愛にピアス/2 重ねていた唇が離れた後、承太郎の指が露伴のピアスに触れてくる。 ホールが完成するまで一ヶ月は外すなと言われた通り、あれから開けた部分を清潔に保ちながら過ごしてきた。自由に外せるようになったら、今までのイヤリングをピアスに 改造して着けようと思っていたが、ピアッサーに内蔵されていたファーストピアスが偶然承太郎と同じ色だったことを思うと、このままでもいいかもという気分になる。 色について突っ込まれてはいないが、一緒にいる時に視線がそこに向けられていると意識してしまう。 「承太郎さんって、いつからピアスをしているんですか?」 「高校入った後に開けた、家にあった安全ピンでな」 「思い切ったことしますね……」 「面倒くせえのは嫌いなんだ」 やはりピアッサーを使ったのは初めてだったらしい。それでもあの状況で、両耳とも正確な位置を狙えるとはさすがとしか言いようがない。 開けられた時のことを思い出していると、ベッドに押し倒された。途端に頭の中は、欲情に満たされる。まるで逃さないと言わんばかりに、覆い被さってくる承太郎と目が合う。 深い意味も無しにその唇に触れると、熱い息が生々しく絡まった。軽く吸われる指先を、露伴は甘い気分に浸りながら眺めた。 「あれっ、あんたピアスにしたのかよ」 買い物帰りに偶然会った仗助が、露伴の耳を見て少し驚いていた。この前までは頑なに同じイヤリングしか着けていなかったせいか、違和感があったようだ。 あまり深く追求されたくなかったので先を急ごうとしたが、どういうつもりなのか仗助は早足気味についてきて隣に並ぶ。 「気が変わったんだ」 「へえ……そういえばそのピアスの色、承太郎さんと同じだよな」 仗助には、承太郎との関係を知られていないはずだ。そう思っていたが、何気ない調子で仗助が口に出した言葉は露伴の感情を乱した。実際に聞いたわけでもないのに、承太郎さんと 何かあるんじゃねえの、と責められている気分になった。明らかに考えすぎだが、一度思い込んでしまうとなかなか抜け出せなくなる。 「ただの偶然だ、あの人とはおかしな関係なんかじゃない!」 「別に俺、そこまで言ってねえだろ?」 「僕に構うな、ほっといてくれ!」 声を荒げると、かえって墓穴を掘ってしまったらしい。仗助は呆然とこちらを眺めた後、隠しているものを探るような視線を向けてくる。修正できないほど気まずい空気の中、 ふたりに何者かが近づいてきた。 「こんなところで、何を騒いでやがる」 「……承太郎さん!」 そばに現れた背の高い男を見て、仗助が名前を呼んだ。露伴は無言でその横顔を見つめる。承太郎は向かい合っている仗助と露伴へ交互に視線を走らせると、 「仗助、これから俺に付き合え。行きたいところがある」 「え、あっ、分かりました」 そう答えた仗助が急に大人しくなると、承太郎が露伴に手を伸ばしてくる。ごつい指が耳に、そしてピアスへと動いた。それまで荒んでいた気持ちが、嘘のように穏やかになる。 「邪魔したな、先生」 仗助の前だからか、下の名前では呼んでこなかった。しかしこんなふうに触れてくるのはまずいのではと、目を伏せながら思う。 承太郎に促されてこちらに背を向けた仗助は、歩き始めた後に肩越しに露伴のほうを見た。その視線は鋭く、どうやら不安は的中したようだった。 吉良の件が解決して、承太郎がアメリカに帰る前夜にも部屋を訪れて身体を重ねた。こうして会えるのは今日で最後だと思うと、終わった後も離れていたくなかった。 しかし承太郎のほうは普段通りで、別れを惜しむ言葉もない。ベッドに腰掛け、こちらに背中を向けながら煙草を吸っている。 シーツに残った情事の匂いは、時間が経つごとに薄れて消えていく。それはまるで、明日からの自分達を示しているように感じる。最初から分かっていたはずだ、これは恋愛 でも何でもない。本気になっても辛いだけの一時的な戯れなのだと。それでもここまでのめり込んでしまったのだから、どうしようもない。 ちょうど良い機会だ、僕達も終わりにしましょう。そう言ってここで断ち切るのが一番正しいのかもしれない。家庭を持っている男を相手に、これ以上何かを求めても空しいだけだ。 これからは全てを仕事に捧げて生きて行けばいい。漫画を描き続けていれば、きっと忘れられる。強引に決意を固め、握り締めたシーツに皺が寄った。 「……お話があります」 露伴はそう言い、身体を起こす。吸い終えた煙草を灰皿に押しつけて再びこちらを向いた承太郎を見て、一瞬だけ心が揺れた。 「別れ話か」 全てを見抜いていたような一言に、心臓が大きく跳ねた。承太郎は憎らしいほど冷静な表情で、露伴の返事を待っている。 自分なりに組み立てていた話の流れが、大きく乱されてしまった。 「まだ僕、何も言ってませんけど」 「この状況で切り出すなら、それしかねえだろうが」 「そうですね、確かにそうだ……あなたの言うとおり、今日で終わりにしたいんです。明日からはもう会えなくなりますし、こういうこともできなくなる。もう意味がないと 思うんですよね。 どうせ承太郎さんもそのつもりなんだろうし、後腐れのないようにはっきりさせたい」 そこまで一気にまくし立て、露伴は前髪を大雑把にかき上げた。実はまだ割り切れていない気持ちを押し殺したまま、断ち切ろうとしている。ここで終わらせることができれば、 惨めな姿を晒さずに済む。本心を暴かれないように、何でもない振りをしながら。 シーツの上に置いていた露伴の手に、承太郎が触れてきた。大きな手のひらが重なってきて、軽く握られる。薬指で光る指輪。 そちらに気を取られている隙に、顔が近くなっていた。 「本気か?」 「疑ってるんですか」 「ああ」 「信じてもらえるまで、何度だって言いますよ。終わりにしたいって」 「声が震えてるぞ」 「もう、嫌だ」 必死で振り払って逃げようとしたが、腕を掴まれて引き戻された。ベッドの上で肌が合わさると、恐ろしいほどの速さで理性が溶けていく。 「……向こうに着いたら、電話する」 ずっと好きだった声でそう囁かれ、拒めないまま頷いてしまった。 |