が向けてくる鋭い剣幕には勝てなかった。 「杜王町、ですけど」 「もりおう、ちょう……? DIOの屋敷の廊下から、こんなところに放り出されるとはな。やれやれだぜ」 再び青年が口走った訳の分からない話の最後に出た一言を、仗助は聞き逃さなかった。 この顔立ちといい口癖といい、何もかもがあまりにも似すぎている。一緒に居るだけで誇り高い気持ちになれる、血の繋がったあの人に。 もしかすると、学生の格好をした本人ではないか。そんなありえない考えが浮かんでしまう。 これまでの、意味不明すぎる発言の数々を除けば。 「承太郎、さん?」 仗助の小さな呟きに、青年は眉根を寄せる。 「てめえ、何で俺の名前」 「えっ、やっぱり承太郎さんなんですか!? でも今日は何かおかしいっすよ……学ランなんか着て。それに、俺のこと初めて見たって顔してるし」 「高校生が学ラン着てて、そんなにおかしいか。それに俺には、てめえみてえな変な髪型の知り合いは居ねえ」 それを聞いた途端、仗助の中で何かが切れた。 「今、俺の髪型のことバカにしやがったな……?」 怒りに支配された仗助が自らのスタンドを出すと青年は目を細め、肩を揺らして笑った。 「てめえもスタンド使いか、なるほどな。じゃあ、遠慮なくやらせてもらうぜ」 ゆらりと立ち上がった青年の背後に浮かび上がったものを見た仗助は、驚きで目を見開いた。 そして次の言葉を発する間も与えられないまま、仗助は腹や顔面に受けた強い衝撃で吹き飛ばされた。 意識を失う寸前、自身を高校生だと主張した学ラン姿の青年のそばにスタープラチナが居たのを、仗助はこの目で確かに見ていた。 目を覚ますと、仗助はいつの間にかベンチの上に寝ていた。殴られた頬がまだ痛い。 痛みがあるということは、先ほどの出来事は現実だ。スタンドのスタープラチナが何体も存在するわけがない。やはりあの高校生は承太郎だったのか。 仗助の知っている承太郎よりも気性が荒く、目つきも鋭い。初対面で酷い目に遭わされているのに、何故か憎む気にはなれなかった。 それはきっと、仗助のことを知らなかったなどの違うがあるとはいえ、承太郎と同じ匂いを感じたからだ。 すでにここから姿を消している青年のことを思いながら、仗助はベンチに横たわったまま再び目を閉じた。 駅前を歩いていた時、突然出くわした相手を見て仗助は思わず「うわっ!」と声が出た。 「……またてめえか。化け物でも見たような反応しやがって」 歩きながら口に咥えていたと思われる煙草を指に挟んだ、学ラン姿の青年がこちらを睨んでくる。 先ほど、仗助はこの青年にスタンドの力で殴り飛ばされた。その痛みは今でもはっきり、記憶に焼きついている。 しかも信じられないことに、彼のそばに現れたのは承太郎のスタンドであるスタープラチナだった。 名前もスタンドも全く同じだが、この青年は仗助のよく知っている承太郎ではなかった。 彼の正体がますます気になってきた。あれだけ痛い目に遭わされたのに、それでも自分はこの青年に関わろうとしている。 「あなたは、どこから来たんですか」 仗助を置いて、ひとりでどこかへ行こうとする青年の後を早足で追いながら問いかけた。 「言ってもどうせ、てめえは信じねえよ。俺自身ですら、一体どうなってるのか把握できてねえんだ。これからどうすればいいのかも分からねえ。だからもう、俺に構うな」 まるで切り捨てるような青年の言葉に仗助は呆然としてしまったが、すぐに再び口を開いた。 「俺にもよく分かんねえけど、あんたのことほっとけねえんだよ! 何か困ってんなら、ちゃんと話聞くから……ひとりで悩むなよ!」 今までまだ誰にもしていなかった告白のような勢いで、仗助は青年に訴えた。そして我に返った途端、急に恥ずかしくなる。 赤面しながら俯く仗助を、青年はしばらく何も言わずにじっと見ている。 正直、本当に青年の力になれるかどうかの自信はなかったが、このまま全てを忘れることはできない。 もしかすると、あのホテルに居る承太郎に相談すれば、何か良い方法が見つかるかもしれない。 その前に、どこか落ち着ける場所でゆっくり話を聞こうか。ふたりきりになれる場所、という考えが浮かび、その意味深な響きに仗助は内心で動揺していた。 「……おい、てめえ」 「え、あ……はい!?」 「ろくでもねえツラで、ろくでもねえことを考えてやがるのか」 冷めた目でこちらを見ている青年の言葉は酷いものだが、それを否定できないのが辛い。 「でもまあ、嫌いじゃねえぜ。てめえのツラは」 無遠慮に向けられた青年の指先と、かすかな笑み。それらにどうしても承太郎の面影を重ねてしまう仗助はまだ、冷静にはなれそうもなかった。 |