Again/3 あれから僕と承太郎さんは、会うたびにセックスをするようになった。 今までのようにふたりで外に出かけるよりも、どちらかの部屋で過ごすことが多い。狭い世界の中で僕達は触れ合って、時間が経てばそれぞれ 自分が住む場所に戻っていく。濃密な承太郎さんの気配や精液の匂いを感じて、僕は彼と離れるのが辛くなる。 前日の電話では久し振りに出かける約束をしていたのに、ホテルに迎えに行った僕は承太郎さんの胸にしがみついて誘う。帽子もコートも身に着けて準備を終えている彼は、 約束はどうしたんだと眉をひそめて問いかけてきたが、僕に離れる気がないと分かるとそのままベッドに連れて行ってくれる。一瞬だけ胸を刺した罪悪感も、ベッドに身体 を沈めるとあっけなく消えていった。 セックスを覚えたばかりの僕は、その行為にすっかり溺れていた。相手が承太郎さんだからなのか、それとも気持ち良いことが好きなのか。やっぱり前者だと思いたい。 逞しい身体も、低い声も、全部好きでたまらなかった。 バス停に向かうと先に並んでいる奴が居た。制服姿の仗助だ。できれば会いたくなかったが、僕はこれから来るバスに乗らなくてはならないので仕方がない。 横に並んだ僕を見て何か言いたそうな表情をしていた仗助は、しばらくしてようやく口を開いた。 「なあ、あんたって承太郎さんとはどういう関係なんだよ」 「別に。ただの知り合いだ」 「……本当かよ」 「しつこいぞ」 本当のことを言うわけにはいかず、僕は嘘をついた。実は何度もセックスをしている、と言ったらこいつはどんな顔をするだろうか。 「お前こそ何だ、承太郎さんのことが好きなのか?」 「んー、なんつーか……俺はあの人のことを人間として、いや、男として尊敬してるって感じだしよ。恋愛の意味になっちまったら、 向こうは奥さんも子供もいるからほら、アレだろ……」 こいつが言っているアレというのはまさしく僕が今しているやつのことだ。はっきり言えよ不倫って。言いにくいのか、微妙に濁されているのがイライラする。 さっきまでは生意気なことを言っておいて、承太郎さんの名前を出した途端に顔を赤くしてもじもじし始めた。気持ち悪い上に腹立たしい。お前は少女漫画の主人公か? 外見に似合わず純情ぶっているところも気に入らない。 もし仗助が承太郎さんのことを僕と同じ意味で好きになったとしても、男同士で不倫で更に血縁という、僕よりきついハンデがついている。しかもジョースターさんの ように長年一緒に過ごしてきたわけではなく、16年間存在すら知らなかった親戚。時間をかけて積み重ねてきたものなんか、何もない。 今まで散々悩んできたが、こいつより僕のほうがずっとマシじゃないか。 「まあ、したいなら勝手に想像しろよ。あの人と僕は、本当はいかがわしい関係かもしれない。だとしたらお前はどうする?」 「露伴、あんた……」 「悔しかったら僕から承太郎さんを奪ってみろよ、できるものならな」 例え話のふりをして、仗助を本気で挑発する。一段落ついたところでバスが到着したので、僕は表情を凍りつかせたまま動かない仗助の前を通り過ぎ、先にバスに乗り込んだ。 発車してもとうとう乗らなかった仗助は、バス停のそばから僕を鋭い目で睨んできた。 遊園地で他の客に撮ってもらったという写真は、誰が見ても幸せな雰囲気に満ちていた。 そんな康一君と由花子のツーショット写真を手に取って眺めていると、笑顔のふたりがやけに眩しく思えた。周囲の皆が認める恋人同士。本物だ、と今更ながら感じる。 町で見かけて声をかけた康一君は、写真屋の帰りだったらしい。喫茶店に誘うと、店員に飲み物などを注文した後で紙袋を取り出し、中に入っていた数枚の写真を見せてくれた。 それらは全て、康一君が由花子とデートをした時に撮ったものだった。 「途中で雨が降ってきちゃったんですけど、一緒に雨宿りしている間も話が盛り上がって……由花子さんと、もっと仲良くなれました」 「そうか、良かったじゃないか」 「今度は海に行く約束をしたんです。手作りのお弁当も作ってくれるって」 康一君は表情を緩めながら、パフェに乗っているアイスクリームを口に入れた。 約束、という言葉に僕は胸が痛くなる。承太郎さんとどこかへ行く約束をしていたはずが、実際に顔を見ると欲情してしまい、結局はベッドの上で過ごすという流れは1度や 2度の話じゃない。全部、僕のせいだ。 本当に僕は、あの人とセックスばかりしていて満足なのか? 酔って迷惑をかけたとはいえ一緒に行った居酒屋も、水族館もカフェも、まるで遠い昔のことのようだ。 ふたりで行った公園で見た、胸の奥まで照らすような鮮やかな夕焼けの色も、今では薄れかけている。それがここで初めて寂しいと思った。 「こんな格好で、すみません」 僕はそう言いながら玄関のドアを開けて、外に立っていた承太郎さんを迎え入れる。 風呂から出て髪を乾かしていると、承太郎さんから電話がかかってきた。近くまで来ているので顔が見たいと言われて、断る気にはならなかった。バスローブ姿のままだが、 何度も身体を重ねた仲の彼が相手なら良いかと、何となく思ったのだ。 しっかりと乾かしきっていない髪から流れた水滴が、僕の首筋から背中のほうへと流れ落ちる。それが少しくすぐったくて、濡れた首筋を指で拭い取った。承太郎さんの視線 を感じる。 「僕、ずっと考えていたんです。贅沢かもしれないけど、あなたとの思い出をもっとたくさん作りたいって。また前みたいに色々なところに行って……」 まだ話が終わっていないのに、それを遮るかのように承太郎さんの手が背後から伸び、バスローブで隠されている肌に触れてきた。指先で摘まれた乳首がすぐに硬くなる。 「っ、は……!」 「俺との思い出なら、今からここで作れるじゃねえか」 「違う、僕は」 「やりたがっていたのは、お前だろうが」 この人の口からは聞いたことがない、残酷な言葉。冷たい声。 どう言えば分かってもらえる? 都合が良すぎると分かっていても、伝えたい気持ちを。本当に僕が欲しかったものを。一体どうすれば。 乳首を軽く引っかかれたり摘み上げられているうちに、勃起した僕の性器がバスローブを突き上げていく。こんな状態では何を言っても、説得力のかけらもない。 どれだけの代償を払えば、全てをやり直せるのだろう。 一緒に居るだけで満たされて、キスすら上手くできなかった、あの頃に。 |