ダメージ/1





クリスマスイヴもその翌日も、ぼくは店に来た客とセックスをして過ごした。
要望によっては目隠しをした客の身体を貪った。もちろん別料金で。中には2日続けてぼくを指名してくる奴もいて、普通なら恋人や友達、または家族と過ごすはずの日にまでこの店に来るなんて、こいつは寂しいんだなと思った。 そんな連中を同じ日に店で迎えているぼくも、人のことは言えない立場だが。
この仕事を始めて約2年になるが、ぼくはまだ20歳になったばかりなので、あと数年はここで稼げそうだ。
高校を卒業して何もせずに毎日を過ごしていくうちに、興味本位で飛び込んだのがこの仕事だった。ゲイ向けの風俗店。噂には聞いていたが、まさか本当にあったとは。 それまで男とセックスした経験はなかったが、いざ始めてみるとなかなか刺激的で面白い。客はぼくと同じ歳くらいの奴もいれば、中年から更に上の年代まで様々だ。
店に来た時の格好や雰囲気から、会社では高い地位にいるであろう男が、ぼくに覆い被さって夢中で腰を振る姿は滑稽だった。 こんな経験、普通の生活では絶対に味わえない。


***


『もしもし露伴ちゃん、久し振り……しばらく会ってなかったけど元気かなって思って。無理してない? 身体を大事にしてね。それから』

留守番電話に録音されていたメッセージを、全て聞かずに消去する。独り暮らしの狭い部屋が急に静かになり、ぼくはようやく上着を脱いだ。
歳の離れた幼馴染の鈴美は、ぼくが今やっている仕事に最後まで反対していた。小さい頃、画用紙にクレヨンで描いた絵を見せながら鈴美に言っていたらしい『将来は漫画家になりたい』 いう言葉を、ずっと素直に信じていたようだ。風俗店の面接を受けた後、『露伴ちゃんは漫画家になるんじゃなかったの?』と真顔で問い詰めてきた時は、もうほっといて くれとしか思わなかった。大きなお世話だ。
クローゼットの奥にしまってある、描きかけを含めた原稿や大量のスケッチブックの存在を思い出す。早く処分しなければ。捨てようとしても、結局は毎回できずにいる。いっそ 燃やしたほうがいいのか。
昔抱いた夢ごと灰にして、跡形もなく消してしまいたい。


***


すれちがった誰かと肩がぶつかり、直前まで気を緩めていたぼくは地面に膝をついた上に、持っていた紙袋を手放してしまった。

「おいお前、どこ見て歩いて……」

散らばった紙袋の中身を拾い集めながら顔を上げた途端、ぼくは息を飲んだ。真っ白なコートと同じ色のズボンを身に着けている、長身で逞しい男だった。日本人離れした、 美しい色の瞳に見入ってしまう。

「悪いな、立てるか?」

差し出された大きな手に触れると、強い力で引っ張り上げられた。向かい合った男と顔が近くなる。今まで知らなかった不思議な感情が生まれて、広がっていく。用を済ませて 離れていった手が名残惜しく思えた。
ぼくが余韻に浸っているうちに、男は再び身を屈めて何かを拾う。手にしているのは1枚の紙。先ほど地面に散らばった時、拾い損ねたものだ。

「これは、あんたが描いたのか」
「だいぶ前ですけど」
「すごいな、素人じゃねえだろ。これは」

紙を見つめながら深く息をついた男の言葉に、ぼくは我に返るとそれを強引に奪い取る。
それまでの淡い感情が嘘のように消え失せていた。

「何も知らないくせに、いい加減なことを言うな!」

男が再び口を開こうとしたので、それを聞きたくなくてぼくはこの場を走って離れた。追いかけてくる気配はなく、何故か複雑な気分になる。急に怒りだしたぼくを気にかけて、 追ってくるとでも思っていたのだろうか、バカバカしい。名前も知らない、店に来る客のように身体を重ねたわけでもない、そんな男のことをこんなにも。
あの手から奪い取ったのは、高校時代に初めて雑誌に投稿した漫画の中の1ページだ。
女の子のキャラクターに魅力がないだの、こういう話は読者が喜ばないだのと散々な評価を受けながらも、自分では気に入っていた。 これ以上のものはなかなか描けないと思い込むほどの、かなりの自信作だった。結局落選したが。
手に持っている紙袋には、今まで描いた全ての原稿とスケッチブックが詰まっている。これらを人気のないところで火を点けて燃やすつもりでいた。
しかし、いつの間にか足は止まったまま動かない。ぼくの描いた原稿を見つめる、あの男の真剣な表情が今でも頭から消えずに残っている。
ちらちらと降り始めた雪が手の甲で、すぐに溶けていく。仕事とは無関係の状況で繋がった温もりが、どうしても忘れられない。




2→

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2011/12/28