Again/1 「露伴、メニューを取ってくれ」 承太郎さんのその一言で僕は、場の空気が変わったのを全身で感じてしまった。 僕の正面に座っているジョースターさんは何事もなかったように微笑んでいるが、問題は斜め向かいの仗助だ。 承太郎さんの言葉なら常に何ひとつ聞き逃さない勢いの仗助が、大人しくスルーできるはずがない。予想通り、呆然とした表情で承太郎さんを見つめている。 どうぞ、とメニューを手渡す今の僕の顔は引きつっているに違いない。多分。 そもそもどうしてこういう状況になったのかと言えば、いつも行っている本屋で偶然見かけたジョースターさんに声をかけた少し後に、承太郎さんと仗助が揃って登場した。 どうやらジョースターさんは孫や息子と共に本屋に来たようで、何だかんだで近くのファミレスで食事をすることになったのだ。今となってはジョースターさんの、 『君も一緒にどうじゃ?』という誘いに乗らなきゃ良かったと後悔している。 「どうした仗助、具合でも悪いのか」 「その、露伴とずいぶん仲良くなったんすね……前はそんな呼び方じゃなかったのに」 「お前も同じように呼んでいるだろう」 僕から受け取ったメニューを開きながら、承太郎さんはあっさりと答える。 いや、呼び方が最初から同じだった仗助と途中で変えたあなたじゃ、印象が全然違う んですよ。いかにも何かありましたと語っているようなものだ。 実際には、何かあったどころではないのだが。 仗助の視線が、今度はこちらに向けられた。あまりにも鈍感な承太郎さんから、これ以上色々と聞き出すのは無理だと思ったのかもしれない。 僕は話したくない、絶対に話さないからな。そんな気持ちを込めて、仗助から目を逸らすと手元のコップの水を飲み干した。 「あいつ、絶対おかしいと思いましたよ」 『あれくらいじゃ、ばれねえだろ』 その日の夜にかけた電話でも、承太郎さんは面倒事を引き起こした自覚が全くないようで、僕はソファに腰掛けながら深く息をついた。 まあ、分かっている。名前で呼んでほしいと頼んだのは僕だということは。しかしふたりきりの時ならともかく、ああいう場面でも普通に呼んでくるとは思わなかった。 僕がわがままなのだろうか。言わなくても気を遣ってくれると、勝手に思い込んでいたのは。 僕達の関係を、仗助に知られるのは厄介だ。父親だけでなく、年下の甥まで不倫をしていると知ったら黙っていないはずだ。しかも相手は、仗助にとって好ましくない 存在であるこの僕だ。発狂してもおかしくない。 とにかく僕達の関係は、他人に堂々と言えるものではないのだ。長引くほど、そして深くなるほど、傷付いた時に立ち直れなくなる。 これから何がきっかけで傷を負うか分からない。 ……それでも、僕は。 電話の子機を握り締めると、再び承太郎さんの声が聞こえてきた。 『そういえば昨日、あんたの夢を見た』 「僕の?」 唐突に話を変えられてしまったが、興味が湧いて食いついた。人の夢に出た自分はどんな感じなのか、しかもそれを見たのが承太郎さんなら、ますます気になる。 もしかすると前に僕が見たような、いかがわしい夢かもしれない。少し不安だ。 『あんたが俺の前で、ずっと泣いている夢だった』 予想外の内容で驚いた。まさか僕が人前で涙を流すなんて、考えられないことだ。子供じゃあるまいし。初めて承太郎さんに抱かれた時に、気持ち良すぎてうっかり涙が 出た記憶はあるが、あれはノーカウントだ。 「なんか、恥ずかしいですね」 『そうか?』 「人前で泣くなんて……みっともないですよ」 できればその夢が現実にならないことを願う。どうなっても涙は見せたくない。 『……そろそろ切るぜ』 「分かりました、おやすみなさい」 『またな、露伴』 最後に名前を呼んで、承太郎さんは電話を切った。昼間にファミレスで呼ばれた時は冷や汗ものだったが、今はどきどきしてしまう。 何度聞いても、その甘い響きには未だに慣れない。 |